26 突然の知らせ
火魔法試験の翌朝のことだった。
学園長から急ぎ応接室に来るよう呼び出しを受けた俺は、何事かと首を傾げつつ足を運んだ。扉を開けた瞬間、ただならぬ気配が部屋に満ちているのを感じ取った。空気は重く張り詰め、言葉より先に緊急事態であることを肌で理解させられる。
その場にいたのは、学園長と、そして見覚えのあるオルディアーク公爵家の伝令だった。俺の顔を見るなり、彼は膝をつき、深々と頭を下げる。
「オルディアーク公爵閣下……大変でございます。オルディアーク公爵夫人が、突然倒れられ……現在、昏睡状態にあります。魔導馬で急ぎ参りました。至急お戻りください!」
瞬間、時が止まったような錯覚に陥った。
何かの聞き間違いかと疑ったが、伝令の顔は真剣そのものだった。
嘘ではない――現実だ。
「……なんだと?」
俺の声が、知らぬ間に低く唸っていた。
「どういうことだ? 母上に何があった? 怪我か、毒か、魔術か……詳しく報告しろ」
「はい……それが、急にお倒れになったのです。前触れもなく、椅子に腰掛けたまま意識を失われ……それ以降、目を覚まされておりません。オルディアーク公爵家お抱えの医師も治療を試みましたが、いずれも効果は見られず……」
信じがたい報せだった。
母上はもともと少食で、頭痛持ちの傾向はあった。体質的に虚弱な面もあり、昔から朝は、なかなか起きられない。だが、最近はアメリアと共に朝食をとる習慣がつき、以前よりは元気な様子を見せていたのだ。
そんな母上が――突然、昏睡だと?
「ばかな……母上は確かに繊細なお方だが、いきなり昏睡状態に陥るなどあり得ん。……なにかが、起きたに違いない」
俺はそう呟くと、すぐさま応接室を飛び出す。まず向かうべきは、アメリアの元だ。
妹に伝えなければ。いや――一緒に、帰る。
授業中だろうが関係ない。非常時に遠慮などしていられない。 教室の扉を開け放ち、戸惑う教師と生徒達を無視してアメリアのもとに急ぐ。 教師が何かを言いかけたが、俺の表情を見た瞬間、何も言えなくなったようだった。アメリアは俺の顔を見て、すぐに異変を察した。
「お兄ちゃん……何か、あったんですか?」
「ああ。母上が倒れた。意識が戻らないそうだ。俺はこれから屋敷へ戻る。……一緒に来てくれるか?」
アメリアの目に、不安の色が浮かぶ。だが、その瞳はすぐに揺るぎない決意を宿す。
「もちろん、私も行きます。だって……オルディアーク公爵夫人は、私にとって恩人です。あのとき、お兄ちゃんが引き取る決断をしてくださって、夫人が反対もせず受け入れてくださったから、私はここにいられるんです。
お二人とも、私にとって――かけがえのない、大切な存在なんです。」
少しの迷いもなかった。妹の中では、答えは最初から決まっていたのだ。
「……ありがとう」
もう一秒も無駄にできない。
俺はアメリアの手をとり、自らの魔力で空間を歪ませた。空間が軋むように震え、ひび割れたような光が走る。霧のような粒子が浮かび、そこに門が開く――転移魔法――《テリオル・ゲート》。
通常、この規模の転移魔法で他者を巻き込むには、高い魔力量と精密な魔力制御が必要だ。だが俺にはそれができる。アメリアひとり分の体重と魔力波長なら、難なく連れていける。
「目を閉じろ。すぐ着く。」
アメリアが目を閉じたのを確認し、俺は空間の裂け目へと足を踏み出した。
次の瞬間、光が収束し――俺たちは、公爵家の屋敷の玄関前へと転移していた。
もちろん、ピコルやルーン、ノクスにも精神交信で状況を伝える。彼らは俺たちの感情を読み取るのが得意だ。きっとアメリアの動揺を感じ取って、すでに出発の準備を始めている頃だろう。
その際、ピコルからマリーの動向も伝わってきた。事情を察したマリーは学院に残り、荷物の整理や後始末を引き受けてくれているらしい。頼りになる侍女だ。