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たとえ貴方が地に落ちようと - 第78話 ああするより他に考え付かず……
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たとえ貴方が地に落ちようと  作者: 長岡更紗


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第78話 ああするより他に考え付かず……

 ブロッカの街に着くと、もう街は静まり返っていた。

 馬を街の入り口に繫ぎとめ、暗い街の中をリックバルドと二人で並んで歩く。


「久しぶりだな、こうやって一緒に歩くのも」

「うん……リック、元気そうで良かったよ」

「俺に殺されると思っていたくせにか?」

「だって……あんなにレイスリーフェ様を想ってたリックが、私を簡単に許してくれるとは思えなくて……」


 小さくしぼむようにして頭を下げるサビーナに、リックは髪を乱すようにグシャグシャと撫でてくる。


「なにがあったとしても、お前を殺そうなどとは思わんさ。例え、レイスが殺されていたとしてもな」

「……え?」

「着いた。ここだ」


 一軒の宿屋に到着すると、リックバルドは惑いもせず二階の一室に入っていく。今の言葉を問いただす前に、リックバルドが中に声を掛けた。


「遅くなってすまん、レイス」

「おかえりなさい、リックバルド」


 その透き通るような声にギョッとして部屋の中を覗く。そこには窓を背にしてキラキラと輝く、妖精の姿があった。


「レイス……リーフェ、様……!? ど、どうして……!!」


 そこにはなぜか、死んだはずのレイスリーフェの姿があったのだ。流れるような銀髪、ガラス玉のような青い瞳。見間違おうはずもない、妖精のような可憐なその姿。

 死んだはずの彼女が、今目の前で動いている。それとも彼女は、本当に妖精か天使にでもなってしまったのだろうか。


「見ての通り、レイスは生きている」


 リックバルドの言葉に、現実に引き戻される。

 殺していなかった。レイスリーフェは生きていた。

 それだけで、サビーナの喉はなにかでつかえそうになる。


「お久しぶりですわ、サビーナさん」

「レイスリーフェ様……」


 不思議なことに、嫌忌の表情は向けられなかった。普通、殺されそうになった相手を目の前にすれば、怯えるなり恨むなりの反応があると思うのだが。


「死んだ、はずでは……」

「九死に一生を得ましたの」

「でも、報道では死んだって……」

「見ての通り、生きてますわ」


 混乱する頭を抱える。死んだと言われていたはずのレイスリーフェが、生きている。彼女が死んでいないことにホッとはしたが、理解が追いついていかない。


「お前に謝らなければいけないことがある」


 唐突に紡がれた兄の言葉にますます混乱しながら、長身のリックバルドを見上げた。


「……順を追って話そう」


 そう言って椅子に座るよう促され、立っていられなかったサビーナは、ペタンと深く腰掛けた。


「お前がレイスを斬り、落馬させた後……レイスはヴィルヘルムによって助けられた」


 ヴィルヘルムというと、サビーナを最後まで追ってきた、あの老齢の騎士だ。彼はあの後すぐにレイスリーフェを救いにいったのだろう。


「レイスリーフェはどうにか一命を取り留めた。だが一週間後に容態が急変し、レイスの心臓は一時止まってしまってな。それがクラメルの屋敷にすぐに伝わり、一瞬で街に広まってしまった」

「実際はすぐに息を吹き返したんですの。リックバルドのおかげですわ」


 レイスリーフェは熱い視線をリックバルドに投げかけ、互いに見つめ合っている。


「……それで、どうして死んだままになっているんですか」

「そのまま駆け落ちしたからだ」


 リックバルドの言葉にまたも頭を抱える。そんな予感は多少していたが。


「俺程度の人間では、高位貴族との結婚は難しい。幸い、息を吹き返したことを知っていたのは、レイスの腹心ばかりだったからな。しばらくヴィルヘルムのところに身を寄せ、回復を待ってから帝国を出た」

「でも、遺体がなければおかしく思われるでしょ? クラメル卿は納得したの?」

「クラメル卿にはレイスが手紙を書き、駆け落ちする旨を知らせた。そんな不名誉を公開して娘を探させるよりは、レイスを死んだことにする方を選んだようだな。それとも、レイスの幸せを望んでいたためか……俺にはどちらかはわからんが」


 どちらにしても、二人にとっては良い方に転んだというわけだ。

 レイリーフェが生きていたこと、そして二人が今幸せそうにしていること自体はサビーナも嬉しい。

 けれど、やはり気にかかるのはセヴェリのことだった。


「ねぇ……セヴェリ様に、レイスリーフェ様が生きてることを報告しちゃ駄目かな……」

「好きにすればいいが、俺たちはもうここを離れる。セヴェリ様にレイスを会わせることはしたくないんだ。わかってくれ」


 セヴェリにレイスリーフェは死んでいないということを伝えてあげたかったが、そうすると余計に苦しませてしまうかもしれない。リックバルドを恨み、レイスリーフェを恨み、彼の心はきっと壊れてしまう。

 そう思うと、やはり言わない方が良いのだろうという結論に達した。

 サビーナは先ほどからこちらを観察するように見ている、レイスリーフェに目を向ける。


「レイスリーフェ様……傷の方は、いかがですか」

「傷跡は残りましたけれど、もう大丈夫ですわ」

「あの時はああするより他に考えつかず……申し訳ありませんでした」


 サビーナが頭を下げると、レイスリーフェは『意外だ』とでも言いたげに目を見開いている。


「まさかそんな風に謝ってくれるなんて……あなたはわたくしを目の敵のようにしていたというのに……」

「レイスリーフェ様のお立場もわかっているつもりです。謀反を起こさせたくはないという気持ちも、セヴェリ様を死なせたくないが故にシェスカル隊長の話に乗ったことも」

「そこまで知ってるんですの……」


 レイスリーフェは嘆息すると、当時のことを語り始めた。


「あの日、帝都からの通達が来るよりも早く、シェスカルさんの遣いがうちに来て、彼が密告したということを知りました。ユーリスからランディスまでは遠く、止める暇はなかったのです。わたくしにできたことは、あなたをセヴェリ様から遠ざけ、あなたを守り、余計な死者を出さないようにするだけでしたの。……まぁ、無駄なことだったようですけれど」


 結局サビーナはクラメルの騎士を二人も殺してしまっている。自騎士を殺されたレイスリーフェはなにかを言いたそうではあったが、なにも言わずに飲み込んでいた。


「……申し訳、ありませんでした……」

「いいえ、謝らなければならないのは、わたくしたちの方……」

「え?」


 そう言えば、最初にリックバルドも謝らなければならないことがあると言っていた。なんのことかわからずに、首を傾げる。するとリックバルドが苦しそうな声を上げた。


「すまん、サビーナ。レイスを死んだことにしたがために、お前は一級殺人犯という扱いになってしまった」


 どこか悔しげに拳を固めているリックバルド。レイスリーフェも申し訳なさそうに、しかし視線はサビーナから逸れている。


「ごめんなさい、サビーナさん……」


 二人がレイスリーフェを死んだことにして駆け落ちを決めた時は、そこまで頭が回っていなかったのだろう。

 すべての状況に対応できる神がかった人物など、この世には存在しない。感情のままに突き動かされ、心ないことを言ってしまったりやってしまったりということは、人ならば誰だってあり得る話だ。

 後悔したり、反省したり。

 人生というものは、こういう繰り返しなのだろうということが、なんとなくサビーナにはわかってきている。


「過ぎたことだし……私がクラメルの騎士を殺したのは、紛れもない事実だから……一級殺人犯って扱いをされても、仕方ないことだと思ってる」


 そうは言ったが、本当はすごく怖い。いつ追手が現れて殺されるかもしれないと思うと、勝手に震えが出てしまう。

 けれど、だからと言って二人の幸せを壊してなんの得があるだろう。

 糾弾するのは簡単だが、そんなことをしてもなんの解決にもならない。


「サビーナ……」

「もう気にしないで。大丈夫、だから」


 無理矢理笑顔を作ってみせると、リックバルドはもう一言「すまん」と頭を下げた。

 滅多に頭を下げない兄が、これだけのことをするのだ。リックバルドの後悔は推し測れる。それだけでもう許してあげられるというものだ。


「サビーナ……セヴェリ様とは今後どうするつもりだ?」


 家族としての心配の言葉を掛けられ、サビーナは安心させようと言葉を紡ぎ出す。


「セヴェリ様は、この街で貴族になってもらうつもり。そうすれば帝国も、他国の貴族に手は出せなくなるから」

「なるほど……しかしそんなことができるのか?」

「一応の算段はつけてあるよ。大丈夫」

「そうなった後、お前はどうするつもりだ。サビーナ」


 リックバルドの問いに、サビーナは黙った。以前同じ問いをセヴェリにされた時には『旅に出る』と嘘を吐いたが、リックバルド相手にそう言っても信用しないだろう。

 どうしようかと真剣に考えていると、リックバルドが声を発した。


「サビーナ。あいつを待っていろ」

「……あいつ?」


 一瞬、誰のことだかわからずに首を傾げると、リックバルドの目が強く光る。


「あいつが牢獄に閉じ込められてから、一度会いに行った。……お前に、会いたがっていた」


 牢獄。あいつ。

 その言葉を聞いて、サビーナは思わず胸に手をやる。

 止まらずに正しく時を刻む懐中時計。チクの木が揺れるようにサビーナの心はザアザアと騒ぐ。


「デニス、さん……っ」


 会いたい。

 誰よりも、デニスに。

 一目、顔を見たい。


「あいつに、どうにかしてお前の居所を知らせてやろうか」


 しかしリックバルドの問いに、サビーナは現実に引き戻される。


「それはやめて……どこからどう漏れて、追手が掛かるかわからないから……」

「そう、だな……」


 サビーナはデニスへの想いを断ち切るように言い切った。

 デニスを巻き込んではいけない。

 罪さえ償えば、彼は自由の身なのだ。なのに一級殺人犯の元に来るようなことがあってはならない。

 デニスはアンゼルードで幸せに暮らしていてほしい。自分のことなど、忘れて。


「なにか俺に出できることはあるか?」

「ううん、大丈夫。ありがとう」

「セヴェリ様を……頼むぞ」

「うん、任せて」


 そう言うと、リックバルドは座ったままのサビーナをグッと抱擁してくれた。

 これが今生の別れとなってしまうのだろうか。

 どこかの土地で暮らしていくであろうリックバルドと、会える機会はそうそうあるまい。

 サビーナはすうっと息を吸い込んだ。幼き頃から慣れ親しんだこの男の香りを忘れぬように。


「元気でね、リック……」

「お前もな、サビーナ」


  なんとも言えぬ寂寥感がサビーナを襲う。

 鬱陶しくて面倒臭くて横暴な兄であったが、もう会えないかもしれないと思うと、寂しさで心が潰されそうだ。


「落ち着く先が決まったら、手紙を出す。泣くな」

「……うん」


 いつの間にか溢れ出ていた涙をグイッと拭われ、サビーナはコクンと頷いた。


「リック、レイスリーフェ様……お幸せに」

「ありがとうサビーナ」

「ありがとう、サビーナさん」


 そんな二人の声を背に、サビーナは宿屋を出た。すでに闇夜に囲まれた森の中を、走らせて帰る気は起きない。

 明日は仕事だったことを思い出して、サビーナはそのまま寮に戻ってベッドに着いた。


 二人を祝福してしまったことがセヴェリへの裏切りに思えて、自責の念に駆られる。


「ごめんなさい、セヴェリ様……」


 ベッドの中に入るも、何度もそう呟いて眠れない夜を過ごした。

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