第63話 夢を叶えて、素晴らしい取り組みをされて
パーティが終わると、残った料理をいくつかもらって家に戻った。
これからはこの地で、新生活が始まる。歓迎パーティはその心を決めるのに、打ってつけだった。
「いい村のようでほっとしました。連れて来てくれてありがとう」
「いえ、気に入って頂けたなら良かったです」
「お祖父様のことは残念でしたね……大丈夫ですか、サビーナ」
「はい、ショックでしたが、年が年だったので……仕方のないことですから」
会ったことはなかったが、いつも手紙をくれていたサーフィト。その文脈から温かく優しい人柄が滲み出ていて、サビーナはそんな祖父のことが好きだった。
すでに亡くなっていると知ってショックを受けたのは確かだが、罪人を匿わせるという罪を犯させずに済み、どこか安堵している自分もいた。
サビーナは風呂に水を入れると、薪で沸かした。薪は家の裏に山積みされていて、暫く不便はなさそうだ。木はほどよく乾燥し、しかし木の油までは失われておらず、よく燃えている。
「セヴェリ様、お風呂が沸きました」
「ありがとう、サビーナ。でも何度も言いますが敬称はやめなさい。村人に聞かれると変に思われます」
「あの……人前では気をつけます」
サビーナの答えにセヴェリは嘆息してから風呂の戸を開けて、中に入って行く。
風呂を沸かす火は徐々に弱まっていて、ぬるくなった時に困るだろうからと火の前に腰を下ろした。
風呂の中からザバンとお湯の流れる音が聞こえて、サビーナは声を掛ける。
「お湯加減はいかがですか? ぬるくありませんか?」
「大丈夫、丁度いいですよ」
セヴェリの言葉を聞いて、薪を加えるのはやめた。火の前に座っていると、暖かくてうつらうつらとしてくる。
今日はなんだか一日が長かった。いつ追手がかかるかわからないのは同じだが、ここで住もうという決定をしたおかげか、安心感が生まれている。
住んだことのない場所でも、『家』っていいな。
私は根無し草の冒険者にはなれないや。
小さな家でも、好きな人と家庭を持って……
そこまで考えて、サビーナは自嘲するように首を左右に振った。
それはもう、あり得ない夢だ。
平凡なサビーナが見る、平凡な夢。
誰かと恋愛し、結婚し、家庭を持つこと。
それが現実味を帯びていないことは、今のような状況だからというだけではなかった。
サビーナの本当の母親は、サビーナが生まれたすぐに家を出ていった人間だ。同じように行動しないとは言い切れない。
そんなことからサビーナは恋愛小説に強く依存し、結婚というものに強い憧れを抱きつつも、恋愛には積極的になれずに生きてきた。そしてそれは、これからもきっと同じだ。
セヴェリと偽装結婚しているという時点で、誰かと恋愛などできようはずもなかったが。
だから、夢など見てはいけない。好きな人と結ばれたいだなんていう夢は。
しかしそう思えば思うほど、強くデニスのことを思い出してしまった。
一緒に回った月光祭を。告白されたことを。キスした時のことを。
「デニスさん……」
サビーナの目から、自然と涙がこぼれた。
あれは恐らく、恋だった。
あんなに胸が苦しくなったことなど、今までになかった。
デニスといると、嬉しくて楽しくて幸せで、でも胸が詰まるように苦しくて。
それが愛だったのかなど、サビーナにはわからない。けれど、確実に恋であったことを、今さらながらに実感してしまった。
彼の安否を考えると、胸が張り裂けそうになる。
デニスがどうなったのか、知りたい。と同時に嫌な想像をしてしまい、膝を抱え込む。
もしも殺されていたらと考えると、やりきれない。
「サビーナ……」
戸を開けて、セヴェリが風呂から出てきていた。サビーナはハッとして涙を拭うと、無理矢理微笑んでみせる。
「もうよろしいんですか? ゆっくりなされば良かったのに……」
「十分温まりましたから」
セヴェリはなぜか悲しげに微笑み、家の中へと入っていった。
サビーナも風呂を済ませて寝室に向かうと、セヴェリが掛け布団を出してベッドに置いてくれていた。
「すみません、ありがとうございます」
「明日は布団を干しましょうか。長く使われていないようですから」
セヴェリの言葉にコクリと頷く。
サビーナは用意された布団の上に寝転んだ。冷たく硬い布団だったが、野宿よりはいくらもマシだ。
余程疲れていたのか、セヴェリにおやすみの挨拶も言わずに一瞬で眠りに落ちてしまった。
次の日、サビーナは掃除をしたり布団を干したり、森で野草を摘んだ。
家に戻るとテーブルの上に置手紙がしてあり、『村を散策してきます』とだけ書かれてあった。大丈夫だろうかと少し心配はしたけれど、ずっと家に縛り付けておくわけにもいかないだろう。追手もこんなところまでは来ないと信じるしかない。
そう思いながら夕食の準備でもしようかと鍋を探していると、ノックの音が転がってきた。
「はい?」
サビーナは返事をしながらそっと扉を開ける。そこには眼鏡を掛けた女性と、サビーナと同い年くらいの少年が立っている。
昨日の歓迎パーティで見かけた覚えはない。追手かとも思ったが騎士のような格好でもなく、サビーナは訝りながら尋ねた。
「あの…… なんの御用でしょうか」
「サーフィトさんのお孫さんが来ているとシャワンさんに聞きました。彼の死因について、詳しくお話ししておいた方が良いかと思いまして」
「失礼ですが、あなたは……」
そう言うと、眼鏡を掛けた素朴な顔をした女性は、真っ直ぐサビーナの目を見つめながら答えてくれる。
「申し遅れました、私はプリシラ。この村で医師を務めています。この子は助手のシェルトです」
隣にいた黒髪の男の子が、「かったるい」とでも言いたげな表情でほんの少しだけ頭を下げた。それを見てサビーナも少し頭を下げる。
「私はサーフィトの孫のサビーナです。よろしければ上がってください。なにもありませんが……」
サビーナは、プリシラとシェルトを家に招き入れた。お茶の葉がどこかに置かれてはいないかと探していたら「お構いなく」と言われ、仕方なく水だけをテーブルに出す。
まず最初にプリシラの「サーフィトさんのこと、お悔やみ申し上げます」という言葉から始まった。どうやらサーフィトは、熱中症からの多臓器障害で亡くなったらしい。プリシラが駆けつけた時には息があったが、手を尽くすも息を引き取ったとのことだった。
「サーフィトさんを救えず、申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな! おじいちゃんを看取ってくれて、ありがとうございました」
感謝の言葉を述べると、プリシラはコクリと頷いてくれていた。
「体調を崩した時は、すぐに私のところに来てくださいね。まだしばらくはこの村にいるつもりですから」
「そう言えばプリシラ先生は、無医村で医療に従事できる人を探して育成しているんでしたっけ」
「ええ。私は無医村の出身でね。医者になって、無医村を回って、人材育成をしたいとずっと考えてたの。医師を育てるのは不可能だけど、救急の手当や判断のできる人がいるのといないのとでは、随分と違ってくるから」
素晴らしい志を持った人を前に、サビーナは嘆息した。やりたいと思っていても、中々できることではない。
「すごいですね。夢を叶えて、素晴らしい取り組みをされて」
「運が良かったのよ。別れた旦那がお金持ちで、一生遊んで暮らせるくらいの慰謝料をもらえたから、自由にしてるだけ」
プリシラはそう言うと、悲しげな瞳で笑った。隣にいたシェルトがチラリと彼女を見た後、なぜか目を逸らすように顰め面している。
プリシラはそれに気付いているのかいないのか、もう一度微笑み直して歩みを進め始めた。
「では、失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
プリシラが玄関の扉を開けようとした時。彼女がドアノブに触れるより早く、扉が開いた。
その扉を開けたのはセヴェリだ。彼は目の前にいるプリシラを見て、目を丸めている。
「……プリシラ!?」
「セ、セヴェリ様!?」
二人とも、驚いたように声を上げた。そんなセヴェリとプリシラを見ていたサビーナとシェルトも、驚きから瞠目する。
「え? セヴェリさ……セヴェリは、プリシラ先生をご存知なんですか?」
セヴェリは喫驚の瞳のまま、サビーナに告げた。
「ええ……プリシラは元々オーケルフェルトのメイドで……シェスカルの、元妻ですよ」
「えっ! えええっ!?」
そう言われて改めてプリシラ見る。
眼鏡に素朴顔。しかし凛とした姿は、医師の威厳が組み込まれている。
シェスカルは確か、サビーナのことを元妻と似ていると言っていたが、素朴顔以外に似ているところはなかった。むしろオレンジに近い茶色い髪の色やショートカットの感じは、ファナミィに似ている。
「セヴェリ様……どうしてセヴェリ様がこのような村に……?」
プリシラは怪訝そうに眉を寄せた。そんな彼女を見て、セヴェリはもう一度こちらに視線を飛ばしてくる。
「サビーナ、プリシラに説明したいと思うのですが、よろしいですか」
詳しい事情を知る者など、いない方がいいに決まっている。けれどプリシラはセヴェリの存在を知っているのだ。アンゼルード帝国で起こった事を勝手に調べられて変に足が着くより、こちらから事情を話してしまった方がいいだろう。
ただ気になるのは、シェスカルの元妻という立場だ。別れているとはいえ、プリシラがシェスカルにセヴェリの居場所を教えれば、また逃げなくてはならなくなる。
サビーナが難しい顔で思案していると、セヴェリは「駄目ですか?」と困ったような顔を向けてくる。
「いえ、あの……私には判断できかねますので、お任せします」
そう言うとセヴェリはコクリと頷き、再びプリシラらを家の中に促した。