逆行への覚醒②
牢屋の中で虚ろに座り込む私の前に…
まるで悪魔のような女が現れた。
門番に金を握らせて、わざわざ私に会いに来たらしい。
彼女は鉄格子越しに、口角を吊り上げながら私を見下ろしている。
「ハッハッハ! その格好、お似合いだわ!」
嘲るような笑い声。
それは、シオンの隣にいた頃の彼女とは、明らかに違う雰囲気だった。
いつもは、守ってあげたくなるほど可憐で、
どこか儚げな少女だったはずなのに。
……なのに今は。
背筋が、ぞくりと冷える。
思わず、口をついて出た。
「……あなた、誰?」
私の言葉など意にも介さず、彼女は楽しそうに語り始める。
「ふふふ。あなたの元婚約者と結婚する“ヒロイン”に決まってるじゃない」
ヒロイン――?
「まさか、本当にここまで上手くストーリーが進むなんてね」
意味が分からず、ただ戸惑っていると、彼女は肩をすくめて笑った。
「そりゃ分からないか。
私はヒロイン、あなたは悪役令嬢なのよ」
「……あ、アクヤクレイジョウ?」
あまりの言葉に固まる私を見て、彼女は突然吹き出した。
「ハハハ! マジで最高なんだけど!知ってる? あんたがやった嫌がらせ、全部知ってたのよ」
嫌がらせ……?
「だって、裏で画策したのは私だもの。
あんたが嫉妬するように、取り巻きに言いつけるように、全部仕向けたんだから」
「……っ!?」
息が詰まる。
「まあ、少し同情しちゃうけど…遅かれ早かれシオンに貴方は断罪される運命だったのよ。だから大人しく従いなさい?」
そう言って、彼女は私の体を値踏みするように眺め、嗤った。
「それにしても……どんだけ太るのよ。
取り巻きを使って太らせた甲斐があったわ。
その姿、完全に豚よ? マジでウケる」
意味が理解できず、思考が停止する。
「ここは恋愛小説の世界なの。
私はヒロイン、あなたは悪役令嬢」
淡々と、楽しげに語られる真実。
「本来のあなた、顔だけはそれなりに良かったでしょ?
だから保険をかけたのよ。
シオンの心が揺れないように、あなたを“商品価値のない姿”にしたの」
――頭の中で、ゴーン、と鐘が鳴り響いた!!!!
苦しくて、苦しくて、息ができない。
床に崩れ落ちる私を、彼女は心底楽しそうに眺めている。
――――その時。
私の中に、洪水のように記憶が流れ込んできた。
頭痛に耐え、呻く私を見て、彼女は興味を失ったように言う。
「クックック……大丈夫?
あー、マジで面白いわ。
本当はもう少し眺めていたかったけど――」
踵を返しながら、軽やかに手を振る。
「明日には修道院行きでしょ?
じゃあ、元気でね」
高笑いと共に、
彼女――レイラは去っていった。
私はその場に取り残され、しばらく呆然としていた。
……そうだ。
今の衝撃で、私は思い出したのだ。
佐藤花菜
それが、私の前世の名前。
二十八歳。
仕事ばかりの毎日を送り、ブラック企業で働き続け、
過労で倒れ――その後の記憶はない。
前世の家族のことは、霧がかかったように思い出せない。
けれど、佐藤花菜としての思考は、はっきりと残っている。
今の私は、確かにカナ・レーランド。
けれど同時に、佐藤花菜でもある。
二つの思考が、ゆっくりと混ざり合い……
ようやく、私は現状を理解した。
私は、転生したのだ。
そして――レイラもまた……
この世界が小説の舞台だというなら…彼女もきっと、私と同じ“元日本人”。
そして翌日。
私が修道院へ送られる日が、やってきた。
――まさか、
この先にあんな出来事が待っているなんて、
この時の私は、想像すらしていなかった。