第30撃:《託されし印》
ロイが懐からそっと取り出した小さな包みを見て、一真が首を傾げた。
「どうしたんだい?」
その問いに、ロイはゆっくりと微笑み、包みを開きながら言った。
「……二人とも、この世界について、もっと知っておいたほうがいい。特に、エルサリオンにもう一度立ち寄る機会があるなら――“オラクル”というエルフの女性を訪ねてごらん」
包みの中には、一つの銀製のトークンが収められていた。古びた風合いがありながらも、丁寧に手入れされてきたことが伝わる小さな工芸品。
ロイはそれをそっと取り出すと、真剣な目で晶に差し出した。
「これを持って行きなさい。このトークンを見せて、儂の名前を伝えれば、オラクルはきっとおたくらに力を貸してくれるよ」
晶は驚きに目を見開き、そして戸惑いながら問いかけた。
「これ……ロイさんの、大切なものなんじゃ……?」
その声に、ロイは静かに、どこか懐かしむように微笑んだ。
「ふふっ、大丈夫だよ。オラクルに渡してくれれば、そのうち儂の元へ持ってきてくれる。そういう信頼の証さ。
オラクルは儂よりも遥かに長く生きている。この世界“エルフェリア”についても、儂なんかよりずっと詳しい。きっと、おたくらには必要な出会いになる」
晶は両手でトークンを受け取り、静かにそれを見つめた。
銀のトークンには、表に盾の彫刻。その裏側には、交差したナイフとハンマー。さらにもう一面には、八芒星が刻まれた魔導書が描かれていた。
「……すごく、綺麗……」
その声にロイが頷き、少し遠い目で語り始める。
「それはな……若かった儂とオラクルが冒険者としてコンビを組んでいた頃に作った、世界に二つしかない特注品さ。もう一つは、彼女が今も持っているはずだよ」
言葉の端々から滲み出る郷愁。晶はその想いを汲み取り、そっと頷いた。
一真が黙って彼の肩に手を置く。その手の温もりに後押しされるように、晶は笑顔を浮かべる。
「……ありがとうございます、ロイさん。大切に、お預かりします」
そう言って、トークンをマジックバッグに丁寧にしまい込んだ。
ロイは少しだけ顔を綻ばせながら、付け加える。
「オラクルはエルフにしては少し背が低い。昔と変わっていなければ、金色の長い髪に、紫の瞳が特徴だ。口調はちょっとぶっきらぼうだけど、根は優しい女さ。……おたくらが変に構えなければ、きっと分かり合える」
一真と晶は、その特徴を心に刻みつけた。
「……長々と引き止めて悪かったねぇ。けど、言わずにはいられなかった。
――また会えるのを、楽しみにしてるよ。……無事でいるんだよ?」
その声には、これまで以上に真剣な響きがあった。
「ああ、気をつける。……また来るよ。ロイ爺さん」
「はい! ボクも、必ずまた会いに来ます!」
ロイに深く頭を下げる二人。その笑顔は、これからの旅路への覚悟と感謝に満ちていた。
そして、二人は店を後にした。
* * *
誰もいなくなった静かな店内で、ロイはゆっくりと椅子に腰を下ろす。
窓から差し込む陽光が、カウンターの上に落ちた埃を柔らかく照らす。
「……オラクル。頼んだぞ。あの二人は――きっと、この世界にとって必要な存在なんだ」
誰にともなく呟いたその言葉は、かつての戦友への想いと、確信に満ちた“予感”だった。
この世界、エルフェリアに――何かが起ころうとしている。
ロイはそれを、確かに感じていた。
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