元勇者1.きみの死は終わりではない
それはアレスに死刑が言い渡されてから、一ヵ月後のこと。
「オレは終わらねえぞ……こんなところで……!」
ほとんど光の差し込まない独房の中でうずくまりながらも、アレスは目をギラつかせていた。
「勇者だ……オレは勇者なんだ。処刑なんて嘘だ。殺せるわけねえ……!」
怒りと憎しみで気が狂いそうになりながらも、自分に必死に言い聞かせる。
これは現実じゃなくて、悪夢だと。
「どうして、どうしてだ? なんで全部が全部、オレの思い通りになる世界じゃないんだ?」
アレスは夢想する。
他人は自分が踏みつけにし、礼賛されるためだけに存在しているのに……と。
なのに、なのに。
この仕打ちはいったい、なんなんだ――!?
「助かり……たいですか…………?」
突然だった。
かすれた生気のない声が、地下牢に響く。
自分以外の声に、寝転がっていたアレスがガバッと頭を上げる。
鉄格子の向こう側に、闇の中にたゆたう人影がいた。
頭部には角らしきものが二本生えており、かろうじて目であるとわかる光がふたつ、不気味に瞬いている。
「お、お前、なんだ!? まさかシーチャの奴の変装なのか……!?」
アレスが咄嗟に立ち上がって、壁際まで下がる。
「やらねえぞ! 俺の《勇者の資質》だけは!」
レアスキル《勇者の資質》はとっくにスリ取られているというのに、彼の中では未だに自分が勇者だった。
「ンフフ…………わたしは『カースデーモン』…………と……そう呼ばれています……ンフフフフ……」
“願望角”カースデーモン。
唯一種モンスターの第三柱であると、影は名乗った。
「カース、なんだって?」
しかし、アレスはカースデーモンの名を聞いたことがない。
そもそもアレスはモンスターどころか人名すらも覚えないのだ。
逆恨みして初めてスラッドたちの名前を覚える程度には、他人に興味がないのがアレスである。
「きみの発する呪いが……あまりにも……こう……ンフフ…………なんていうんでしょうかね……『ステキだった』ので……来ちゃいました…………」
カースデーモンが、どこかうっとりした不安をかきたてるような声でアレスに語り掛けてくる。
「ステキ……オレのことか? ハッ、まだわかる奴にはわかるんだな」
アレスはいつもどおり、都合のいいように解釈した。
「で、助かりたいかって? そりゃ助かりたいさ! オレは死にたくない」
「ンフフフ……そうですか……ンフフフフフフフ…………じゃあ……このまま助けてあげてもいいんですが…………」
さすがのアレスもカースデーモンがモンスターであることはわかる。
怪しいことこの上ないし、助けてくれると言っても見返りに何を要求されるか。
それでも、もし。
命が助かるのであれば。
縋れるのであれば。
魂だって売り渡してやると、アレスは決意していた。
だが、しかし。
「でも駄目です」
「なっ!」
カースデーモンの無情な一言に、アレスは思わず声をうわずらせてしまった。
自分で考えている以上に助命を期待していたことを思い知らされる。
「ああ……イイ……ですねえ……! その希望が断ち切られた……瞬間の……絶望の表情……すごく……イイです…………」
カースデーモンを名乗る影はブルブルと体を震わせている。
アレスにはわからなかったが、カースデーモンは絶頂していた。
「きみは一度……死んだほうがいい……そのほうが……きっとおもしろいことに……なる…………ンフフフフフフフ……!」
「ど、どういうことだよそれはぁ!」
あまりに理不尽な物言いに唾を飛ばすアレス。
しかし、カースデーモンは不規則にカタカタと体を震わせながら笑っているだけだ。
「大丈夫…………アレスくん……きみの死は終わりではない………むしろ真の地獄の入り口………いつも……見てますからね…………ンフフ……ンフフフフフ……!!」
そして唐突に消えてしまった。
文字通り、影も形もなくなっている。
「おい……おい! 結局何だったんだよチクショオオオオオッ!!」
アレスの叫び声が地下牢にむなしく木霊した。
◇ ◇ ◇
アレスが処刑場に連れていかれたのは、わずか数日後。
まず、彼は去勢されて苦痛にのたうちまわった。
そして処刑人の大斧に首を落とされる瞬間まで、自分の無罪を叫び続けていたという。
こうして、人間としてのアレスは生涯を終えたのだが。
カースデーモンの予言した真の地獄は、まだ始まってすらいなかった。
これがスラッドたちがオーク退治に旅立つ一ヵ月前のことである……。