20、ハデナ火山 〜巨大な双頭亀タトルーク
ドシン! ドシン!
巨大な双頭の亀が、池から草原へと上がってきた。奴が歩くたびに、地響きがする。僕はゾゾッと背筋が冷たくなってきた。
(怖い……)
『あぁ、爺さんは、見えてねーみたいだな』
(リュックくん、普通に歩いてるじゃん)
『腹黒女神のことしか見えてねーぜ。おまえが透明化しか使ってないのに、気づいてねーだろ。完全に油断してるみてーだな』
僕は、幼児だし、気づいても無視しているんじゃないのかな? あまりにも恐ろしすぎるバケモノに、僕は手足が冷たくなってきた。
「警告したのに、上陸したな。タトルーク、おぬしの行動は、人間の王国への侵略行為じゃ!」
猫耳の少女は、ピシッと指差して言い放った。
(怖くないのかな)
ジャックさんが、女神様の前に立った。すると、巨大な亀は、立ち止まった。緊張感が半端ない睨み合いだ。
『クックッ、おまえなー。爺さんにビビってどーすんだよ。あー、そうだ。おもしれーこと考えた。オレが言う通りに、しゃべれよ』
(えっ? 何?)
『ちょっと暑そーだから、まずは、この場所を冷やしてからだ。人間がバテてきているからな』
(うん、わかった)
僕は、リュックくんの指示に従って行動することにした。でも、こんなことをして大丈夫なのかな。
まず、この場所を覆う溶岩に、氷魔法を使った。いや、雪魔法かな。溶岩に雪のように白く細かな氷の粒が張りついた。
すると溶岩の中からは、ナマズのような魔物は出てこなくなった。炎をまとう魔物は、氷に弱いと言っていたっけ。
溶岩の熱で溶けた雪が、ぽたぽたと雨のように降ってくる。冒険者達が慌てている。暗いから、何が落ちてきたかわからないもんね。
これで、冷えたのかな。冒険者達と戦っていたナマズみたいな魔物の、動きが止まった。
巨大な亀が、この変化に気づいた。
「うぬ? なぜ……」
僕は、リュックくんに急かされ、口を開いた。
「タトルークさま、なにをしているのですか」
僕がそう話すと、大きな亀は、キョロキョロし始めた。だけど、僕を見つけられないようだ。
「ぼくをみつけられないんですか? のうりょくは、ひとつしかつかっていないのに」
「まさか、ライトか!? なぜ、そんな幼き声……。あぁ、そうか。青の神々が言うように、完全に死霊となったのじゃな。ただの死霊が、わしにたてつくとは……」
僕は、透明化を解除した。そして、大きな亀の、左の首の上に飛び乗ったんだ。僕の両手には剣が握られている。その剣先を奴の片目に向けた。
「タトルークさまが、みえていないということは、このめをつかってみているのは、あおのかみかな」
(えっ? 青の神?)
僕は、リュックくんの言葉を声に出しているだけなんだけど……青の神って、どういうこと?
『ライト、ほれ、次だ!』
リュックくんの次の指示に、僕は反論した。でも、やらないとやられるって言うんだ。
もう一方の首が、ニュッと近寄ってきた。
(うー、怖い)
「ライトか? そんな幼き子供の姿で……ぐわっ!」
僕は、剣に氷をまとわせ、そして、思いっきり目を突き刺した。甲羅は硬くて、何もかもを弾くようだが、目はそうではないらしい。
突き刺した剣から、僕は手を離し、奴の首から飛び降りた。魔力から作られた剣は、落ちることもなく、巨大な亀の目の一つに、突き刺さっている。
(知らないよ。怒り狂うんじゃないのかな)
巨大な亀は、ドシン、ドシンと暴れている。目が痛いのか、怒っているのか……たぶん両方だよね。
「タトルークさま、ハデナへのしんりゃくこうい、ぼくは、ゆるしませんよ。いっぺん、しんでおきますか?」
「は? 何だと? 最凶の大魔王と恐れられたワシに向かって、ふざけたことを……ガハハハ」
僕は、透明化! を念じた。
だけど……。
『ライト、早くいけ〜』
(リュックくん、まずくない?)
『大丈夫だ。死んだら蘇生すればいい。3時間ルールだ』
(何? その3秒ルールみたいな……)
『はよ、行け』
(知らないからねー)
僕の右手には、新たな剣が握られている。ちょっとやばそうな感じが伝わってくる。剣も透明化するんだな。
そして、亀の腹の下に潜り込んだ。
剣を持つ手を半分だけ霊体化し、リュックくんが指示する場所に突き刺した。剣は、奴の身体の中にある大きな石みたいなものに繋がる血管に、突き刺さった。
素早く、亀から距離を取る。
(あれ? おかしい)
刺したのに、亀は何も言わない。僕の手を離れた剣は、実体化している。刺した傷口から、血がにじんでいるのに気づいていないのか?
僕は、透明化を解除した。すると、巨大な亀は、僕に向かって来ようとして、動きを止めた。
「な、何をした? まさか、ワシの核を傷つけたか」
(核って何? 心臓ではなくて?)
「いっぺん、しんでみますか?」
僕は、またいつの間にか握っていた剣に、魔力を流した。右手の剣には青い光、左手の剣には黄緑色の光がまとっている。
すると、亀は、カッと目を見開き、僕に何かを放った。だけど、僕には当たらない。鎧が弾いたんだ。地面がジュッと焦げている。ひっ、熱線だったのか。
(怖い……)
『ライト、早くやれ』
僕は、手に持つ二本の剣を交差した。すると、バチバチとイナズマを帯びたような何かが、奴へ向かって飛んでいった。
バリバリバリバリッ
僕が放った何かは、突き刺さっていた腹の剣に吸い寄せられるように命中した。
(何? 雷撃?)
ドドーン!
巨大な亀は、その勢いで仰向けにひっくり返った。まるで感電したかのように、ピクピクとしている。
(死んだのかな?)
『これくらいで死ぬわけねーだろ。核に繋がる血管が破裂したから、体内は血の海だろーけどな』
(えっ……)
『たいしたことねーよ。アイツは、他の星から流れてきたらしーぜ。この星よりも長く生きている。殺されると勝手に自己蘇生する種族みてーだけどな』
(自己蘇生?)
『あぁ、力が半減するらしーけどな。この星からすれば、アイツこそが、最古の外来のバケモノだぜ』
猫耳の少女が、冷えて固まった溶岩に何かの術を使った。すると、ピューっと不思議な風が吹き、溶岩が砂に姿を変え、風に乗って消えていった。
だけど、まだ炎がくすぶる溶岩には効果がないようだ。でも、施設を覆っていた溶岩は消え、明るい日差しが戻ってきた。
明るくなったことで、冒険者達は、巨大な亀に気づき、震えあがっている。
ナマズの魔物は、いつの間にか、すべて退治されていたようだ。レンフォードさんは、ちょっとキツそうだな。
「お兄さん! 大丈夫?」
赤い狼が目の前に現れた。そして、状況が理解できないのか、キョロキョロしている。狼の姿だと、表情がわからないんだよな。
「はい、ケトラさまは、だいじょうぶですか?」
「あたしは、平気。それより、なぜ、タトルーク老師がいるの? しかも戦闘形じゃない」
「ケトラ、この爺が、侵略してきよったのじゃ! 外来の魔物達に便乗しよったのじゃ」
猫耳の少女は、手をぶんぶん振り回してそう話している。この動きが道化に見えるんだよな。
「なぜ、ひっくり返ってるの? 戦闘形の老師なんて……」
ケトラ様は、スッと人の姿に変わった。その表情からは、戸惑いと混乱が読み取れる。
「ライトじゃ。まだ、途中のようじゃがの」
「えっ? お兄さんが覚醒時のような力を……」
そう言いかけて、ケトラ様は口を閉ざした。僕の記憶のカケラのことを思い出したのかな。
僕の鎧は、スッと消えた。鎧が消えると、急に身体が重く感じて、転びそうになる。鎧は、リュックくんの一部だと言っていたっけ。
疲れがドッと襲ってきた。僕は、魔法袋からモヒート風味のポーションを取り出して飲んだ。うん、ミントの香りが爽やかだ。身体の疲れが一気に吹き飛ぶ。
ドブ味のポーションが主流な世界で、これを使うと、もうドブ味のポーションは飲めなくなるよな。
猫耳の少女は、僕に何も言わない。まだ途中だと言っていた。この巨大な亀に、僕は、まだ何かしなければならないのかな。
(はぁ、報復されそうだけど……)
僕は、ピクピクしている巨大な亀に近寄った。腹には、まだ剣が刺さっている。僕が、その剣に触れると、剣はスッと消えた。
すると、一つの首がこちらを向いた。目に剣は刺さっていない方の首だ。
「ライト、わしを殺せていないぞ?」
(怖い……)
だけど、リュックくんからの声は、聞こえなくなった。
(どうしよう……)
シーンとしている。僕の言葉によって、何かが変わってしまうかもしれない。どうしたらいいんだ?
(試されているのか)
僕は、ふーっと息を吐いた。そして、僕の言葉を待っている巨大な亀に微笑みを向けた。
「タトルークさま、ポーションをおうりしましょうか? けがをなおすものしかありませんけど」
「は? 売る、だと?」
「かいふくまほうがいいですか? ぼくに、こんごいっさい、さからわないと、ちかうなら」
「わしに、配下になれと言っているのか!」
「じゃあ……ほんとうに、しんでみますか」