第76撃:揺れる想い、辿り着いた廃寺
皆様、いつも読んでくださり感謝します!リアクションも嬉しいです!
二人が空を駆け始めてから、十五分ほどが経過していた。
最初こそ一真は天駆空歩の制御に手間取り、余計な仙気を無駄に流していた。だが走り続けるうちに、姫咲からこれまで叩き込まれた言葉を思い出し、自分なりに修正を加えていく。
足場はまだ粗く、蒼の光は揺らぎながら砕けていく。それでも、さきほどまでの荒削りさは徐々に消えつつあった。
先行していた姫咲は、後ろに視線をやり、一真の様子を確かめる。
(……うん、いい感じね。ちゃんと考えながら調整してる。これなら戦闘に入っても、余力は残せるはず)
内心で安堵する。
彼に言った通り、基礎を身につけていれば、これから相対する程度の敵に遅れを取ることはない――。
だが、それでも胸の奥には拭いきれぬ不安が渦巻いていた。
一真はまだ、封神拳の使い手として完成には程遠い。
問題は技術や仙気の総量ではない。彼の肉体そのものが、封神拳の力にまだ耐えきれないのだ。
封神拳を使いこなすには、常識を逸脱した鍛錬を積み重ね、自らの身体を作り変えねばならない。
細胞レベルで常人とは異なる強靭さを得て、内蔵の働きや免疫すら意思で制御できる身体――。
そして、その代償として「人の時間」から外れ、老いの速度すら極端に遅くなる。
(……そこまで踏み込ませれば、一真は本当に私と同じになってしまう)
姫咲は未だに一線を越える訓練を課してはいない。
それを行えば、一真は普通の人としての生を捨てることになるからだ。
しかし同時に――。
心の奥底で「同じになってほしい」という願いも日に日に強くなっていた。
『私と同じ時間を生きてほしい』
それが姫咲の偽らざる本音。
今はかろうじて押し殺しているが、自分の中で一真の存在が大きくなっていくのを、止めようもなく感じていた。
(……だから私は、この戦いに彼を連れてきたのかもしれない。戦いを通して、こちら側に来てほしいという気持ちと……普通の人として生きてほしいという気持ち。両方がせめぎ合って……。私は嫌な女ね……)
綾女が自分に託した想いを理解しているからこそ、自己嫌悪に沈まずにいられた。
もしもあのとき、一真に出会わなければ――弟子として迎え入れなければ――。
そんな未来を想像すること自体が、今の姫咲には耐えがたい恐怖だった。
(綾女…本当に良かったの?私なんかに一真を預けて…。私は一真のお陰で救われた。でも、一真が身につけようとしている強さは…)
彼女は軽く頭を振り、胸の内の葛藤を払い落とす。
(いけない……今は戦いに集中しなくちゃ)
再び後ろを振り返ると、一真はさらに上手く天駆空歩を制御していた。
余分な力は削ぎ落とされ、蒼い足場は次第に安定を見せ始めている。
(……やっぱりあなたは凄いわ、一真。もしこのまま封神の道を歩んでいくなら、きっと私なんかよりも強くなる。身体も、心も――)
そんなことを考えているうちに、二人はいつしか奈良県の空へと入っていた。
姫咲は強化された視力で地上を探り、森の奥に佇む影を見つける。
(……気配がある。微かだけど、悪神由来の瘴気……。あった、あれね)
廃れた森の中、朽ち果てた瓦屋根の廃寺。
かつて人々が祈りを捧げたであろう場所は、いまや瘴気に蝕まれ、黒ずんだ影を落としていた。
姫咲は足を止め、後方の一真に声をかける。
「――ストップ。目的地に着いたわ」
一真は大きく息を吐き、肩で呼吸を整える。
「ふぅ……どうにか持ったな。朝あれだけ飯を食ったのに、もう腹が怪しいけどな」
その軽口に、姫咲は思わず苦笑を洩らした。
「最初に言った通り、早めに片付けられたら今日の修行は免除。帰りに食事でもしていきましょうか」
しかし一真は、なんでもないことのように言い放つ。
「外食もいいけど……やっぱり姫咲さんの料理がいいな」
――ドクン。
胸の奥で心臓が跳ね上がる。
姫咲は慌てて身体を操作し、急上昇した鼓動を抑え、顔の赤みを必死に制御した。
(な、なんてこと言うのよ……まったく、この子は……)
平静を装いながら声を返す。
「とにかく、敵を倒してからの話よ。……下りるわよ、一真」
「ああ」
二人はゆっくりと高度を落とし、森の中の廃寺の前へと降り立った。
一真は周囲を見回しながらも、何も異変を感じ取れなかった。
だが、姫咲には確かに分かる。
古びた寺の奥からじわりと滲み出す、悪神由来の瘴気――。
その気配は、戦いの幕開けを告げていた。
ブックマーク、評価、リアクションをお願いいたします!
お力をお貸しください!