物語序章 第一版 73章
南方艦隊は、新南島を離れてさらに南西へと進路を取った。
赤道を越え、しばらく荒波に揺られたのち、やがて水平線の向こうに見えてきたのは、
どこまでも平らな大地――**南大陸**であった。
大陸を沿岸部をどんどんと南下していく、
「陸影、確認! あれが目的地、シドニー沖です!」
見張りの報告に、艦橋の中がざわめいた。
白い波が砕け、海鳥が旋回し、風の匂いは土と草を運んでくる。
艦隊司令官は望遠鏡を下ろし、低く呟いた。
「……ついに来たか。ここが、南半球最大の未開の地だ。」
上陸はまずシドニー湾において行われた。
ディーゼル艦の音を低く響かせながら、港予定地近くの入江に船団が錨を下ろす。
荷揚げ部隊が動き出し、トラックと建設機械が甲板から降ろされた。
ブルドーザーが砂を押し固め、ショベルが地を掘る。
海岸線に沿って鉄杭が打ち込まれ、最初の港湾施設の枠組みが現れる。
現場の監督が叫んだ。
「こっちは滑走路予定地! あとで整地を頼む!」
「了解! 機材はブリスベン行きの船に分けてある!」
南大陸の開発は、四箇所――シドニー、ブリスベン、メルボルン、パースで同時に始動した。
各地にはそれぞれ拠点を置く分隊が派遣され、通信装置によって常時連絡を取る。
まず最初に取り掛かったのは港湾施設の建設だった。
平らな海岸線は港づくりに適しており、
クレーンと鋼鉄の支柱が次々と組まれていく。
護岸が完成すると、続いて鉄道の敷設が始まる。
日本から持ち込まれた鉄道建設車両がうなりを上げ、
レールを一直線に延ばしてゆく。
「ここはまるで北海道を広くしたようだな」
技師の一人が笑いながら言った。
「雨も少ないし、土は硬い。建設が早いぞ」
それは日本本土では考えられぬほどの広大さだった。
港から伸びる鉄道の終点には、やがて内陸への進出拠点が築かれた。
燃料ドラムを積んだトラックが砂塵を巻き上げながら走る。
「この先に鉱脈があるかもしれん、地質調査を急げ!」
調査隊が地面を掘り、試料を採取する。
やがて、報告が上がる。
「司令! 鉄鉱石を確認!」
「さらに北西の丘陵地帯では、石炭の層が!」
「ボーキサイトも見つかりました!」
司令部は沸いた。
それはまさに、南大陸の底に眠る無尽蔵の資源が目覚めた瞬間だった。
一方で、調査の最中に彼らはアボリジニと呼ばれる先住の民と出会う。
槍を手にした男たちが距離を取り、じっと見つめてくる。
若い通訳官が両手を挙げ、静かに歩み寄った。
「我らはこの地を奪いには来ていない。共に生きる道を探しに来たのだ。」
長老はしばらく沈黙したあと、静かにうなずく。
「……争いはいらぬ。お前たちがこの地を大切にするのなら、我らもそれを見守ろう。」
こうして、南大陸での日本人と先住民の最初の協定が結ばれた。
開拓は共存の理念のもとに進められる。
鉱山予定地では早速、重機と発電機が稼働を始めた。
露天掘り鉱山の開発が進み、鉄鉱石、石炭、ボーキサイトが次々と採掘される。
港まで延びる鉄道は夜を徹して伸び、やがて貨物列車が走り始めた。
「初号車、出発します!」
石炭を満載した貨車がゆっくりと動き出す。
その車体には「南大陸資源輸送線 一番列車」と記された。
のちにこの路線はさらに拡張され、
大陸を横断する巨大な鉱物運搬鉄道として整備されることになる。
夕暮れ、港のクレーンがゆっくりと回り、
荷を積んだ貨物船のディーゼル音が響く。
遠くの地平線では赤く燃える太陽が大地を照らしていた。
日本国の旗がゆっくりと風にはためく。
その下で、人々は新たな大地に根を下ろし、
静かに、しかし確実に未来を築き始めていた。
南大陸の港湾群が完成に近づくと同時に、日本国の南方開発は新たな段階へと進みつつあった。
海沿いに並ぶ大型クレーンが空にそびえ、鋼鉄の桁橋が光を反射している。
そこに、次々とディーゼル貨車が鉄鉱石と石炭を積み込み、列を成して港へと続いていた。
港湾の中央区画には、ひときわ巨大な煙突が立ち上がる。
それは、この地に建設された南大陸初の石炭火力発電所であった。
輸送列車が到着するたびに、コンベアが動き、黒い石炭が次々と炉へと運び込まれる。
「点火準備、完了!」
「ボイラー圧、上昇中!」
低い唸りとともに炉が赤々と燃え始め、
しばらくして発電機のタービンが回転を始めた。
白い蒸気が立ちのぼり、制御室では技師たちが計器を睨む。
「出力安定。送電開始!」
その瞬間、港の外灯が一斉に灯り、夜の海が白く照らされた。
南半球の大地に、初めて人工の光が連続して灯った夜だった。
港湾の奥には、さらに二つの巨大な建造物が立ち上がる。
ひとつは鉄鉱石を粗鉄に変えるための溶鉱炉であり、
もうひとつはボーキサイトを精錬してアルミニウムを得るための電解工場だった。
昼夜を問わず、鉄鉱石を積んだトラックが並び、クレーンが鉱石を投入する。
「温度維持! 送風機最大!」
高熱が立ち上がり、溶けた鉄がオレンジ色の流れとなって流れ落ちる。
それを見て、ひとりの作業監督が静かに呟いた。
「……この大地の中にも、ようやく鉄の血が通い始めたな。」
一方、電解工場では絶縁服に身を包んだ作業員たちが、
巨大な電解槽の前で手順を確認している。
石炭火力発電所から送られた電力が流れ、
赤土色のボーキサイトが白銀の金属――アルミニウムへと変わっていく。
溶けたアルミは鋳型に注がれ、やがて冷え固まり、
輝くインゴットとしてラインの上を運ばれていく。
港の倉庫群は次々と拡張されていった。
一つは石炭専用、もう一つは粗鉄、さらにもう一つはアルミニウム。
全ての倉庫には番号が振られ、在庫量が日々記録されていく。
やがて、夜明け前の港で汽笛が鳴る。
波止場に停泊しているのは、日本から派遣されたばら積み貨物船だった。
ディーゼルエンジンの重い振動が伝わり、
港のクレーンが一斉に動き出す。
粗鉄の塊が吊り上げられ、船倉に吸い込まれていく。
「輸送航路、確認完了!」
「目的地:日本本土、九州北部・八幡港!」
積み込みが終わると、港長が手を振り上げた。
「南大陸からの初輸送、出航せよ!」
汽笛が低く響き、船はゆっくりと岸を離れる。
その後ろ姿を見送りながら、若い作業員が呟いた。
「この船に乗ってるのは、俺たちの汗と希望の結晶だな……。」
船団は波を越え、雲を割って進む。
やがて日本本土へと到達し、
南大陸で採掘・精錬された資源が新たな産業の血液として日本へ流れ込むことになる。
南大陸の港では、次の貨物船が入港を待っていた。
そして港湾の灯は、今日も夜通し消えることがなかった。
それは人々が夢見た、世界へ繋がる日本国の新しい海の門だった。
南大陸の各地で鉱山が稼働を始めると、人々の暮らしもまたその地に根を下ろし始めた。
採掘現場からは連日、鉄鉱石や石炭を積んだトラックが列をなし、
赤土の大地を震わせながら港へと向かっていた。
鉱山都市は、最初は作業員の仮設住宅から始まった。
だが、次第に電力線が引かれ、水道が通り、
街灯が並び始めると、やがて本格的な街の形を成していく。
木造の宿舎はやがて簡易なコンクリート造りの建物へと変わり、
中央通りには商店や診療所、郵便局が立ち並んだ。
ある夜、発電所の灯りが街全体を照らすと、
子供たちは歓声を上げ、作業を終えた男たちは酒場で杯を交わした。
「おい、これが“南の町”の夜か。まるで東京みたいじゃねえか。」
「まさかこの赤土の地で、冷たい酒が飲めるようになるとはな。」
笑い声が混ざるその裏で、通信局の無線塔からは
“八幡港 貨物船入港予定 次便四日後”
という信号が打たれていた。
鉱山の周囲には整然とした鉄道網が伸びていく。
レールは全て港湾へと続き、途中には給水塔や燃料補給所、
列車整備を行うための検査区画が設けられた。
機関士たちは、早朝の冷気の中でディーゼル機関の始動を繰り返し、
煙を上げながら列車を出発させる。
「出発、確認! プルード・ライン、全線通電!」
無線の報告が響くと、鉄の巨体がゆっくりと動き始めた。
街の外れには医療区画も設けられた。
採掘現場での怪我や塵肺の予防のため、
国立病院の派遣医と看護師が常駐している。
簡易な診療所ではあったが、
清潔な白いタイル張りの床と整った医療器具が並び、
「本土の病院と遜色ない」と噂されるほどだった。
そして人々の暮らしを支えたのは、街の中央にそびえる給水塔だった。
鉱山周辺は乾燥しており、飲み水の確保が重要だったため、
発電所の復水器で作られた蒸留水がパイプを通じて街全体に供給された。
夜になれば、給水塔の上に取り付けられた日本国旗がライトに照らされ、
遠くの採掘現場からも見えるように輝いていた。
やがて、鉱山都市はひとつの独立した産業都市として成長を遂げる。
鉄道は港へ、港は本土へ、そして本土は再び世界へと繋がっていく。
その結び目に生きる人々は、疲労の中にも確かな誇りを抱いていた。
彼らの手で掘り出された鉄とアルミニウムこそが、
これからの日本国を支える“礎”になることを、誰もが理解していたのだ。
港湾から立ち上る煙が、
南大陸の空に真っ直ぐ伸びていく――。
それは人類が新たな大地に根を下ろした証だった。