第三領域と先駆者『ファーストプレイヤー:イオ・アガリス』60
白狼?
あぁ、イオの事ね。
イオの話が聞きたいの?
だったら何か買って頂戴。
貴方もハンターよね、だったらそちらの棚にある塗り薬はオススメよ。
何せ大森林のエルフの手製だもの。
少し値は張るけれど、それが命を救う事だってあるんでしょ。
……あら、偽物じゃないのかって疑わないの?
えぇ、勿論それは本物だけれど、疑う人は多いわよ。
あぁ、何だ。
イオの事、少しは知ってるのね。
そうよ。
あの人の伝手で、アタシはエルフとの付き合いがあるの。
じゃあ折角信じて買ってくれたんだし、話してあげる。
イオの何が聞きたいの?
え、イオの事なら何でもって、変わった人ね。
そうね、じゃあまずアタシにとってのイオだけれど、あの人は保護者だったり、商売をするパートナーでもあったけれど、でも一番ふさわしい言葉は恩人よ。
アタシはイオに、返し切れない恩がある。
初めてイオに会った時、アタシは何もかもが終わる所だった。
そう、父さんが性質の悪い護衛を掴まされてね。
ううん、あの連中以外の護衛が都合のつかないように手配したのは他の商人だったから、父さんは商売上のトラブルを抱えてて、あんな風になったのは今にして思えば必然だったのかも知れないけれど。
でもその時のアタシには、それが降って湧いた災難にしか思えなくて全てを諦めた。
だってそうでしょう。
誰も来ない中継所で、父さんが殺されて、アタシは乱暴されそうになって、どうしようもなかったから。
せめて今すぐ父さんと一緒に殺してくれたら良いのに、なんて事を思いながら怯えてたの。
けれどその災難が本当は降って湧いたんじゃなくて仕組まれた物だったとしても、救いの手は間違いなく降って湧いた物だったわ。
何故なら、真夜中の中継所に、イオったらふらっと現れるんだもの。
強い、なんて物じゃなかったわよ。
ひょいと、薪割りよりも簡単にイオはならず者になった三人の護衛を刈ったわ。
戦った、なんて言葉が使えない位に本当に簡単にね。
怖かったんじゃないかですって?
怖かったに決まってるじゃない。
だって人を殺すのに、何の気負いも躊躇いもないのよ。
そんなのどう考えたって普通じゃないわ。
まぁ夜中に旅をしてる時点で普通じゃないんだけどね。
でもね。
それでもイオは、その後にアタシを助け起こして、父さんを一緒に弔ってくれたの。
そして本当にイオが普通じゃないって事を知るのは、その後だったわ。
ならず者に襲われた女を助けました。
めでたしめでたし、で終わるのが普通でしょ?
まぁ近くの町までは送ってくれるでしょうけれど、そこでお別れだわ。
どんなに親切でも、身の上話を聞いて同情して、幾らかお金をくれる位よね。
或いは助けたんだからお金を払えって言われる事もあるでしょうし、ならず者にとって代わるだけの場合だってあると思うわ。
なのにイオは、身の上話を聞いた後に少し考えて、
「店を買おう」
って急に言い出したの。
正直、全く意味がわからなかった。
父さんには申し訳ないけれど、父さんが死んだショックと悲しみも、一瞬忘れそうになったわよ。
けれど良く話を聞いたら、商人しか出来ないアタシが商人として生きて行く為には、店を構える事が必要だって結論に達したらしいわ。
だから店を買おうって。
本当に、今思い返してもおかしな話よ。
その日、偶然出会って助けただけのアタシの為に、店を買おうって決めるのよ?
そして懐から、物凄く高価そうな宝石を一杯取り出して、
「これを元手に金を稼ぐ。何をすれば良い?」
なんて風にアタシに聞くの。
いやそんなの知らないわよ。
そんな大金いきなり見せられたら怖いからやめてよ。
……って思うじゃない?
でもイオは、アタシは商人なんだから、元手があれば金を稼げるだろう。
馬車も父さんが遺した物がそこに在って、今は自分と言う護衛がここに居るからって。
そう言ったのよ。
さも当たり前そうにね。
そしたらイオに助けられて、更に助けようとされてるのに、怖気づいてるアタシが情けなく、悔しくなっちゃって。
そこまで言うならやってやる!
金を稼ぐって事を舐めるな!
って思っちゃったのよ。
それからイオと居る間はずーっと駆けっ放しだった。
小娘が分不相応な金を持って取引しようとしてると思って、吹っかけて来り嫌がらせしたり、或いは誰かを雇って襲ってきたりした連中も居たんだけれど、全部イオが叩きのめしたわ。
多分ね、イオの中では、最初から敵と味方が決まってるの。
アタシは味方だから労苦を厭わずに助ける。
味方のアタシに何かする奴は敵だから、怪我まではさせて良い敵、殺しても良い敵って風にね。
その範囲の中では、人を助ける事にも、暴力を振う事にも、イオには全く躊躇いがないの。
イオは商人には向いてないわよね。
商人は敵であっても、利益の為に利用しなきゃいけないから。
怖くなかったのかって?
えぇ、怖いわよ。
だってそうやってアタシをイオが無条件で助けるって事は、またアタシにもイオを無条件で助ける事を求められる訳じゃない。
勿論、今のアタシは無条件でイオを助けるけれど、そんな風に吹っ切れるには時間が必要だったわ。
だからイオに助けられたアタシを見て、イオを利用出来るんじゃないかって思う人には、やめた方が良いって忠告するわ。
……ごめん、しないわ。
イオを利用しようとする奴なんて、酷い目に合えば良いと思う。
っていうかアタシが酷い目に合わすわね。
あぁ、えっと、ごめんなさい。
話がずれたわ。
ダイオーロ商会とか、フォローの町の領主とか、色々とトラブルになった相手は居たけれど、全部イオが叩きのめしてね。
あぁ、さっき言ったっけ。
その後、北からある噂が流れて来たのよ。
白狼のイオ・アガリスってハンターが、エルフを助けてワルハリア帝国の将軍を二人も殺したって。
そのせいでワルハリア帝国は周囲の国に攻められて大きく国土を減らしたって噂が。
うん、アタシも凄く吃驚したけれど、納得もしたわ。
あぁ、イオならやりそうって。
そしたら誰も、アタシ達に手出ししようとはしなくなったの。
だって怖いもんね?
それからアタシとイオは、元手のお金を、多分十倍くらいに増やしたわ。
そりゃあ、大森林のエルフに伝手があったら、そんなの簡単よ。
イオはやたらとエルフに詳しいから、彼等の欲しがる物も知ってたし。
その条件なら、どんなにボンクラな商人でも、その程度の利益は出せて当たり前よね。
なのにイオはアタシの事を凄く褒めて、稼いだお金を山分けにしてくれたの。
それから誠実だって評判の領主が治めるこの町に来て、店を買ったわ。
でもその時にもイオは動いて、大森林のエルフと取引が出来る商人が、この町に住む事のメリットを領主に説いて、アタシの後援を頼んだのよ。
領主の信頼を得る為に、依頼を幾つか受けたりもしてね。
何時までもイオが傍に居れる訳じゃないから、アタシを守る後ろ盾は必要だって言って。
多分半年くらいかな。
アタシがイオと一緒に居たのは。
凄く色々あったから、あっと言う間にも思うし、ずっと一緒にいた様にも感じるけれど。
イオは結局、アタシが独りでやっていける準備が整った後、旅を再開するって西に行ったわ。
うん。
勿論寂しかったし、一緒に行きたかったわよ。
でも最後にね、イオにすごく怖い事を言われたの。
「何時かお金に困ったら、ジョエルに借りに来るから一杯稼いでおいて」
……って。
怖いわよね。
あのイオがお金に困るって、どんな金額が必要だったらそうなるのよ。
だからアタシは、付いて行きたいなんて言わずにこの町でお金を稼いでいるの。
えぇ、何時かイオが借りに来たら、どんな金額だって笑ってポンと出せる様にね。
あら、気を遣ってくれるのね。
嬉しいわ。
そうね。
だったら、エルフが造った果実酒なんていかが?
少し値は張るけれど、この町の領主も絶賛した逸品よ。
えっ、アナタもアガリスって言うの?
イオの関係者?
本当に?
妹さんがいるとは聞いたけれど、お兄さんがいるなんて聞いてないわよ。
でもそう言えば少し、……結構似てるわね。
うぅん。
一……、いえ、二割引きでどうかしら?