24 火魔法の試験
……その後、ピアスン侯爵令嬢がどんな指導を受けたかは知らない。
だが、少なくともその日以降、俺とアメリアに絡んでくることは、二度となかった。
◆◇◆
放課後の中庭。
火魔法の試験が目前に迫っていた。その対策として、アメリアと俺は、放課後の中庭で何度目かの練習を重ねていた。
「……もう一度、やってみますね」
額に汗を浮かべながら、アメリアが小さな手を前にかざす。
魔力の揺らぎが空気を振るわせ、指先に炎の気配が宿る――だが、その灯はすぐに消えた。
「……うぅ、やっぱりまだ安定しない……」
「焦るな。火は不安な気持ちには応えてくれない。おまえの魔力はやさしいんだから、もっと信じて――そっと呼んでやれ」
アメリアはこくんと頷いて、再び挑む。
俺は、次の言葉を飲み込み、妹の挑戦を静かに見守った。
成功も失敗も、すべて自分の力でつかみ取ってほしかった。
◆◇◆
――そして数日後の試験当日。
俺は観戦席の中央――アメリアが振り返れば見つけられる位置から、試験会場を見下ろしていた。
今日は学園全体で火魔法の実技試験が行われており、クラスごとに時間をずらして、生徒同士が対戦形式で火球を撃ち合う。その精度、制御力、魔力の安定性などを、教師が総合的に評価する仕組みだ。そして今、アメリアが試験の場に立っている。
緊張しながらも、必死に炎を呼び出そうとする姿は、俺の誇りだ。
――大丈夫。努力してきたんだ。
おまえなら、きっとやれる。
だが、もしものときは――俺が全力で守る。
対戦相手は、生徒の中でも評判の良い成績上位者。
アメリアは両手をまっすぐ前に伸ばし、静かに息を整えている。
火球を形成するための集中――緊張に肩がこわばっているのが、遠目からでも分かった。
「……アメリア」
心の中でそっと名を呼ぶ。
今の彼女に届くことはないと知っていても、祈るような気持ちで見守った。
火の魔力が集まる。
ゆら、と指先に生まれた炎の光は、今までよりもずっと強く、安定していた。
アメリアの放った火球が、対戦相手の防御魔法を見事に捉え、炸裂音とともに赤い残光が空に舞う。
――よくやった、アメリア。
思わず立ち上がりそうになったが、拳を握って堪えた。
が、その次の瞬間だった。
「――っ!」
対戦相手が焦ったように呪文を唱え直した……が、間に合わなかった。
彼の火魔法が暴走し、魔力を制御しきれず肥大化した火塊が、不規則な軌道でアメリアに向かって飛ぶ。教師たちがざわめくより先に、俺はその場から姿を消していた。
転移魔法――極小半径指定。
アメリアの目の前に、俺は現れる。
「離れてろ、アメリア」
右手をゆっくりと上げる。
手のひらに宿った魔力が風を巻き起こし、次の瞬間――。
ごぉ、と音を立てて白銀の暴風が吹き荒れた。
冷気と霧雪を纏った旋風が渦を巻き、火球を飲み込んであっという間にその形を失わせる。試験場全体に、ふわりと雪が舞った。
息をのむ観客たちの中、アメリアの肩をそっと抱いて後ろへ下がらせる。
彼女は小さく震えながら、俺の顔を見上げていた。
「……お兄ちゃん……」
「大丈夫か? 俺がいる限り、おまえは安心していい」
俺は周囲を見回した。試験場は、しんと静まり返っている。生徒も教師も、そして対戦相手までも、言葉を失っていた。
「……少しだけ本気を出してしまった。申し訳ない」
そう言って軽く手を振ると、霜雪で濡れた会場が一瞬で乾いていく。観客席までさらりと元通りだ。
アメリアがそっと俺の袖を握る。
「……ごめんなさい、私、ちゃんとやれたのに……最後、迷惑かけちゃった……」
「あぁ、ちゃんとやれてたな、偉いぞ。……それに、こんなの迷惑でもなんでもないぞ。むしろ、おまえを守れて俺は嬉しいよ」
「……!」
「おまえの魔法は凄かったぞ。胸を張れ、アメリア」
俺はそう言って、妹の頭にそっと手を置いた。
ふにゃりと力の抜けた笑顔を浮かべるアメリアを見て、俺は心から安堵した。