87、迷宮 〜リュックの第1進化
僕はいま、大きな休憩所の入り口近くにいる。水色のモフモフに包まれていて、身動きがとれないんだ。
「ライトさん、なんだか埋もれてるっすね」
「そんな姿は、初めて見たよ。シャインくんは、安心してるんだね」
ジャックさんとレンフォードさんが、ゼクトさんに呼ばれて、休憩所へと移動してきた。二人は、僕の息子のこの姿を知っているみたいだ。
僕にしがみついて眠ってしまったので、仕方ない。さっき、涙を見てしまったから、そっとしておいてあげなきゃと思ってしまう。
シャインは、双子の兄なのだそうだ。双子のもうひとりの娘は、侵略戦争のときに、次元の狭間に入ってしまう事故で、どこかに飛ばされてしまったようだ。
確か、僕の配下のカース……さんが、行方を探しに行っているんだよな。事故に巻き込まれたのは、数百人だと言ってたっけ。
シャインは、アトラ様の血を濃く受け継いだ守護獣だ。だから、成長が遅く、今の状態は人間でいえば、1歳にも満たない赤ん坊らしい。
性格は、僕に似ているそうだ。すぐに、オドオドしたり、泣いたり……僕は、そんな風に思われているんだな。
僕は、女神様の側近だから、常に強くしっかりしていたのかと思っていた。なんだか残念な反面、かなりホッとしている。
僕がいま、身動きできない状態だからか、ジャックさんとレンフォードさんは、近くに居てくれている。
一方で、タイガさんは、サクランド達を追い払った後、あちこちウロウロしているみたいだ。
そういえば、助っ人と合流して、作戦開始のはずだ。外来の神々を狩り、それぞれの星に帰ってもらうんだよね?
いま、その助っ人を待っているのかな?
「ライト、状況が動いたみたいやで。魔王カイが迷宮内で暴れとるんや」
(助っ人って、魔王カイさん?)
アンデッドの魔王カイさんは、魔力の強いリッチだ。スケルトンの姿でいることが多いみたいだけど。
ドラゴン族の領地で、女神様の護衛をしているんじゃなかったのかな。
「タイガさん、それって……僕達の助っ人ということですか」
「は? 助っ人って何や?」
(あれ? ジャックさんの話と違う)
僕が、ジャックさんの方に視線を向けると、なぜか僕の方を指さされた。
「ライトさん、助っ人は、シャインくんっすよ。タイガさんは、立場上、加われないっす」
「ええっ? シャインくんが助っ人?」
「おまえなー、自分の息子をくん呼びするのは、やめたれ。他人行儀な感じがぷんぷんするで。記憶はなくても、事実は変わらん」
(た、確かに……)
「僕は、この子を何と呼んでいましたか」
「シャインのことは、シャインかチビやな。せやけど、今はおまえの方がチビやし、シャインでええんちゃうか? 戦隊ヒーローごっこでもええけど」
「シャイン、ですね。わかりました」
「おい、スルーしてどないすんねん。戦隊ヒーローごっこへのツッコミはないんか」
(いや、知らないし)
「あー、あまり戦隊ヒーローものは見てなかったから」
「しょーもないやっちゃな。あっ、神々の前では、シャインの名を呼ぶなよ? 捕獲対象になっとるで」
「わ、わかりました」
(デイジーさんみたいに狙われているのか)
外来の神々って、そうやって人質を取って、相手を思うままに動かそうとするのかな。最低だ。クローンを作ろうとするという話も、聞いたっけ。
スッと背中に、魔道具『リュック』が戻ってきた。呼んでないのに戻ってくるなんて、変だな。
『おい、ライト、中身をタイガに渡しとけ』
(えっ? うん、わかった。リュックくん、急にどうしたの?)
『説明は、後だ。時間がない』
ガツンとリュックが重くなったような気がした。
「ちょっと、シャイン、起きて」
そう言っても、爆睡中の水色の狼は、起きる気配はない。
(仕方ないな)
僕は、水色のモフモフの上に、リュックをおろした。
(あれ? 形が変わってる)
肩からおろしたリュックは、巾着袋ではない。普通によくあるようなリュックの形をしている。
「タイガさん、リュックくんから、中身を渡せと言われたんで、取りに来てください」
僕がそう叫ぶと、ジャックさんに何か指示をしていたタイガさんが、近寄ってきた。
(なんか、表情が固いかも)
「なんや? おまえ、まだ埋まっとるんか」
「起きてくれないから……魔法袋あります?」
「あぁ。ん? やっと、リュックは第1進化したみたいやな」
巾着袋ではなくて、普通のリュックに変わった魔道具『リュック』を見て、タイガさんはそう言った。
(第1進化なんだ)
中身を次々と水色のモフモフの上に出しながら、出来上がっているポーションのラベルを確認した。
でも、新しい種類はないようだ。カルーアミルク風味の魔ポーションが、わりとできている。
タイガさんの魔法袋は、特殊な仕様なのか、大量に並べた小瓶は、何もしなくても、一瞬で消えるんだよね。
すべて出し終わると、タイガさんから、何かをドカドカと渡された。
「リュックに入れとけ。頼まれていたイーシアの水と薬草や。入るだけ、入れとけ」
なんだか、すんごい物々交換だよな。水色のモフモフは、まるで高級なカーペットのように、交換物の置き場になっている。
(全く、起きる気配はないけど)
薬草と水は、女神様が使っていたのと同じような、不思議な袋に入っている。全く重さを感じない。リュックに近づけるだけで、スッと消えてしまうんだよな。
「あー、そろそろ時間やな」
タイガさんは、そう言うと、何かの魔道具を操作している。
(何の時間なのかな?)
「ライトさん、たぶん大丈夫だと思うっすけど、シャインくんを掴んでおいてくださいっす」
ジャックさんが意味不明なことを言い、僕と手を繋いだ。
「あの……何の時間なんですか」
「急遽、変わったんすよ。罠を仕掛けられていることがわかったみたいっす。レンさんは、どうするっすか?」
「俺も、ここに残るよ。ジャックさんだけでは大変でしょ」
「助かるっす」
(話が見えない)
グラグラと、地震が起こった。
休憩所に居た人達が慌てて建物から、飛び出してくる。ジャックさんとレンフォードさんは、わかっていたのか、落ち着いているみたいだ。
(地震の時間ってこと?)
大きな警報音のような音が聞こえる。
「非常転移を作動させた。外へ出られるぞ」
タイガさんが、そう叫ぶと、みんな魔法陣の方へと走り出した。だけど、ジャックさん達は、動かない。
「ジャックさん、あの……」
「迷宮の住人以外は、ほとんど外に出ていくっすよ」
「追い出しているんですか? 外来の侵略者達も……」
「隠れていたザコは、魔王カイさんが片付けたみたいっす。邪魔になるっすからね」
(何の邪魔?)
僕だけがわかっていないのかな。ジャックさんとレンフォードさんは、この場でジッとしている。とても、緊張した顔をしているから、話しかけにくいな。
僕は、リュックを背負って、水色のモフモフを掴んでおいた。というか、埋まってる感じなんだけど。
シャインは、まだ爆睡中だ。
(よく寝る子だよね)
休憩所にいた人達のほとんどが、避難したみたいだ。
「ほな、俺も行くわ。後は頼むで」
「了解っす。魔王カイさんは、迷宮内にいるんすか?」
「あぁ、何人かの暇な魔王も、おるで。まぁ、半分は、ババアの気のせいやと思うけどな。一応、念のためや。もし、ややこしいことになったら、カースがなんとかするやろ」
(なぜ、カースさん?)
彼は、いま、事故に巻き込まれた人を探しに行っているんだよね? この星には、保護結界があるし、戻って来られないはずだ。
再び、グラグラと地震が起こった。
その直後に、タイガさんは姿を消した。転移陣も消えている。魔道具で、転移陣を出していたのだろうか。
「ジャックさん、あの……魔王カイさんが迷宮にいるってことは、ティア様もですか?」
「あー、ライトさんは聞こえてなかったんすね。ティアちゃんは、城に戻ってるっすよ」
「何も聞こえてないです」
ジャックさんが、軽く頷いた。何か、変だな。
「ライトさんは、傍受されるからみたいっす」
「えっ、誰に?」
こちらに歩いてくる男性の姿が見えた。
(あれ? 転移しなかったのかな)
「今から何が起こるのですか?」
マーテルさんのウロコから生み出されたという、若い男性の護衛だった人だ。
(この人が、傍受?)
「マーテルさんの眷属が、ここに居ていいんっすか?」
「俺は、迷宮都市の様子を、主人に伝えることが役目ですから、地殻変動が起こったくらいで、逃げるわけにはいかないんですよ」
「それは、心強いっす。これから、星の保護結界が消えるっすよ。いや、もう消えた頃っすね」
(あれ? まだまだ先なんじゃ?)
「星の回復が完了したのですね。ということは……」
その男性も、緊張したような表情を浮かべた。
「何が起こるか、わからないっすよ。たぶん、この迷宮にも、何か仕掛けられてるっす」
(えっ? 何それ)
その次の瞬間、見える景色が、ぐにゃりと曲がった。