第72話 怖い……死にたくない……
サビーナの涙が止まるのを待たず、シェルトは口を開いた。
「んじゃ次。リカルド、キアリカ、サイラスだけど、この三人はオーケルフェルトの騎士からそのままディノークスの騎士へ移行してる。班長って立場も変わらずだ。リカルドには隊長への昇進話があったみたいだが、断ったらしい。ディノークス騎士隊の隊長は、今もシェスカルがやってる」
シェルトの報告に、サビーナは思わず声を上げる。
「リカルドさんに隊長昇進の話……? 」
「おかしいですね。順当にいけば、リックバルドのはずですが」
涙を拭きながら顔を上げると、セヴェリも不思議そうに首を捻った。
リカルドが優秀なのは知っているが、それでもリックバルドの方が剣の腕もあるし経験も上だ。
「リックバルドって奴は、ディノークスの騎士にはならずに辞めたらしい。ランディスの街から出ていったって話だが、どこに行ったかまでは調べられなかった」
リックバルドが行方知れず。
一体なぜ、どこへ行ってしまったのだろうか。
「レイスリーフェのところかもしれませんね……」
隣でセヴェリがポソリと呟く。
確かにリックバルドなら、セヴェリがいなくなればすぐにでもレイスリーフェを迎えに行きそうではある。しかし、その考えは一瞬で打ち砕かれることとなった。
「それはないね」
セヴェリの考えを、感情なく否定するシェルト。
ドクンと胸が鳴る。否定する理由が、ひとつしか思い浮かばない。
「なぜですか?」
「それより先に、ひとつ言っておかなきゃいけないことがある。俺はこれらを調べてるうちに、騎士の一人に不審がられて捕まっちまった」
「ええ!?」
誰よりも先にプリシラが瞠目して声を上げ、腰を僅かに浮かせている。
「捕まったって……あなた、大丈夫だったの!?」
「まぁな。安心してくれ、この場所は一切教えちゃいないからさ。正直俺も囚われた時は焦ったけど、その男は……セヴェリ、あんたの味方だったってわけだ」
そう言いながらシェルトは懐から一枚の封筒を出し、テーブルの上に置くとそのままスライドさせてセヴェリの目の前に移動させた。
「見ても?」
「あんたに渡してくれって頼まれたんだ。中身は俺も見てないからわからねぇ」
セヴェリはその手紙に手を伸ばし、カサリと音を立てて中身を開いた。
「これは……リカルドの筆跡ですね」
「ああ。俺の動きを知って、図書館で張られてた。リカルドの家に連れてかれて、俺が中々口を割らないもんだから、五日間世話になったよ」
「だから帰りが遅くなっていたのね……」
シェルトがプリシラに「心配掛けてごめん」と謝っている傍で、セヴェリはリカルドからの手紙を無心に走り読んでいる。
そして読み終えると、その手紙をハラリとテーブルの上に落としていた。
「あの、セヴェリ様……リカルドさんはなんて……?」
「サビーナも読んでみなさい」
そう言われてリカルドからの手紙に手を伸ばす。
不安で高まる鼓動を無理やり手で押さえつけるようにして、手紙を読み始めた。
その内容は、セヴェリが無事に逃げ延びたという報せを喜ぶ胸の内と、あの時は傍観するしかできなかった非礼を詫びていた。
リカルドの考えとしては、セヴェリと共に謀反を起こす覚悟があったようだ。しかし皇帝に密告されてはどうしようもなかったと、シェスカルを引き入れるためにもっと積極的に動くべきであったとの後悔が書かれていた。
彼も、シェスカルがまさかこんなに早く動くとは思っていなかったのだろう。
リカルドは、マウリッツが連行されている時点でセヴェリを逃亡させる計画を立てた。そしてデニスに持ち金を渡して、宝石に換えるよう言い付けたのだ。
しかしその宝石を受け取る暇がなく、デニスにその役目を押し付けるような形になってしまったこと。そのせいでデニスは表立ってシェスカルと対立してしまったこと。デニスはシェスカルに取り押さえられ、自分のせいで二年間も牢獄に幽閉されることになってしまったと書かれていた。
その文面から読み取れるのは、デニスへの謝罪。それに己が上手く立ち回れなかった不甲斐さを悔いる、セヴェリへの懺悔の胸懐だった。
デニスが大立ち回りを演じたのは、決してリカルドのせいではない。きっと彼は、宝石を持っていなかったとしても、同じ行動を取ったに違いないのだ。それが彼の『守る役』だったのだから。
そんなことを思いながら二枚目に進む。そこにサビーナという文字が飛び込んできて、目を見張った。
『サビーナはレイスリーフェ様とクラメルの騎士を二名殺した罪により、一級殺人犯として手配されております。彼女と一緒にいるとセヴェリ様まで巻き込まれる可能性がありますので、別行動を取ることをお勧め致します』
サビーナもセヴェリと同じように、ハラリと手紙を落とした。
レイスリーフェが……死んでいた。
他に、クラメルの騎士が二名も。
一級殺人犯という言葉が頭の中を支配し、目の前が真っ黒に染まる。
嘘……レイスリーフェ様が……
私、三人も殺してたなんて……
サビーナの顔が青ざめる。
殺す気ではあった。
でも、殺したいわけじゃなかった。
そんなものはただの言い訳でしかないのだろうか。
一級殺人犯。
それは処刑が確定していて、一切の温情は受けられないということだ。
よって捕縛はせずとも、見つけ出した時点で罪人を斬り殺すことが許されている。
つまりサビーナは、追手に見つかった瞬間に死を覚悟しなければいけない状態にあるのだ。
体が、勝手にガタガタと震え始めた。
その様子を見たシェルトが手紙を許可なく奪っていき、プリシラに窘められながらも読み進めている。
人を殺しておいて自分は死にたくないなどと、ただの我儘に過ぎないのだろうか。
一人は確実に殺したのはわかっていた。なのに、捕まったとしても処刑は逃れられるのではないだろうかという甘い考えを持ってしまっていた。
だが、見つかれば死だ。
その場で死ぬか、連れられて本国で死ぬかどうかの違いでしかない。見つかれば、必ず死ぬ。
怖い……死にたくない……
一体、この世にどれだけの人がサビーナの死を願っているのだろうか。
殺したクラメルの騎士の両親、あるいは娘や息子、あるいは妻や恋人、友人達。おそらく、サビーナが考えるよりずっと多くの人に恨まれているに違いない。
しかし、それも仕方のないことなのだ。サビーナはそれだけのことをしてしまっているのだから。
そして恨まれる相手は、なにも見も知らぬ者だけではない。
「この手紙に書いてたか。レイスリーフェが死んでたこと」
シェルトがパサっと投げるようにして手紙を放す。プリシラが「え!?」と声を上げて、次は彼女が手紙を読み始めた。
「セヴェリの婚約者だったらしいな。レイスリーフェはサビーナに斬られて落馬して、一週間後に亡くなったらしい。それと同時期にリックバルドってのが姿を消してる。これがなにを意味するのか、俺にはわかんねぇけどな」
シェルトの言葉に、復讐という文字が頭を過る。
リックバルドはきっと、サビーナを捜すために騎士を辞めて国を出たのだ。愛する者を殺された恨みを、晴らす目的で。
サビーナはガクガクと震えながら恐る恐るセヴェリを盗み見た。
彼の瞳は冷ややかで、真っ直ぐ前を向いたままだ。その横顔は、困惑の他に怒りも伴っている。
「セヴェ……」
「殺したのですか。レイスリーフェを」
「……はい……」
誤魔化せる事ではなく、サビーナは真実を告げた。
「……どうして」
そう言いながらセヴェリは責めるようにサビーナに視線を寄越した。
その表情は苦悶に満ちていて、今にも泣き出しそうだった。サビーナは震える声で言い訳を口にする。
「クラメルの騎士に足止めを食らいそうになり……仕方なく、レイスリーフェ様を人質に……」
「レイスリーフェを殺す必要があったのですか」
「……わかりません……」
サビーナはセヴェリの問いになんとか答えた。
傷付けるのを加減することもできたかもしれない。あんなに深く貫くように剣を刺し、そして落馬させてしまったのだ。鬼の所業と思われても仕方がないだろう。
「出てってもらえますか」
「……え?」
セヴェリの言葉に息を詰まらせる。聞き間違いだと、そう信じたかった。
「出ていってください。少し……一人になりたい」
セヴェリは己の前髪をグシャリと強く掴み、懊悩するようにそう言った。
彼の言葉を受けて、シェルトとプリシラはさっと立ち上がり、サビーナも戸惑いながら席を立つ。
前髪を強く握ってテーブルを見つめ続けるセヴェリを残して、三人は家を出た。