28 死を待つなんてできるか!
「あった……これと、これだ。組み合わせれば――抗炎症と排毒の効果が出せる」
俺は薬草辞典のページを指で押さえながら、確信を込めて呟いた。記述されているのは、薬草単体の作用に過ぎない。だが、前世で学び積み上げてきた医学の知識が、今この瞬間に繋がっていく感覚があった。
この葉は炎症を抑える作用があり、この根には排出を促す効果がある。作用の仕組み、抽出時の温度条件、相互作用のリスク――それらすべてを踏まえて導き出したのは、応急処置としての処方だった。
「母上の症状は、間違いなく毒素系の急性症状だ」
だが、オルディアーク公爵家お抱えの医師は「自然治癒に期待するしかない」と、口を濁すばかりだった。いや、濁してすらいなかった。はっきりとは言わずとも、それはつまり――“死を待つしかない”という宣告に等しい。
この世界は魔法が発達している反面、医学の知識は未熟だ。なぜなら、重篤な症状であっても、大抵のことは治癒魔法で何とかなると考えられているからだ。傷も熱も、魔力で緩和できる。だからこそ、“根本原因を探る”という医学的な思考が、体系としてほとんど育っていない。
だが――俺は知っている。
治癒魔法は万能じゃない。特に毒、それも天然由来の毒草が引き起こす症状には、魔法だけでは対処しきれないケースが存在する。魔力による再生は、体の異物までは排除してくれない。むしろ、毒を抱えたまま肉体を無理やり回復させることで、症状が悪化することすらある。
毒素を中和し排出を促すには、本来なら解毒剤や生体代謝を補助する薬理処置が必要だ。だが、この世界には医薬品の精製技術がない。だからこそ――代わりに用いるのは、同じ効果を持つ自然由来の成分。
つまり――薬草だ。
俺の知識が正しければ、この二種を正しく組み合わせることで、母上の命を救える可能性がある。
だが、わかったからといって安心できるわけではない。問題は――その薬草がどこにあるかだ。
記述によれば、採取地は北の霧深き山岳地帯――凶獣が出没することで知られる未踏域。わざわざ人が行かないのも当然だ。危険すぎる。
しかも、この薬草が生える場所は毒霧に覆われており、〈簡易浄化結界〉による防御と、素早く採取する判断力が求められる。
しかし、俺には選択肢などなかった。
お抱え医師の言葉に身を委ね、母上がこのまま衰弱していくのを見ているなんて――そんなこと、絶対にできない。
「……俺が、行く」
口にした瞬間には、もう俺の中で迷いは消えていた。
そのとき、背後で気配が動いた。
「私も行きます。お兄ちゃん一人に行かせるなんて、そんなの……絶対にいやです」
振り向けば、そこにいたのはアメリアだった。
震える声で、それでもまっすぐに俺を見上げてくるその瞳に、迷いはなかった。
「ダメとは言わないよ。でも、危険な場所だ。ついてこれる覚悟があるか?」
「はい! だって……オルディアーク公爵夫人を助けたいです!」
……アメリアは、もう守られるだけの存在じゃないのかもしれない。
ほんの少しの間に――成長したんだな。
俺は一度だけ、深く息を吸って頷いた。
「よし。じゃあ、準備を整えて出発だ。時間との勝負になる」
――絶対に、母上を助けてみせる。
たとえ、この身にどれだけの危険が降りかかろうとも。
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※凶獣
→ 知性のない獰猛な獣。