君の甘い香りはオレだけのもの【※】
【※注意】第6王子によるスキンシップ表現あり(R-15:背後注意!)
翌朝。
下腹部に、チクチクとした鈍い痛み――そのせいで、目が覚めた。
「うぅ……」
「サラちゃん、おはよう。お腹が痛い? 大丈夫ー?」
痛みを和らげたくて、お腹に手を当てていると、ルルが心配そうに頭を撫でてくれた。
「ルル、ありがとう……」
お礼を伝えて、トイレに行こうとしたら、ルルが「ちょっと待って!」と声を上げて、テーブルの方へ飛んでいった。ゴソゴソ何かを探しながら、「あっ! あったわ〜」と言って、昨日オーちゃんがくれた基礎体温計を持ってきてくれた。
「はい! 朝起きてすぐに、寝たままの状態で測るのよ〜」
「そうなんだ。測ってみるね」
ぼくは体温計を口にくわえて、じっと待つ。
ピッ。あっという間に数値が出た。
「36.32……。いつもより低いかも? 低温期なのかな」
「そうね。サラちゃん、引き留めてごめんね。さて、確認できたことだし、お手洗いに行ってらっしゃい?」
「うん!」
トイレに入って、ふぅっと一息つく。
(あ……)
下腹部にずっしりとした痛み。
同時に、身体の奥で、スイッチが切り替わったような、不思議な感覚がした。
「……やっと来た……!」
ホッとして、うっかり言ってしまった。
(ずっと来なくて不安だったけど……ちゃんと来てくれて、本当によかった)
トイレから出ると、ルルが心配そうにぼくの顔を見上げていた。
「サラちゃん、よかったわね。今日も絶対に無理しないで?」
「そうするよ。ありがとう、ルル。ホッとしたかも」
「じゃあ、私はキーホルダーの姿で、貴女のことを見守るわ」
「うん、よろしく! 行ってきまーす!」
準備を済ませて自室を出たぼくは、廊下に出たところで、誰かとぶつかりそうになる。
「わっ……!」
反射的に一歩引く。
そこにいたのは――ニコくんだった。
「サラ……おはよう」
「ニコくん、おはよう」
いつもの無表情で、眠たそうな顔……ではなかった。
ぼくの姿を見た瞬間、ニコくんの瞳の色が鮮やかになった気がした。
「来たんだな……」
「えっ……?」
一拍置いてから、その言葉の意味を理解する。
(あっ。ニコくん、吸血鬼族だから、分かったんだ。ぼくの、血の匂いが……)
思わず、頬が赤くなる。
「ご、ごめん……なんか……恥ずかしい。見ないで……」
俯いて、手で顔を隠そうとしたけど、その前に、ニコくんがぼくの手を無言で握った。
そして、躊躇なく、ぐいっと体ごと引き寄せられる。
心臓の音が聞こえそうなくらい、近くて、逃げられない距離だった。
「ちょ……、ニコくん?!」
「ここじゃまずい。オレの部屋に……来い」
「えっ? どうしたの?!」
訳が分からないまま、半ば強引に腕を引っ張られて、ニコくんの私室へ。
パタンッ――ドアの閉まる音が、やけに大きく聞こえた。
ニコくんは、ぼくの顔を真顔で見つめながら、あることを教えてくれた。
「サラ、他の吸血鬼族の男に、バレるかもしれない。甘い、花のような香りがする……」
「えっ、それって……ぼくの匂い……?」
「あぁ」
「そんな……!」
(エルフ族のオーちゃんも、従魔のルルも「生理の有無に関係なく、匂いなんてしてない」って言ってくれたのに……。やっぱり、吸血鬼族には分かってしまうんだ……)
実際に、ぼく自身ですら気づけない匂いを、吸血鬼族のニコくんは感じ取ってしまった。
(大変なことになった。これは、深刻な問題だ。だって、男装してるのに、女だとバレちゃうかもしれない)
ざわざわと、焦りを覚え始める。
(ニコくん以外の吸血鬼族に、性別がバレたら……? それだけは絶対にダメだ。この学生生活が終わってしまう。かといって、毎月五日間も休むわけには……)
どうしよう。
どうすれば、バレずに済む……?
もしかして、どうにもできない……?
自問自答していると、不意に、ニコくんの手がぼくの頭に触れた。
焦りが、顔に出てしまっていたのかもしれない。
「落ち込むな。全ての吸血鬼族が分かるわけじゃない。オレか、それ以上の魔力を持つやつだけだ。一応、策を講じた方がいいな」
そう言って、ニコくんは棚の奥を探り始める。
しばらくして、濃紺のガラス瓶を取り出すと、ぼくの前に差し出した。
「それは……?」
「香水。君のその甘い匂いを、オレの香水でかき消す。強すぎない程度につけてやるよ」
「えっ……? 香水……って、ニコくんの……? それって……ぼくの体に、ニコくんの匂いがついちゃうってこと?!」
ぼくは目を見開いたまま、立ち尽くしていた。
一方のニコくんは黙ったまま、瓶を開け、慣れた手つきで、ぼくの耳たぶの裏に香水を吹きかけた。
「きゃぁ……! くすぐったいっ……!」
ひんやりした感触に、思わず体がビクンと震える。
「怖がらないで。どんなことが起きても、オレが君を守るから。ここに少し……あとは……」
「うぅ……」
ニコくんは、ぼくの耳元に指を這わせて、丁寧に香水をつけていく。
やがて、スパイシーで爽やかな、良い香りが鼻腔をくすぐる。
(あっ。ニコくんの匂いが……ぼくの肌に……)
「なんだか、強くてあたたかい、男の人の香り……」
思ったことを口にした瞬間、ニコくんが低い声で囁いた。
「あぁ。君と違って、オレは男だ。それにしても、細くて白い手首……美味しそうだ。噛み跡をつけたくなる」
「えっ……!」
いつの間にか、ぼくの手首は、ニコくんの大きな手で包み込まれていた。
指先で優しく撫でられるたびに、ぼくの体は大きく震えてしまう。
(待って……。本当に食べられたら、どうしよう? ううん、ダメだよ。学校に行けなくなっちゃうから、ここはちゃんと言わないと!)
「ニコくん、お願い……ぼくのことを食べないでっ」
「フッ、冗談だ。それにしても……ウサギみたいだな。脈が、すごく速い」
怖いことを言うくせに、ずっと優しい手つき。
だけど、ぼくの我慢も、もう限界だった。
昨日のお腹の痛みなんて、吹き飛んでしまうくらいに、心が乱されて――。
(ニコくん……もうこれ以上、耳元でボソッと話しかけないで……!)
本当は、そう言いたかった。
でも、声に出したら、その言葉さえ、甘く吸い取られてしまいそうで。
だから、何も言わないで、ぼくは目を閉じた。
(そういえば……オーちゃんが言ってた。吸血鬼にとって、天使族の血は“極上”の味。一度味を覚えたら、絶対に、手放さないんだって……)