第38撃:《侵攻》
一行は鬱蒼とした森を抜け、開けた平原へと歩を進める。目指すは、眼前にそびえる黒き巨城——魔王城。その姿は、重苦しい雲を引き裂きながらそびえ立ち、重厚な威圧感を放っていた。
だが、一行の足は止まらない。誰一人、姿を隠そうともせず、ただ真っ直ぐに、戦場へと向かっていた。
「おいおい……ウソだろ? このまま無策で正面から行くのか……?」
紫音が小さく、しかし焦燥を滲ませて呟く。
その横で、柚葉が震える唇を押さえるように言った。
「あのとき……王宮で聞いた言葉……『使い捨てる』って……まさか、言葉のままの意味だったなんて……」
エルサリオン王国にとって、異世界から召喚された自分たちは、本当に“消耗品”だったのだと、皮肉ではなく、現実として実感する。
だが、この異常な状況に疑問を抱いているのは、紫音と柚葉だけだった。
他のクラスメイトたちは、まるで待ちきれないとでも言うように、興奮と戦意に満ちた表情で足を進めていた。
中には、口の端から泡を吹き、目を見開いて震えている者もいる。明らかに、常軌を逸していた。
いや、“狂っている”と言っても過言ではない。
精神に干渉する何かがあったのか、それとも……。
――そして。
ついに、魔王城の門番が彼らの存在に気づいた。
「……あれは……!? て、敵襲だ―――!!」
鋭い叫びが、静寂を破る。
門番が空へと魔法を放ち、その魔力が大気中で炸裂した瞬間、魔王城全体がざわめきに包まれた。扉が開き、滑るように、多くの魔族たちが城外へと現れる。
「ついに……始まっちゃった……」
柚葉が呆然と呟く。
その横で、紫音が覚悟を決めたように剣を引き抜き、柚葉に叫ぶ。
「ここまで来たらやるしかない! 柚葉、オレが前に出るから、サポートを頼む!」
「う、うん! わかった!」
柚葉は震える声でそう返し、呪文を唱え始めた。
スキルを授かったときから、自然と頭に浮かんできた“戦うための魔法”。
「ブレイヴフォース! シールドヴェール!」
攻撃力強化と防御力強化の支援魔法が、紫音の身体を包むように光を帯びて浸透していく。
力が体に満ちていく感覚。紫音は気合を込め、駆け出そうとした——その瞬間。
彼女の足が止まった。
「……あれ……?」
敵が、攻撃してこないのだ。
こちらが剣を構えても、魔法を放っても——魔王軍の兵たちは、誰一人として反撃してこない。
耳を澄ました紫音に、微かに聞こえてくる声があった。
「やめてくれ! 俺たちは君たちと戦いたくない! 君たちは騙されているんだ! 目を覚ましてくれ!!」
「お願い! 私たちは貴方たちの敵じゃない! 戦いたくなんて、ないの……!」
敵軍の兵たちは、武器を抜いているというのに、その刃は振るわれない。ただ、こちらの攻撃を避け、いなし、受け流すだけだ。
「……なんだよ、これ……」
紫音は呆然と立ち尽くす。
柚葉もまた、信じられないというように、敵の兵たちを見つめていた。
エルサリオン王国の者たちは言っていた。「魔族は人類の敵だ」「対話は不可能だ」「討つべき悪だ」と。
だが、目の前の彼らは、恐れ、叫び、泣いている。
誰一人、嬉々として戦おうとはしていない。
むしろ——こっちのほうが侵略者じゃないか。
紫音の口から、思わず本音が漏れた。
「……これじゃ……オレたちが悪者じゃんか……」
「おかしいって、思ってたけど……でも、こんなの……」
柚葉の頬を、一筋の涙が伝う。
そのときだった。
——悲劇が起きた。
味方の男子生徒の一人が、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、剣を振るった。
敵の女性魔族。その胸を、鋭く突き刺す。
「……っ!!」
柚葉が悲鳴を上げ、紫音が目を見開いた。
女性魔族の身体が崩れ落ちる。
「レ、レイナァァァァァ!!」
絶叫が響く。
敵側の男性魔族が、涙を流しながら剣を抜く。
その隣で、女性を刺した男子生徒は、震える手で剣を握り締めながら、言った。
「や、やった……僕が倒したんだ……やったぞーー!!」
その表情には、勝利の実感と興奮——そして、どこか壊れた喜びが浮かんでいた。
だが、次の瞬間。
「よくも……レイナを……妹をっ!!」
男性魔族が怒りと悲しみの剣を振りかざし、生徒に向かって突進する。
「やめろ!!」
紫音が叫んで割って入ろうとする。
柚葉も詠唱を始める。
だが——間に合わなかった。
剣が、生徒の身体を斬り裂いた。
「……え?」
間の抜けた声を漏らし、生徒が自らの胸元を見る。そこからは、おびただしい血が噴き出していた。
「う、うぎゃぁぁぁぁぁっ!! 痛い! 痛いよ! なんで……こんな……っ!」
悲鳴とともに、彼の目から狂気が消え、代わりに純粋な恐怖と絶望が宿る。
もう一度、剣が振り下ろされる。
紫音は咄嗟に駆け寄ったが、ほんの一瞬、遅かった。
生徒の命が、魔族の剣によって絶たれる。
「っ……!」
紫音と柚葉は、地面に崩れ落ちる。
目の前で起きた現実が、頭に入ってこない。
血の匂い、叫び声、絶望。
——戦場とは、こういう場所だったのか?
いや、違う。これはただの、虐殺だ。
柚葉の口から、力なく言葉が零れた。
「こんなの……間違ってるよ……」
紫音もまた、震える声で答えた。
「……全部……嘘だったんだな……」
黒き空の下、魔王城の前で——虚構が崩れ、真実が血に染まって現れる。
この戦いの本質が、ゆっくりと、彼女たちの胸を締めつけ始めていた。
また高評価をしていただきました!
本当に有難うございます。励みになります。
皆様に心からの感謝を。