第55撃:雷角の猛牛、封神の掌
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一真は牛型のモンスターへ、ためらいもなく歩を進めた。足音は落ち葉を踏む微かな擦過音だけ。だが、その静けさとは裏腹に、彼の身からは森の空気を撓ませるような異質の圧が滲み出している。
その気配を嗅ぎ取ったのか、モンスター――ブレードブルは紫音と柚葉から視線を外し、ぎらつく刃角を一真へと向け直した。
「お? 牛か! なら今夜はステーキか焼き肉だな!」
飄々と放たれた一言に、紫音が血相を変える。
「なに呑気なこと言ってるんだよ、おじさん! コイツは本当にヤバいんだって! いつまでも持たない! 早く晶を連れて逃げてくれっ!」
柚葉も喉を震わせて叫ぶ。
「おじさま! このモンスターはただ強いだけじゃないんです! 魔法!……魔法を使うの!」
一真は顔だけ二人へ向け、目じりを和らげた。
「ほう? 魔法か。――この世界ではモンスターも魔法を使うのか」
そしてまた、巨体へと視線を戻す。
「ふむ……ならこいつの名前は、ウシとマジシャンを合わせて、ウシしゃんというのはどうだろう?」
脈絡なく差し込まれた命名に、晶が小さく肩を落とす。
「また変な名前を……」
冗談にすら返せない二人の戦慄をよそに、一真は一歩、また一歩と間合いを詰めた。その背に、不思議と人を落ち着かせる温度がある。
「天城さんに千歳さんだったな? 大丈夫だ、すぐに終わる」
声が半分低音へ沈む。同時に、ブレードブルの喉が鳴った。
バチッ――! 角と角の間に紫電が走り、空気が焦げた匂いに染まる。毛並みが逆立ち、雷鳴が凝縮されたような音が森に満ちた。
「マズい! 魔法が来る!」
「だめ! おじさま、避けて!」
叫びの直後、雷撃が奔り、先ほどまで一真がいた地点を白く灼く。土砂が爆ぜ、焦げた木葉が宙へ舞う。
紫音と柚葉の胸に、重い絶望が落ちた――だが。
「……え? おじさん……?」
一真の姿は、そこにはない。
彼はいつの間にかブレードブルの懐へ移っていた。踏み込みも気配も掴ませず、ただ“そこに立って”いる。
「うそ……いつのまに……?」
柚葉の声が細く漏れる。モンスターの巨躯がびくりと震え、刃角が突き出された。唸る前脚、削れる地面。
――ドン。
乾いた音がひとつ。次いで、世界が静まる。
ブレードブルの体当たりを、一真は片手で受け止めていた。
巨牛が一真を貫こうと地を掻き、爪が火花を散らす。だが、一真の足裏は根を張るように微動だにしない。
「なんだよ……あれ……何が起きてるんだ……?」
「わからない……あの大きなモンスターを……片手で止めてる……?」
二人の困惑が、白い吐息のように宙で揺れた。
一真は、押し込む角の根本へと目を落とし、短く息を吸う。
「さて、せっかくの牛だしな。臥竜崩拳は力加減が難しいから――」
ほんの一拍、選び取るように思案し、口角を上げる。
「よし、これでいくか。ちゃんと残さず頂く。悪いな」
言葉と同時に、当てた掌へ仙気が凝縮していく。皮膚の内側でさざめく川が、一瞬で奔流へ変わるように。
掌打――ではない。流し込む技だ。
「封神拳・封震掌」
見えない衝撃が、掌から獣の体内へ落ちた。
次の瞬間、ブレードブルの胸郭が内側から波打つ。骨がわずかに軋み、臓腑が共鳴し、全身の筋繊維を伝って“震え”が走る。
巨体が二度、三度と痙攣し――
ドシャア、と大地が鳴った。
刃角は土へめり込み、長い体毛に陽光が淡く流れる。動かない。
一撃だった。
雷の焦げ臭さだけが、遅れて二人の鼻腔に刺さる。紫音と柚葉は、声を失ってただ立ち尽くした。膝が笑い、指先が震える。脳が現実に追いつかない。
一真は埃を払うように手を一振りすると、振り返って屈託ない笑みを向ける。
「……よし。二人とも、よく粘ったな。積もる話もあるだろうが――まずは飯にするか!」
呆然の膜が破れ、紫音がようやく息を吐く。
「……ま、マジで倒した……おじさん、一体何者……」
柚葉も遅れて頷き、はっと我に返ったように辺りを見回す。
「ま、待って。まずは周囲警戒と応急手当が先――」
「おう、もちろんだ」
一真は軽く手を上げて、倒れたブレードブルの首元へしゃがみ込む。脈を確かめ、角の付け根を撫でるように探ると、ナイフを抜いた。
「晶、いつもの要領で頼む。俺は魔石の摘出と、食える部位の仕分け。――天城さんに千歳さん、この世界じゃモンスターから魔石を取れる。しっていたか?ついでにモンスターによっては、高値がつく部位がある」
晶が「はいっ」と元気よく駆け寄る。紫音と柚葉は顔を見合わせ、思わず同時に小さく手を挙げた。
「……すみません、魔石、知らなかった……」
「説明を受ける前に、逃げるので精一杯で……」
「気にするな。最初は誰でもそうさ」
一真は短く笑い、素早く角根を切り開いていく。血抜きのための処置を施し、晶へ合図。
紫音と柚葉には携帯していた水筒を渡し、ローポーションを渡してやる。
「話は飯の最中にでもゆっくり聞こう。――晶、火起こし頼む。俺は解体続ける」
「了解です!」
森の空気はまだ重く、雷の余韻が微かに肌に刺さる。けれど、紫音と柚葉は不思議と不安感が消えていた。
ようやく巡り合った四人の運命は、今、静かに組み合わさっていく。
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