黒い髑髏
至高の賢者が来てくれた。
安堵したのも束の間、アウララは彼が鷲掴みにしているモノを見てぎょっとする。
衣装のみならず顔立ちや体格までウプトとまったく同じにしか見えない男が、黒髪黒目の青年に頭を掴まれていたのだ。
「大丈夫。機能は停止しているよ」
妙な言い方にハッとする。
「ホムンクルス……?」
だが通常のそれは、素体として新鮮な亡骸を使う。
双子でもない限り、まったく同じ姿というのは理屈に合わなかった。
「ちなみに双子ではないよ。同じく三体目も確認しているからね」
となれば三つ子とも考えにくい。そんな素体を拾ってくるのは無理がある。
不意にアウララの頭に、とある言葉が浮かんだ。
「……複製個体?」
「へえ、未発表の研究論文にしか出てきていない造語なのに、よく知っているね」
びくりとアウララの肩が跳ねる。
恐る恐る見上げると、意外にも青年は悪戯っぽい――というか、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
「ぁ、あの……、貴方の論文のいくつかは、教会が回収した後に研究所にも回ってきていました。ホムンクルスに関する論文の中で、その量産化の可能性について触れた項で見た記憶があります」
「見られて困るモノではないけど、書き上げていない途中の論文を見られるのは気恥ずかしいな。君はどんな風に感じた? 感想を聞かせてもらえると嬉しいな」
「ぇ? ぁ、その、ホムンクルス自体が極めて技術的に難しいものなのに、クローンで量産化の可能性を考えるなんて、先を行き過ぎているなあ、と……」
「ああ、それは俺も思ったよ」
苦笑いする彼の物言いにかすかな違和感を覚えるも。
「おい、私を無視するんじゃあない」
冷たい声に、心臓をつかまれたような気分になった。
ウプトは注目が戻ったことに気をよくしたのか、薄く笑う。
「さしもの至高の賢者でも、クローンの実用化には至っていないようだな。どうかね? 先を越された気分は」
「お前、そればっかりだな。そもそも、そんなお粗末な出来で自慢げに言われてもな」
やれやれと肩を竦める様に、ウプトの表情が険しくなった。
「なんだと?」
「試作品どころか有り合わせの素材で慌てて拵えた急造品だろ、お前」
至高の賢者は不満を顕わにして続ける。
「まったくもって不愉快だ。〝僕〟の理論をこんな中途半端な形で実現するなんてな」
「貴様、私を愚弄するのか!」
ウプトが腕を振るう。いくつものテーブルナイフが飛び出した。
「愚弄? 呆れているんだよ、〝俺〟は」
彼の眼前に、六つの棒状水晶が展開した。それぞれが光の帯を広げ、迫りくるナイフを悉く弾き返す。
「魔力炉がないから動力は『本体』が供給しているんだろう? そのせいで三体しか制御できない。加えて魔力を与えるのに精いっぱいだから、個々の感覚共有も覚束ない」
「お、のれぇ!」
トランクから黒い霧が槍状に伸びていく。
弾が尽きたのか、ウプトは迎撃もままならずに体の各所を貫かれた。
だがその口の端が、わずかに持ちあがるのをアウララは見逃さなかった。
直感に従い振り向くと、
「危な――」
黒い影がすぐそこまで迫っていた。
「本当にわかりやすい奴だ」
しかし黒い影は至高の賢者にあと一歩のところで急停止する。
「バ、バカ、な……」
「三つすべてが停止して動けるようになったようだな。本体がさっきからこちらの隙を窺っていたのは筒抜けだったよ」
先ほど黒い霧に貫かれたウプトとまったく同じ姿の男だ。
こちらも黒霧の槍に貫かれ、虚空で磔になっていた。
至高の賢者が振り返る。
「なるほど、自身のクローンか。お前、もともと魔王から分身系の特殊能力を授けられていたな?」
魔王が滅して力を失ったものの、クローン技術との相性がよかったために採用したようだ。
「となると、クローンに関してはそれほど面白い話は聞けそうにないな。まあ、もともと俺の本命はこちらだが」
無防備に近寄り、ウプト本体の髪をつかんだ。
「魔族のお前が人とまったく変わらないその姿になった経緯を――ッ!?」
突如、至高の賢者がウプトから飛び退いた。いや――。
「ぇ……? きゃっ!?」
アウララに飛びかかってきたのだ。
何がなんだかわからないまま抱きかかえられ、瞬きする間に遠く運ばれた。その最中、疾風が横を通り過ぎた気がする。
「な、に……、アレ?」
吐き気が襲ってくる。それほど禍々しい魔力をまとった、奇妙な騎士がウプトを庇うように立っていた。
髑髏だ。
髑髏の頭。それを模した兜だろうか、首から下は黒く歪な形状の全身鎧に包まれている。
「なんのマネだ?」
自身を抱きかかえる青年が、冷たく問う。これまでの彼と同一人物とは思えないほど、凍った感情が吐き出されていると感じた。
「あっ! ……ぅぐ、ぅ」
よくよく見れば、骸骨騎士は手に剣を握っていた。こちらも刀身が黒く、さらに禍々しい魔力を醸していて、アウララは喉元までせり上がってきたものをなんとか飲みこんだ。
その剣が、ウプトの顔面を貫いていた――。