第一章31 『ファフナ大樹』
どれくらい歩いたろうか。
しばらく進むと、山が見えた。
「これが、《ファーブニル連山》か」
ぽつりと俺はつぶやいた。
広がり方としては、横に連なった形で、ここからまっすぐ向こう側へは、峠を一つか二つ越えれば行けるだろう。
「開くん、どうしたの?」
と、逸美ちゃんが振り返る。
俺は止めてしまっていた足を動かしみんなの元へ行く。
「いや、いい山だなって思ってさ」
「ですよね。昔パパに連れて行ってもらった、ノルウェーやデンマーク、スウェーデンなど、北欧の山を思い出します」
と、鈴ちゃんはうなずく。
鈴ちゃんは日本人とイギリス人のクオーターだから、ヨーロッパには何度か行ったことあるらしいし、世界観としても、そっちの山々のイメージのほうが作品には合うよな。
先頭にいる凪は言った。
「さあ、相棒。行くぜ」
この《ファーブニル連山》を越えると次の街がある。
山道では、モンスターとエンカウントした。
見たことないモンスターだ。
名前は、カギヤンマ。
オニヤンマのようなフォルムで、尻尾の部分が鍵状になっている。サイズは五十センチくらいだろうか。このモンスターは、これまでの可愛らしいデザインと異なり、目つきも鋭くカッコイイ。動物とか昆虫も好きだった俺にとっては、こういうモンスターが登場するのはわくわくする。
「開くん、トンボだね」
と、逸美ちゃんは嬉しそうに言った。逸美ちゃん自身がトンボ好きなわけじゃなく、俺がこういうのを小さい頃から好きだって知ってるからわざわざ言っているのである。
「うん。倒すよりゲットしたいよ」
「確かに。あいつはカッコイイぞ。それにきっと強い」
同じくそんな少年心がわかる凪がうなずく。
ただしここも、ゴールドのためにもカギヤンマを倒してアイテムをドロップする。
また。
他にも、山ということで、蝶々のモンスターも出てきた。
鈴ちゃんは目を輝かせて手を合わせる。
「先輩、綺麗ですね!」
「ありがとう。柳屋凪、こう見えてお肌のお手入れしたことありません」
ズコッと鈴ちゃんがこけて、即つっこむ。
「違いますよ! 綺麗なのはモンスターですっ」
色鮮やかな黄色い蝶々、アゲハチョウに近い見た目だろうか。体長は六十センチほど。丸みのある身体で顔つきも可愛いが、羽が綺麗だ。
名前は、デンパピヨン。
電波、つまり電気魔法を使うモンスターだ。初めて魔法を使うモンスターに遭遇したけど、あまり強くはなく、電気魔法の鱗粉をくらってピリッとしたくらいだ。
このあとも、《ファーブニル連山》の自然を表現するようにカギヤンマやデンパピヨンがいたけど、山道にまでやって来ない限りはわざわざ倒しに行かず、ここでも登場するクルックモも倒しつつ、俺たちは山を登って行った。
途中、川があって、水浴びもした。
木の実や薬草などのアイテムを拾ったり、寄り道も楽しんだ。
そして。
さらに突き進んだ山の奥には、巨大な木があった。空高く伸びて、頂上は雲にまで届くほどの大木だ。
これが《ファフナ大樹》か。
凪は《ファフナ大樹》を見上げて、
「おそらく、この大木のてっぺんに《天空の剣》はあると思うんだ。《天空の剣》は空高くにあるって言ってる人もいたしね。でも、登るのは大変そうだぜ。諦めるのが吉じゃないかな」
「凪先輩は引き際が早いですね」
鈴ちゃんが凪の横に来て、《ファフナ大樹》を見上げて言った。
「効率の問題だよ。たぶん、体力や筋力系のステをカンストした人が地道に上るか空飛ぶじゅうたんみたいな特殊アイテムがないと不可能な設定さ。てことで、ちょっと休憩~」
と、凪は頭の後ろで手を組んでトコトコと《ファフナ大樹》の根元に歩いて行き、大木に背中を預けて座った。
ここで凪が言っていたカンストとは、カウンターストップまたはカウントストップの略で、数字のカウントが上限に達することを言う。
ゲームに詳しい人ならよく知っている言葉だ。
「これ、リンゴの木だったんですよね。だいぶ大きく育ったものですね」
ため息と共にそう言う鈴ちゃん。
「だね。この木の頂上から剣を引き抜くなんて、難行だよ」
ブドウとか別の木だったって説もあるみたいだけど、どの木にしろ、こんなに育つのは相当の時間がかかることだろう。
「開くん、リンゴの木から剣を引き抜くってことで思い出したんだけど、同じ条件の神話があったわよ」
「へえ。やっぱり設定として使いやすいんだね。どんな話?」
「《魔剣グラム》よ」
なんだって!?
《天空の剣》は、《魔剣グラム》だったのか。
逸美ちゃんの知識がないと見落とすところだった。
「ねえ、逸美ちゃん。グラムって、ドラゴンスレイヤーだったよね?」
「そうよ。北欧神話で、英雄ジークフリートがファフニールというドラゴンを倒した剣なの。たぶん、この山の名前もそこから来ているわ。《ファフナ大樹》のファフナーも英語や現代ドイツ語の読み方だし、《ファーブニル連山》のファーブニルはドイツ語の舞台発音っていう発音による読み方なの」
と、解説する逸美ちゃん。さすがは《知識の泉》と呼ばれる知識量を有するお姉さんだ。いっしょに旅しているとより冒険がおもしろくなる。
「ドイツの舞台とかで、ニーベルングの指輪ってなかったかい?」
これまた物知りな凪が問うた。
「ワーグナーの楽劇ね。ジークフリートと起源を同じくする英雄ジグルスの物語よ」
今度は鈴ちゃんが尋ねた。
「ええと、ドラゴンスレイヤーってなんですか?」
「ドラゴンを殺すことができる武器だよ」
凪が答えて、逸美ちゃんがこう補足する。
「あるいは竜を殺した英雄のことも指すわね」
「なるほど。そういうことですか」
俺は《ファフナ大樹》に手を置いて、
「つまり、この《天空の剣》がないと、《ドラゴンの涙》はゲットできないかもしれないってことだね。これまで誰もこの剣を手にした者がいないこと、《ドラゴンの涙》を入手した者がいないことから、そう推察される」
「そうですね」
と、鈴ちゃんはまじまじと《ファフナ大樹》を見上げた。
このゲーム、そういった神話的な知識などもないと、せっかくの裏設定も見逃してしまうことだってあるかもしれない。
どうやってこの剣を手に入れられるだろう、と《ファフナ大樹》の根元で考えていると――。
ゴールド稼ぎをしていたときに助けた白頭ワシ――アルタイルが、こちらに向かって飛んできた。
「…………!」
それも、別のモンスターから逃げるように。