67、王都リンゴーシュ 〜家出の理由
「ライト、そろそろ夕食に行くよ」
クライン様の声が聞こえて、僕は目を覚ました。短時間の眠りだとは思えないくらい、グッスリと眠った気がする。
「は、はい。はい?」
なぜか上体を起こそうとしても、動けない。見ると、なぜか僕のベッドに、デイジーさんが潜り込んでいた。そして、僕のお腹を枕にして眠っているようだ。
「ライト、なかなか大胆なことをしてるじゃないか」
「いえ、僕じゃないです」
クライン様は、僕の慌てる様子を楽しんでいるみたいだ。よく考えたら、彼女は、僕の子供よりも幼いんだよな。慌てる必要もないか。
「デイジー王女は、おそらく、リュックくんの気配に引き寄せられたんだろうね。ライトが眠るとすぐに、背にリュックくんが現れていたよ」
(あー、魔力を吸収しに来たのかな)
「そうでしたか。夢の中で、リュックくんと少し話しました。夢というより、普通に話していた感じで不思議なんですけど、リュックくんがクライン様の術だと言ってました」
「うん、頭は起きていたはずだから、念話なら聞こえただろうね。身体だけが眠って動けなくなるんだ。急速に体力と魔力回復ができるんだけど、安全な場所でしか使えない」
(やはり、クライン様の魔法)
「すごく、ぐっすり眠った気がします」
「ふふっ、それはよかった。だけど……うーん、魔力が原因じゃないんだな」
クライン様は、何か予想が外れたのか、少し難しい顔をしている。僕の魔力を回復しても何かが……まさか?
「クライン様、リュックくんの不調ですか?」
「うん? いや、リュックくんじゃなくて、ライトだよ。記憶や情報が増えているのに、身体が5〜6歳の姿から、全く成長しないじゃないか。記憶のカケラが出現しなくなっている」
(確かに、身体が成長しなくなったな)
「記憶のカケラの出現条件が、揃わないからですよね」
「うーん、王都に来たら、何か変わると思ったんだけどな。順番を飛ばしても、記憶のカケラは現れるはずなんだけど」
そうか、クライン様は、いろいろなことを考えて、僕をここに連れて来てくれたんだ。
「クライン様、ありがとうございます。でも、たぶん大丈夫です」
「まぁ、そうだけどね」
(うん? 何か変だな)
僕が違和感を感じるとすぐに、クライン様は表情を変えた。いつもの彼の顔に戻っている。
「とりあえず、そのお嬢様を起こさないとね」
クライン様は、ミューさんを呼んでいる。アマゾネスは女尊男卑だから、気を遣っているみたいだ。
「ありゃ〜、デイジー様、何してるんですかぁ。お部屋が違いますよぉ」
「ううん? ミュー? リュッくんの匂いの……」
ミューさんが、彼女を引きはがしてくれた。僕は、やっと上体を起こすことができた。重いんだよね……この子。
「何を言ってるんですかぁ? 夕食の時間ですよぉ。デイジー様の分まで、ミューが食べちゃいますよ〜」
「ふわぁぁ〜」
(ふふっ、寝起きが悪いんだな)
ばちりと目が合った。その直後、なぜか僕にバリアが張られ……うわぁっ!
「デイジー様! ダメですよっ。デイジー様が悪いんですぅ」
気づいたときには、僕は、ベッドから床に、吹き飛ばされていた。どんだけ力が強いんだよ。
クライン様が、苦笑いをしている。バリアを張ってくれなかったら、僕はかなりのダメージを受けていたかもしれない。
「な、何よっ!」
「デイジー様が、勝手にライトさんのお腹を枕にして寝てたんですよ。寝ぼけて暴れないでくださいよぉ」
「うん? あら、失礼」
(あら失礼、じゃないよ)
「デイジーちゃん、何を暴れてるんすか」
ジャックさんが顔を出すと、彼女は不機嫌そうに、そっぽを向いている。もう、完全に目が覚めたみたいだな。
「だって、リュッくんの匂いがしたから」
「ライトさんをリュックくんと間違えたんすね。まぁ、元の魔力は同じっすからねぇ」
彼女は、一瞬、不安そうな目をしたけど、キッとジャックさんを睨んでいる。
もしかして、彼女の夢の中に、リュックくんが入って行ってたのかもしれないな。彼女が僕に触れていれば、リュックくんが弱っていても、可能な気がする。
「クライン様、リュックくんって、いま、どれくらい回復しているかわかりますか?」
「うーん、魔人は、わからないんだよね。だけど、いま、ライトは全回復しているから、少しずつ、魔力が流れていくと思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
僕達の会話を聞き、デイジーさんは少し落ち着いたみたいだ。やはり、リュックくんのことが心配なんだよな。父親だもんね。
僕達は、レストランへと移動した。
部屋で食事をしないのも、わざと、人目に触れるためなんだろうな。
「こちらへどうぞ」
やはり、予想した通り、男女で別のテーブル席に案内された。宿の人は、デイジーさんがアマゾネス国の王女だとわかっているんだよね。
僕のことは、初めて見たはずなのに、王女として扱ってくれる。はぁ、落ち着かない。
僕は、デイジーさんの隣の席、そして、彼女の向かいにはミューさんが座った。
すぐ近くの席に、クライン様とジャックさん、レンフォードさんが座った。レンフォードさんは私服に着替えている。
豪華な料理が、次々と運ばれてきた。さすが、王族の夕食だな。
何を話せばいいか、わからない。リュックくんの気配に触れたのか、デイジーさんの様子がおかしいんだ。
「わぁっ、すっごい色の野菜ですねぇ。こんなの初めて見ましたぁ」
ミューさんが、盛り上げようとしているのか、賑やかに一人でしゃべっている。デイジーさんは、適当に頷いているだけなんだよな。
しばらくすると、ミューさんから、僕に何かの合図が来た。ギブアップということなのかな。
(どうしよう……でも話題は一つしかないよな)
「デイジーさん、さっき、眠っていたとき、リュックくんと少し話したんです」
「えっ? そうなの? あたしの夢には出てきてくれないのに、ズルくない!?」
(あっ、ちょっと元気になったかな)
「夢というか、念話かな。僕、デイジーさんのこと、知らなかったんでしょうか」
「うん? どういうことかしら?」
「リュックくんが、僕に謝っていたんです。理由はわかりません。僕に、ローズさんの記憶が戻ったら、キチンと話すと言っていましたけど……女の子だとは言えなかったって」
すると、彼女は、パッと僕の顔を見た。
「ライトさん……あたし、それで、家出したの」
今にも泣き出しそうな彼女は、年相応の女の子に見える。話を聞いてあげる方がいいのかな。
ミューさんの方をチラッと見ると、大げさに驚いた顔をしている。うーん、この人、よくわからないな。
「話せることがあれば、話してみてください」
僕がそう言うと、彼女は、キッと僕を睨んだ。
(あれ? 怒った? 扱いが難しい)
しばらく、無言で食事がすすむ。そして、デザートが運ばれてきた後、彼女は、口を開いた。
「お母様は、リュッくんとの子は作らないって決めていたらしいの」
突然の話に、頭がついていかない。リュックくんは、アマゾネス国の女王ローズ様と、どういう関係なんだ?
「えっと、何か理由でも?」
「お母様は、女神様に命を助けられた後天的な神族なの。地球という星の神によって、この世界に転生してきたのは、お姉様も同じなの」
(は、はい?)
話の繋がりが見えない。それに情報が多すぎて、僕には理解できない。
「えっと、ローズ様とマリー様が、元地球人ってことですか?」
「うん、お母様は、ライトさんより少し後の時代だって」
「元日本人!?」
「うん、だからね、リュッくんは、お母様がライトさんと似ているから好きになって、お母様は、理由は教えてくれないけど、リュッくんが好きになったって……」
(あれ? 恋話? なぜ、そんな顔をするんだ?)
デイジーさんの表情は暗い。
「あの、大丈夫ですか」
「あっ、うん。でも、アマゾネスは女尊男卑だし、恋愛感情を持つのは男だけで、お母様は、たくさんの伴侶がいるの」
(一夫多妻制じゃなくて、一妻多夫制か)
「じゃあ、デイジーさんにも、お兄さんやお姉さんがいるんですね」
「兄は、たくさんいるわ。でも、男は下僕と同じ。女じゃないと、継承権がないの。お母様が、女の子が生まれないことを苦にしていたから、リュッくんが……」
(リュックくんの子なら、女の子になるのかな?)
あっ……違う。リュックくんのような特殊な魔人は、生殖を司ることもできるんだ。子供を作ることも、その子供の性別も、さらには、自分のどの能力を分け与えるかさえ、自由に選択できる。
(何、この知識? どこから湧いてきた?)
いや、もともと僕の中にあった知識か。
(あぁ、だから、女の子だとは言えなかったのか)
魔人の子が、アマゾネスの継承権を得ることは、何かの断りに触れるのかもしれない。
デイジーさんの目は、不安げに揺れている。
(僕が、何かを言ってあげなければいけない)
「デイジーさん、僕も、家出したんです」