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たとえ貴方が地に落ちようと - 第77話 早くアデラオレンジを食べたいですね
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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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第77話 早くアデラオレンジを食べたいですね

 街での仕事が始まると、早速リタに例の業者に仲介してもらうように頼んだ。

 正直、胡散臭い集団なのかと思っていたが、法に触れるようなことをやっているわけではなさそうだ。なるべく正攻法で、詐欺は行わないというのがこの業者の方針らしい。

 どうやら本来の人柄そのものを貴族側に受け入れてもらうよう画策するだけのようだ。

 そのため、成功する確率はそんなに高いわけではないということだった。

 前金が必要だが、残りは成功報酬制ということで、悪徳業者という感じは受けない。

 前金は一年もあれば十分に貯められそうだったが、成功報酬が高かった。普通は成功した嫁ぎ先から回収が見込めるようだったが、サビーナの場合、サビーナ自身が嫁ぐわけではない。

 ダメ元で成功報酬を分割にできないかと聞いたところ、その分前金が高くなるが可能だと言ってくれた。もしもサビーナから回収できなくなった時には、貴族となったセヴェリの方に請求に行くことになるので、業者としてもリスクは低いようだ。


 こうしてサビーナは、お金を稼ぐ目的を明確にした。正式に依頼するのはまとまったお金が用意できてからではあるが、この町の貴族の情報なら教えてくれるとのことだった。

 サビーナはその日から、業者に頼るだけではなく、与えられた情報を元に令嬢を見て回ることにした。美しく、優しく、セヴェリの癒しとなってくれそうな令嬢を探すために。

 それは中々骨の折れそうな作業ではあったが、妥協はできない。セヴェリの人生が決まってしまう大切な相手なのだから。


 セヴェリ様とレイスリーフェ様は、出会った瞬間に惹かれ合ったっていうし……

 波長の合いそうな人を探せば、お互いに上手くいくはず。

 相手を見つけて、二人を引き合わせて……セヴェリ様が惹かれる相手が見つかるまで、何度でも繰り返そう。


 世の中には、赤い糸で結ばれた運命の相手という者がいるらしい。

 その糸で繋がれたセヴェリの相手を探し出す。見つかりさえすれば、きっと彼は幸せに生きられるはずなのだ。


 セヴェリ様をを必ず幸せにしてみせる。


 その思いを胸に、サビーナは彼の生涯の伴侶となる者を探すのだった。





 ある日のこと。

 家に帰ると、いつも置いていたガーゼが消えているのに気付いた。アデラオレンジの種を入れていたガーゼである。

 どこに置いたのか聞こうと思い、外に出てみると、セヴェリがジェレイと話をしながら鉢に土を入れている。


「あの……セヴェリ? オレンジの種を知りませんか?」

「ああ、今呼びにいこうと思っていたんですよ」


 そう言ってセヴェリは二粒の種をサビーナに見せてくれた。そこからは可愛らしい芽のようなものが、チョロンと顔を出している。どうやら芽が出たのは、この二粒だけだったらしい。


「ジェレイにどうすればいいか聞きに行くと、もう土に植えた方がいいと言うので、準備していたのです」

「まぁまだ寒いから、夜は家の中に入れといた方がいいけどな。ところでセヴェリ、こいつは二世代目か?」

「いえ、三世代目だと思いますから、ちゃんとアデラオレンジがなると思うんですが」

「思い通りの実がなったら、その後は接ぎ木して増やしてやんな。そうすれば種から育てる必要もねぇし、実がなるのも早いからよ」

「遠い未来の話ですねぇ」


 セヴェリとジェレイはそんな会話をしながら笑っている。

 土の用意ができたところで、サビーナが一鉢ずつアデラオレンジの種を植えた。


「早くアデラオレンジを食べたいですね」

「そうですね。十二、三年の辛抱ですよ」

「え!? そんなに時間が掛かるんですか!?」


 想像以上の数字を出されて、サビーナは仰け反った。


「サビーナはまだ二十代のうちに食べられますよ」

「俺とセヴェリは無理だなー!」


 十二年後。サビーナは二十八歳、セヴェリは三十五歳だ。

 そんな未来の二人の姿を、サビーナは想像することができない。


「必ず、アデラオレンジを一緒に食べましょうね。サビーナ」


 セヴェリの言葉に明確には答えられず、曖昧に笑うしかなかった。


 子ども達に結婚式をされてしまった日から、セヴェリとは寝室を別にしている。

 しかしそれ以外に特に変わったことはなく、今までと同じように暮らしていた。


 そしてクスタビ村で春を迎え、数センチ伸びたアデラオレンジを地植えしようかと言っていた、ある日のことである。

 セヴェリと二人で夕食をとっていると、ノックもなく急に扉が開かれたのは。


「誰!?」


 その荒々しい開け方に、サビーナは咄嗟に剣を掴んで引き抜く。

 セヴェリを守るように立つと、その人物はゆっくりと顔を出した。


「やはりここにいたか。サビーナ」


 その聞き慣れた声。そして見慣れた顔。

 大切な家族であるはずの男を見たサビーナの手は、ガクガクと震え始めた。


「久しぶりだな」

「……リック……ッ! どうして、ここが……っ」

「お前の思考くらい、読める」


 リックバルドはそう言ってニヤリと笑った。


 殺される……っ


 リックバルドが剣を抜けば、サビーナには万に一つの勝ち目もない。サビーナは、未だ悠々と座っているセヴェリに向かって叫んだ。


「セヴェリ様、お逃げくださいっ! ここは、私が……っ」

「……サビーナ」

「セヴェリ様、お早くっ!! 」

「サビーナ、落ち着きなさい。リックバルドが私達を殺すとでも思っているんですか?」

「リックならやりますっ!!」

「だそうですよ、リックバルド」


 セヴェリの言葉にリックバルドは深い息を吐いている。


「全くお前は……思い込みの激しさも変わらんな」


 呆れたようにそう呟き、腰のベルトに手を伸ばすリックバルド。サビーナは強く警戒して剣を握り締めるも、リックバルドは腰のベルトと共に剣を床に落とした。


「これでいいだろう。持っていけ」


 リックバルドが自分の剣を蹴り、こちらに寄越してくる。サビーナはそれを拾い上げると、ようやく真っ直ぐリックバルドの顔を見ることができた。


「私を殺しにきたんじゃ、ないの……?」

「殺しにきたのなら、お前など俺の名を呼ぶ前に死んでいる」

「じゃあ、なにしに……」

「お前とセヴェリ様に会いにきた」


 セヴェリがスッと椅子から立ち上がると同時に、リックバルドが跪く。二人の直線上に立っていたサビーナは、思わず横に避けた。


「久しぶりですね、リックバルド」

「セヴェリ様……申し訳ありませんでした」

「レイスリーフェを奪ったことですか? それとも……」

「あの日、シェスカルの思惑に気付かず、密告させてしまったことです」

「ふ……レイスリーフェのことを謝るつもりはないですか」


 冷たい目で笑ったと思った瞬間、しかしセヴェリは眉を下げる。


「まぁ、今さらですね……彼女はもう、この世の人ではないのですから。座りなさい、リックバルド。あなたの話を聞きましょう」

「っは」

「サビーナ、あなたも座って下さい。物騒な物は仕舞って」


 促された兄妹は、セヴェリの前に隣合って座った。

 リックバルドの男臭い独特の香りがして、どこかホッとした気持ちになる。


「あなたがここに来たということは、他の者もここにいると勘付いているということでしょうか」

「いや、それはどうだろうな。ラウリル公国に親類がいることはごく一部の人間しか知らんし、そいつらには口止めをしてきた。シェスも気付いているかもしれんが、恐らくあいつはここまで追わせることはせんだろう。あいつもセヴェリ様を死なせたくないという思いがあるだろうからな」

「シェスカルのことですから、皇帝に私や父を処刑しないと確約させた上で密告したのでしょうしね」


 となると、密告してもセヴェリが死ぬことはないと、レイスリーフェも知っていたのだろう。だから彼女もシェスカルに加担したのかもしれない。


「それで、リックバルドはどうしてディノークスの騎士隊に入らなかったんです?」


 セヴェリがそう問うと、リックバルドは驚いたように目を丸めた。


「なぜ、その情報を……」

「この村にはプリシラがいましてね。彼女の弟子がアンゼルードに行って色々調べてくれたのです」

「……そうだったのか、プリシラが……シェスが聞いたら喜びそうな情報だな」

「ちょっとリック、伝えになんて行かないでよ!?」

「行かんさ。俺ももう、帝国に戻るつもりはない」

「え……どうして?」


 リックバルドの決意の言葉に、サビーナは眉を顰めた。しかしリックバルドは「特に理由はない」と言うだけだった。


「それよりサビーナ。ここの家を訪ねた時、若い夫婦が住んでいると聞いたんだが、お前はセヴェリ様と……」

「ち、違うよっ! そうした方が都合がいいってだけで、夫婦じゃないからっ」

「まぁ、セヴェリ様を落とせなかったんだから、そうだろうな」


 リックバルドが納得したように言うと、セヴェリは逆に訝しげな顔に変わった。


「私を……落とす? 何の話です?」

「あ、いえ、それは……っ」


 サビーナが焦って言い訳ようとするも、リックバルドは今さらだと思ったのか、なんでもないことのように言った。


「サビーナに、セヴェリ様を惚れさせるよう指示していた」

「……レイスリーフェを諦めさせるためにですか」

「謀反反対派に引き入れるために……だな」


 正直に全てを告白するリックバルドに、セヴェリは悲しくも冷たい目を送っている。


「あなたたちも反対派だったと言うわけですか。私と父は、敵だらけだったということですね」

「だから、謀反を起こさせない方法を模索していた。二人を咎人にさせぬ方法を……」

「それがサビーナに私を落とさせるという方法だったのですね。……ック、まんまと騙されましたよ。私に気のあるそぶりをしていたのは、すべて演技だったというわけですね」


 冷ややかな視線がサビーナを突き刺す。なにを言っていいのか、喉から声が出てこない。


「懐中時計を探して川に飛び込んだのも、犯されそうになった時、私を受け入れようとしていたことも、すべて……」

「そ、れは……」


 クックと笑いを始めたセヴェリに、なにも言い訳ることができなかった。


「滑稽、ですね……私は……本当に……」


 彼は苦しそうに、口元だけで笑っている。そんなセヴェリにリックバルドが許可を得るように問い掛ける。


「セヴェリ様、申し訳ないが兄妹だけで話したいことがある。一晩サビーナを借りたい」

「ええ……お好きにどうぞ」


 体を震わせているセヴェリを置いて、サビーナは外に連れ出された。

 セヴェリの状態が気になるが、今サビーナが話しかけたところでなにもできまい。


「サビーナ」

「なに、リック……」

「お前に会わせたい人がいる」

「会わせたい、人?」


 サビーナが首を傾げると、リックバルドは大仰に頷いた。


「ブロッカの街で待たせている。俺と来てくれ」


 いつになく真剣な表情で言われ、サビーナはただ事ではないと頷く。

 サビーナはとリックバルドはそれぞれに馬を走らせ、ブロッカの街に向かった。

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