19、ハデナ火山 〜巨大なナマズのような魔物
「ケトラさま!」
僕は、思わず叫んだ。
だけど、赤い狼の姿をしたハデナの守護獣ケトラ様は、巨大なナマズのような魔物から目を逸さない。頭の上の耳が、一瞬ピクリと動いたから、僕が来たことには気づいたはずだ。
『ケトラは、自由に動けねーみたいだ。完全に、術にハマってる。油断したら、あの魔物に、ひと飲みにされるぞ』
(えっ……リュックくん、どうすれば)
『霊体化だけを解除しろ。透明化はそのままだ』
(わかった)
僕は、霊体化を解除した。
(熱っ!)
その直後、一瞬で燃え上がるような熱波を感じた。だけど、今は何ともない。火傷したんじゃないかな。透明化しているから、自分の身体の確認ができない。
『もう、いいぜ。透明化を解除しろ。ケトラが動けるようになっても、おまえが見えないと戦えねーだろーからな』
ケトラ様にも、僕の姿は見えていないのか。僕は、透明化を解除した。
(あっ……また、不思議な鎧だ)
黒い鎧に覆われている。頭もフルフェイスのヘルメットのような、兜に覆われているようだ。
『ちょっと熱でやられたな。回復魔法を使っておけ』
(うん、わかった)
僕は、自分に回復! を唱えた。どこかが痛いわけでもなかったけど、少し身体が軽くなったかも。
巨大なナマズのような魔物が、僕に気づいた。
『奴は、溶岩からエネルギーを得ている。魔物の背後の溶岩流を止めるぞ』
(どうやって?)
また、何かが見える。奴に、僕が突撃していくと、奴は上に飛ぶ。その直後に、僕が何かを放つと、オレンジ色の溶岩が黒く変わる。
これは、リュックくんが僕に、戦い方を教えてくれているんだよな。予知なのかわからないけど、イーシアでも、こんなのが見えた。
(よし、行く!)
僕は、魔物に向かって走った。幼児だとは思えないほど、かなり速いスピードだ。奴に近づくと、僕の両手には、剣が現れた。
すると、巨大な魔物は、上に飛んだ。巨体なのに、めちゃくちゃ高く飛び上っている。
僕は、そのままの勢いで、オレンジ色の溶岩流に向かって、剣を振った。すると、剣から青い光が飛んでいった。
(あれ? 何も起こらない)
『ライト、上から落ちてくるぞ』
いま僕は、魔物の真下にいる。
(やばっ。逃げ場がない)
前方には、山からの溶岩流。魔物がいた地点で、溶岩流は二つの川に分かれている。三方を溶岩流に囲まれて、後方には、ケトラ様だ。
『今なら、霊体化しなくても溶岩流の中で泳げるぜ?』
(えっ? まじ? この鎧って)
『オレの一部だ。おい、下敷きになるぞ』
僕は、前へ飛んだ。
ドォォン!
ものすごい地響きだ。そして、僕のいる溶岩流に向かって、巨大な魔物は再び跳躍した。
(僕を踏みつぶす気だ)
僕は、溶岩流に着地して、さらに奥へ飛ぼうと思ったのに……。
(うわー、滑る)
着地を失敗し、溶岩流に流される形で、分岐した左の川の方へと転がった。この身体は小さすぎて、燃える川の流れには逆らえない。
「お兄さん!」
ケトラ様が、僕を燃える川から引き上げてくれた。だけど、ハデナの守護獣でも、溶岩流に飛び込んだらタダでは済まないみたいだ。
「ケトラさま、たすかりました。ちょっと、じっとしていてください」
僕は、右手を半分霊体化した。うん、鎧をまとっていても、霊体化は使える。そして、赤い狼の身体にスッと手を入れ、回復! を唱えた。
「あぅ、その姿って何?」
「ふしぎなよろいなんです。リュックくんのいちぶみたい」
「そう……えっ?」
ケトラ様の視線が、僕の後ろに向いた。
(話をしている場合じゃない!)
振り返ると……うん? とんでもなく高い壁が少し先に出来上がっている。こんな黒い壁、いつの間に?
『さっき放った氷の魔剣だ。溶岩流が冷えて、魔物を閉じ込めたんだ』
(さっきの青い光?)
『あぁ、相当、遠くに飛ばしただろ。まぁ、結果としては悪くない。魔物が氷の魔力を含んだ溶岩流をせき止めたから、でかい壁ができたんだ』
(じゃあ、もう大丈夫だね)
『いや、まだだ。魔物を動かしている奴が、また火山を噴火させるぜ』
グラグラッ
また、地震が起こった。山頂付近では、また噴火が起こっている。せっかく冷やし固めたのに、新たな溶岩流で熱して、魔物を助ける気なんだ。
(どうしよう……)
『溶岩流が到達する前に、おまえが狩れ』
(どうやって?)
『霊体化できるだろーが。炎をまとう魔物は氷に弱い。あの壁の中にいる魔物を凍らせればいいんだよ』
(や、やってみる)
僕は、巨大な壁に近寄った。壁の中を『見て』みると、巨大なナマズの心臓は動いている。溶岩流がくると、奴の自由を奪っている溶岩は溶けてしまう。
右手を半分霊体化し、黒い壁にスッと手を入れた。そして、奴の心臓をつかみ、氷魔法を唱えた。
グギギギギ〜
変な何かが聞こえた。僕がさらに魔力を注ぐと、黒い壁に亀裂が走った。
そして二つに裂け、壁は崩れて左右の溶岩流を塞いだ。
(げっ! 溶岩流に壁が……黒い壁が溶けてしまう)
だけど、崩れた壁は、左右の燃える川を黒く染めた。オレンジ色だった川は、だんだんと黒く、流れが悪くなっていく。氷魔法の効果が、燃える川に広がっているみたいだ。
巨大なナマズの姿はない。僕は、『眼』を使って確認してみた。うん、もう奴の心臓の動きは見えない。
「お兄さん、すごい魔力……」
ケトラ様が、僕のすぐそばに立った。その視線は、山の上の方に向いている。新たな溶岩流が迫っているんだ。
『ライト、ここはケトラに任せて、戻れ』
(どこに?)
『この黒幕が、現れた。腹黒女神を討つ気だ』
溶岩に囲まれている施設の中か。
「ケトラさま、ぼく、もどります」
「えっ、あ、うん、わかった。ここは任せて」
僕は、溶岩で覆われた施設へと走った。
中の様子を『見て』みると、水辺に猫耳の少女がいる。彼女を守るように剣を構えているのは、ジャックさんだ。
レンフォードさんは、ナマズのような魔物と戦っている。冒険者達も、戦い方がわかってきたのか、レンフォードさんが斬ったナマズに魔法を放っている。
(黒幕なんて、いないじゃないか)
『池の中にいるぞ。一応、透明化しておけ。池から出てきたら、透明化だけではバレるけどな』
(わかった)
僕は、透明化! を念じた。そして、全身を半分霊体化し、施設を覆う溶岩をすり抜けた。
『霊体化は完全に解除だ。いざってときに、動けねーからな』
(うん、わかった)
僕は、霊体化を解除した。だけど、透明化を使っているから、冒険者達は気づかない。冒険者達を襲っている魔物も、僕には気づかないみたいだ。
猫耳の少女の視線がこちらに向いた。そして、その口は弧を描いている。女神様にはわかるのか。
池の中にいる黒幕には、気づかれていないらしい。池の中を見てみたいけど、『眼』を使って、イーシアで気づかれてしまったんだよな。
『透明化しているから、バレねーぜ』
(じゃあ、見てみる)
僕は、池の中を『見て』みた。すると、目を疑うようなバケモノがいた。
首が二つある巨大な亀だろうか。怪獣映画じゃないんだし……こんな魔物がいるの?
『魔物じゃない。奴は、魔族だ。巨亀族の隠居爺のはずなんだがな』
(巨大な亀の魔族?)
『あぁ、昔、アイツが魔族を統べる大魔王だった頃、地上を支配しようとして、もう一つの大陸に現れたらしーぜ。そのせいで、あっちの大陸は、今も魔族が多く住んでいて、人間との戦乱が絶えないんだ』
(いまは、大魔王じゃないんだ)
『あぁ、アイツは何代も前の大魔王だ。今の大魔王は、悪魔族だぜ。ナタリーの兄貴だ』
(えっ? ナタリーさんって、大魔王の妹!?)
『仲は悪いみてーだけどな』
そうなんだ。ナタリーさんは、神族だもんな。
「一歩でも上陸すると、侵略行為じゃぞ!」
突然、猫耳の少女が叫んだ。
池の中にいた巨大な亀が、水面近くにまで浮上してきている。
ジャックさんは、剣を構えて、ジッと水面を睨んでいる。だけど、その表情に余裕はない。
(どうすれば……)
『たぶん、腹黒女神は、奴を水辺に上がらせる気だろーな』
(元大魔王なら強いんじゃ?)
『あぁ、ジャックは相性が悪すぎる。だから、きっと上陸するぜ。あの爺さん、亀の姿のときは自信過剰なんだ。剣も魔法も通用しねーからな』
(えっ、マズイじゃん)
『だが、腹黒女神の顔を見てみろよ。余裕ぶっこいてるぜ』
確かに、猫耳の少女は、ニヤニヤしている。亀を池から上がらせないための演技にも見えるけど。
「あはは、イロハカルティア。力の衰えた今、こんな場所でウロウロしているおまえがバカなのじゃぞ? ハデナに外来の魔物を集めて閉じ込める気だったのじゃろう? 自分の策に自分でハマるとはな、愚かの極みじゃ」
(女神様と同じような話し方だな)
『年寄りは、似てくるんじゃねーか』
(えっ? 女神様も……あっ)
そうだ。女神様は、星の誕生と共に生まれたんだっけ。ということは、この星の誰よりも……。
ザザーっと、水しぶきが上がった。