香水で結ばれた証 ※第一王女→第2王子視点
【※注意】最初は第一王女視点です。
途中から、第2王子視点になります。
後書きは、ルル視点です。
あの後、変なトラブルに巻き込まれることもなく、ぼくの性別が他の吸血鬼族にバレないように、ニコくんが香水をつけてくれた。
「これで……もう大丈夫だ」
「あっ、ありがとう。ニコくん……」
目を合わせた途端、ニコくんは照れ隠しするようにそっぽを向いた。
「気にするな。オレが勝手にやっただけだ」
そんなことを言いながらも、ニコくんの横顔の耳たぶが赤くなっているのに気づいて、ぼくはクスクス笑ってしまった。
(知ってるよ。ぶっきらぼうでも、本当は面倒見が良くて、優しいってこと……)
「えへへ。ニコくん、耳たぶが赤くなってるよ?」
「仕方ないだろ。君の顔だって、真っ赤じゃないか」
「えっ……!」
図星を指されて、ぼくも照れくさくなった。
(まさか、あんな風に触られるとは思っていなかったから。恋人みたいに……)
その恥ずかしい理由には触れず、別のことを口にした。
「うん……香水をつけてもらうの、初めてだったから」
「そうか……」
二人して黙ってしまい、気まずい空気になる。
(どうしよう……なんだか、意識しちゃう。ニコくんが触れたところ……まだ温かくて、そこだけ時間が止まっているみたい)
息がつまりそう。
だけど、この甘ったるい雰囲気に、耐えきれなくなったのか――キーホルダーだったルルが、ぱっと本来の姿に戻った。
「お二人さん! イチャイチャしてるところ悪いけど、そろそろ行かないと遅刻よ〜?」
天使の羽をパタパタさせながら、声をかけてくれた。
「ルル!」
「とりあえず、学校に行きましょう? まぁ……ニコくんが移動魔法を使うのなら、話は別だけど」
「ダメだよ! 今日はもう、これ以上迷惑をかけられないから、歩いて行くよ!」
「そうね。あら、この香水……ちょっぴり、アールグレイの香りがするわ。わたしの好きな匂いよ。これなら、サラちゃんのこともバレないし、“この子はオレのもの”って、主張できるわね。さすが、ニコくん」
ニコくんのことを褒めてから、ルルはくるりと回転し、再びキーホルダーの姿に戻っていった。
ニコくんは、ルルの褒め言葉に、ニヤリと笑っていた。
(ルルったら……。“この子はオレのもの”だなんて、少女漫画みたいなセリフ……)
でも、ルルの言う通りだ。
柑橘系――ベルガモットの爽やかな香りがした。
「あっ。確かに……紅茶の香りもするね! じゃあ、ニコくん。一緒に、学校行こうよ?」
「あぁ」
こうして、ぼくは、ニコくんと並んで歩き出す。
行き先は、いつもの学校なのに、今日はどこか特別な気がした。
(あれっ……?)
風が吹いた瞬間――ニコくんと同じ香りが、自分の体からもふわりと漂った。
まるで、二人だけの秘密を、こっそり共有しているみたい。
(香水って……すごい……!)
「ねぇ、ニコくん! 同じ香りだね!」
「ん……」
「その……さっきはありがとう。教えてくれて……」
「気にするな」
ニコくんはポケットに手を入れたまま、前を向いて歩いている。だけど、歩幅はちゃんと、ぼくに合わせてくれていて、ぼくが小走りする必要はなかった。
(クールなのに、そういうところは紳士なんだよね……)
意外な一面を知って嬉しくなったぼくは、自然と笑みがこぼれていた。
なんだか、ニコくんの秘密を見つけた気がして。
「なに笑ってるんだ?」
「ううん! なんでもないよ〜?」
二人で校門をくぐると、周囲がざわついていた。
ふと前方を向くと、ダン先輩が、一般科の生徒たちと並んで立っていた。
いつもと同じように前髪を上げていたけれど、白いTシャツに学ラン姿――一般科の制服を着ていた。
(珍しい……! ダン先輩、今日は一般科で活動するのかな? それにしても、Tシャツ姿、初めて見たかも!)
驚いて見とれていたら、「サラ、おはよう!」とダン先輩の方から挨拶してくれた。
「ダン先輩! おはようございます!」
「あぁ! ニコもおはよう」
「うす……」
「ニコ……その……」
ニコくんも一応、挨拶は返していたが、その素っ気なさに、ダン先輩は片眉を上げた。
(待って! 他の生徒がいる前で注意されたら、ニコくんが悪目立ちしちゃう……。今日、ぼくはニコくんに助けてもらった。あぁっ、考えてる時間がない……!)
「だっ、ダン先輩! がっ、学ラン……す、素敵ですっ!」
朝の校舎で、自分の声がやまびこのように反響した。
時間がピタリと止まる。
(うわぁあああっ! なんで、学ランのことを言っちゃったんだろう! もっと気の利いた言葉、絶対あったのに……。久しぶりに学ラン姿を見たから、つい気になっちゃって……)
ぼくは一気に羞恥を覚えた。
(今のぼくの目、ぐるぐる渦巻いてるかもしれない! はぁ……穴があったら入りたい。この際、ドーナツの穴でもいいから……)
でも、ダン先輩は怒るどころか、すぐに屈託のない笑顔をみせた。
「サラ……! 本当か? ありがとう! またな!」
「はい! それでは、失礼します! 行こう、ニコくん!」
「そうだ。サラ……いつもと違う香りが……」
ぼくは慌ててニコくんの背中を押し、早歩きでその場を離れることにした。
去り際に、ダン先輩が何かを言おうとしていたけれど、聞き取れなかった。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
「あぁ……行ってしまった」
二人の後ろ姿を見送りながら、気付かない振りをしたかった。
でも、もうわかっていた。
(さっきの香り……)
スパイシーで上品な香りに、蜜柑のような爽やかさがほんのり混じっていた。
そして、その香りは、ニコの制服の襟元からも漂っていた。
サラが誰と登校しようと、どんな香水を纏おうと、自由でいてほしい。
そう思っているが……二人とも、同じ香りを纏っていた。
その事実に、胸が締め付けられる感じがした。
(サラは、香水をつけたことがない。なのに、あの香りをまとっていたということは。まさか、ニコが直接つけてやったのか? もしかして、二人は親しい間柄に……?)
それに、サラが言ってくれた「学ラン、素敵です!」というあの唐突な一言が、今になって、じわじわ効いてくる。
「サラは……ニコのことを守ろうとした。そして、わたしのことも気遣ってくれた……」
その素直さが、可愛くて仕方ない。
できることなら、何があっても、わたしのもとに置いておきたい。
だが、ニコも王子だ。
もし、サラがニコを選んだら……?
「はぁ……」
朝の、ごく短い時間だったのに。
どうして、こんなにも、心を揺さぶられてしまうのか――。
(やっぱり、ちゃんと話をしたい。君と、二人きりで)
放課後、部室で集合する予定だったけれど……サラのクラスに、顔を出してみようと思う。
責めるつもりなんて、ない。ただ、知りたいんだ。
あの香りを、なぜまとうことになったのか――その理由を。
「よし……」
わたしは深呼吸して、心に決めた。
「サラ、待っていてくれ」
(どうしてなんだろう。サラのことが、気になる。目で追ってしまうし、誰にも渡したくないとさえ思ってしまう……)
本当に、わたしらしくない。
<余談:ルル視点>【わたしは、恋の提唱者】
(やっぱり、わたしの見立ては正しかったわね)
サラちゃんに香水をつけてあげるなんて、ニコくんったら、やるじゃない。
ぶっきらぼうに見えて、あんなに優しく触れるなんて……。
サラちゃんもドキドキしちゃうわよね。
けれど、今朝の一幕で、ニコくん以外にも気になった人物が現れた。
第2王子ことダン先輩。
彼は“第一王女”だけでなく、“サラ”ちゃん本人にも、心を動かされているわ。
(うふふ……やっぱり、恋の香りは隠せないのよ)
サラちゃんのあの一言。唐突だったけど、響いたみたい。
ダン先輩は照れながら、嬉しそうに笑ってた。
それに、わたしは見ていた。
サラちゃんとニコくん、ふたりの後ろ姿をじっと見つめていたあの表情――あれは、恋の矢が刺さった証拠。
(こりゃ、ますます面白くなってきたわね)
ニコくんは不器用な片想い。
ダン先輩は、想いが揺れている複雑な恋心。
そして、サラちゃんは、自分が誰に惹かれているのか、全く気づいていない。
そんな三角関係が、動き始めている。
(でも、いつか必ず、誰かの矢が“的”に届く。恋の矢って、そういうものだから)
わたしの使命は、その瞬間まで、そっと背中を押してあげること。
サラちゃんが本当に好きな人と結ばれるように――。
がんばれ、みんな。どの恋にも、ちゃんと“光”がありますように。
(あっ、でも思い返せば……第5王子に、第7王子のルーさん。それに、エスプレッソ伯爵も……。うふふ、三角関係どころじゃないかも!)
それにしても、ダン先輩とニコくん。
磁石のN極とS極のように、性格が正反対の二人から好かれるなんて。
(わたしの主人は、本当に素敵な王女様ね)
さあ、次の矢は、誰の心に刺さるのかしら?
恋のキューピーラビット、ルルの出番は、まだまだこれからよ。