第19話 絶対、知られちゃ駄目だ
その日の夜、宿の一室に部屋を設けられたサビーナは、のんびりと一人で過ごしていた。
セヴェリは一人部屋で、リカルドとデニスは同室だ。
しかし同室と言ってもセヴェリの警護があるので、交代でセヴェリの部屋の前を見張らなければならない。二時間交代で朝まで警護するのだそうだ。人数が少ないので大変である。
「ふぁああ……リカルドさんとデニスさんには悪いけど、もう寝よう……馬車って、疲れる……」
一応サビーナも騎士の真似事はできるので、セヴェリの警護を申し出てみたのだが、リカルドにバッサリと断られた。
ハッキリ迷惑だと言われては食いさがる気持ちも起こらず、すごすごと部屋に戻ってきた次第である。本心を言ってしまえば、休めるのは有難いので助かったのだが。
サビーナが大欠伸をして、ベッドに潜ろうとした時だった。コンコンと部屋の扉が叩かれて、サビーナは仕方なく立ち上がる。
「どなたですか?」
「リカルドだ。あなたに話があるので、開けてもらいたい」
現在はすでに夜だ。この時間に男を招き入れるほど、サビーナは無用心ではない。サイラスの時の教訓が生かされた結果とも言えるが。
サビーナは扉の前まで来たものの、扉を開けることなく聞いた。
「話ならここで聞きます。なんですか?」
すると扉の向こうから長い溜め息が聞こえてきて、サビーナは少しムッとする。
「なにを警戒している。私があなたを襲うとでも? 悪いが私にシェスカル隊長のような素朴趣味はない。そもそも妻帯者の私がそんなことをする訳がないだろう。さっさとここを開けてほしいものだな」
この横柄さは、誰かを彷彿とさせる物言いだ。セヴェリと対応する時の落差があり過ぎる。こっちはただのメイドなのだから、それも仕方のない話なのだが。
サビーナは仕方なく、扉を開けてリカルドを招き入れた。銀縁眼鏡の奥の瞳は、極度にサビーナを見下ろしている。見下している、と言い換えて相違ない。
「……なんですか、こんな時間に」
「一言文句を言わなければ、寝付けなかったものでな」
文句と言われてサビーナは身構えた。思い当たることがあり過ぎる。聞くまえからげっそりしてしまいそうだ。
リカルドはサビーナに顔を向け、未知のものを見るかのように眉を寄せている。そして彼は一気に捲し立ててきた。
「一体なんの嫌がらせであんなことをする? ボロ切れを纏った瓶などを持たせて、セヴェリ様の品位を地に落とすつもりか? 下町の娘が作った焼き菓子など、セヴェリ様のお口に合うはずがないだろう。セヴェリ様がお優しいからと図に乗るのも、いい加減にしておくんだな。そんな服まであつらえてもらって、何様のつもりなのだ。セヴェリ様にはレイスリーフェ様という婚約者がいらっしゃるのだから、少しは自重したまえ。こんなところまでついてきて、迷惑だとは思わないのか?」
勢いのままそう言われると、返す言葉もない。
心の底で自分が思っていたことを口に出して羅列されると、思った以上に堪えた。目に見えぬ岩で胸が押し潰されそうだ。
「……そう、ですね……すみません」
他にどう答えることもできずに、サビーナは素直に謝った。リカルドの言うことは一理あるどころか、全降伏ものである。
サビーナのやっていることは、セヴェリにとって迷惑にしかならないとわかっていて、目を背け続けていたのだ。心の奥底ではそれを理解していただけに、人に指摘されると鉛を飲まされたかのように心が重くなる。
ガックリと肩を落とすサビーナを見て、リカルドも同情したのだろうか。この件について、これ以上の追求はされなかった。
「……まぁ、わかれば良い。で、セヴェリ様があなたをユーリスに連れて行く目的とは?」
「あの……知りません」
ありのまま真実を告げたが、やはりと言うべきかリカルドは懐疑の眼差しを送ってくる。
「ではなぜセヴェリ様についてきた?」
「……道中暇だから、話し相手がほしいと言われてついてきただけです。ただの暇潰しの相手です」
「本当にそれだけなのか? あなたにも思惑があったからついてきたのでは?」
思惑と言われて、ドキッと胸が鳴った。
サビーナは、セヴェリを誘惑しなければいけない立場にある。今回、話し相手がほしいと言われてついてきたのは本当だが、セヴェリとの距離を縮めるきっかけになればいいと思ったのは確かだ。
確かリカルドさんは、忠義が厚いから謀反賛成派の可能性があるってサイラスが言ってたっけ……
絶対、知られちゃ駄目だ。
サビーナは心で汗を垂らしながら、なんでもないことのように装うと、少しの笑顔を見せた。
「思惑? 私はただ、セヴェリ様に言われた通りにしているだけですけど」
内心ドキドキしながらリカルドを真っ直ぐ見つめる。やはり彼は懐疑の目を向けていたが、やがて吐く息と共に顔を横に向けた。
「まぁいい。とにかく、セヴェリ様の不利益になることだけはやめてほしい。それだけだ」
「はい、心得ています」
そう答えるとリカルドは無言のまま部屋を出て行った。その姿を見届けるとほっと安堵してベッドに寝転がる。
リカルドはあれで納得してくれただろうか。サビーナの行動が怪しいと思われているのは確かだろう。
しかしそれを、謀反反対派ということに結び付けられなければ、それでいい。セヴェリへの淡い恋心というように受け取ってもらえるなら、御の字だ。
どちらにしろ、目を付けられるのは必至であるが。
「ああ、もう疲れたぁ……」
もうなにも考えたくなく、現実逃避をするかのように目を瞑る。
サビーナはそのまま、一気に夢の中に引き込まれていった。