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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス― - 第百話 森影の合図
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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第百話 森影の合図


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ外縁/王国警備局・医療棟前・門外】


青白い残光が、地面の焦げ跡の上で、ふわりとほどけて消えていく。

さっきまでそこにいた二つの“脅威”

――サロゲートとレアの気配が、嘘みたいに薄い。


熱も、少し引いた。

息ができる。喉が焼ける痛みが、やっと“痛い”として分かる程度に戻る。


「……今の、なんだったんだ」

リオがマスクの奥で小さく吐いた。声の終わりが震えている。

怒りというより、理解できないものを見た時の震えだ。


アデルは剣先を下げないまま、門と森を交互に見た。

「消えた、とは限らない。戻ってくる前に――」


その言葉が途中で止まった。


門の外縁。森の影が、さっきより濃く揺れた。

枝が動いたわけじゃない。“影の中身”が、立ち上がったみたいに。


一人の男が、木々の間から姿を現す。


武装していない。ローブでも鎧でもない。

濃い色の上着に、肩から古いバッグ。

立ち方だけで「危ない場所を知っている人間」だと分かった。


ハレルの胸が、きゅっと縮む。

喉の奥に、名前になりかけた音が詰まった。


(……嘘だろ)


男の横顔が、炎の残り火に照らされる。

何度も見てきた横顔だ。

子どもの頃から――写真でも、背中でも。


「……父さん?」


声にした瞬間、足が一歩前に出ていた。

サキも、信じられない顔で息を呑む。


「お兄ちゃん……あの人……」


ハレルは呼び止めようとした。叫びたかった。

でも、声が続かない。現実じゃないみたいで、喉が動かない。


男は、こちらを“正面から”は見なかった。

視線を合わせないまま、ほんの少しだけ顎を上げる。

――合図みたいに。


そして、森へ向き直る。


「待てよ! 父さん!」

ハレルが今度こそ声を張る。


サキも一歩踏み出す。

「待って! 今の、なに――!」


男は振り返らない。

代わりに、指先だけが小さく動いた。空気をなぞる、短い動き。


次の瞬間――

森の影が濃くなり、男の輪郭が“木の影に重なる”みたいに薄くなる。

逃げた、というより、「最初からそこにいなかった」みたいな消え方だった。


「……っ!」


ハレルが走り出そうとした、その時。


サキのスマホが、短く震えた。

画面が勝手に点き、白い文字が浮かぶ。


《見ないで追うな》

《入口を越えろ》

《医療棟の中で、コアを“戻す”ことだけ考えろ》

《――後は、こっちで片をつける》


サキはその文字を見たまま、震える声で言った。

「……今の、メッセージ……」


ハレルの視界が一瞬ぐらつく。

胸元の主鍵が、嫌なほど静かに熱い。

まるで「知っている」と言っているみたいに。


アデルが、ハレルの横に立つ。近づきすぎない距離で。

「今の男……知っているのか」


「……俺の、父です」

言い切った瞬間、自分でも現実味がなくて笑いそうになった。笑えない。


リオが、森を見たまま言う。

「い……今のが、本当か!?」


ハレルは答えられない。

でも、今の消え方は“普通じゃない”。

父が普通じゃないことを、今さら認めるみたいで怖い。


イヤーカフから、ノノの声が入る。いつもの速さ。必要な情報だけ。

『今の干渉、ログが残ってない。残せない形でやってる』

一拍置いて、少しだけ声が低くなる。

『……でも、敵の座標じゃない。たぶん、味方側の“手”』


アデルが小さく息を吐いた。

「なら、今は進む。ここで止まるほうが危険だ」


ハレルは、サキの手を握り直した。

サキは頷く。でも目が揺れている。

父の背中を追いたいのに、追えない目だ。


「……行くぞ、サキ」

「……うん。怖いけど……行く」


二人の足が、門へ向く。


◆ ◆ ◆


【異世界・王国警備局/医療棟・門内】


門をくぐった瞬間、空気が変わった。

外の森の匂いが薄れ、代わりに、薬草と消毒の匂いが鼻に刺さる。


石造りの壁。白い布。水の音。

医療棟の中は静かなはずなのに、今は静かすぎて逆に怖い。

廊下の奥から、誰かの泣き声が小さく漏れている。


「入っていいの……?」

サキが小声で呟く。


「入る」

ハレルは短く言った。言葉を伸ばすと、心が折れそうだった。


リオとアデル、隊員二人が前後につく。

隊員の一人が周囲を見回しながら、低く言う。

「動くものがいたら、すぐ知らせます」


アデルは頷く。

「無理はしない。ここは“戻す”場所だ」


ハレルはバッグを抱え直した。

ユナのコアが中にある。重さは変わらないのに、今日はやけに重い。

父のメッセージが、胸の内側でずっと鳴っている。


(入口を越えろ)

(医療棟の中で、戻すことだけ考えろ)


でも、頭の片隅で、どうしても消えない。

森の影から現れた父の姿。

呼び止めても振り返らなかった背中。

そして――「後はこっちで片をつける」という一文。


サキがスマホを握りしめたまま、ハレルの袖を掴む。

「……お兄ちゃん。今の人、本当に……」


「……あとで考える」

ハレルは自分に言い聞かせるみたいに言った。

「今はユナだ。戻す」


廊下の突き当たりに、厚い扉が見えた。

扉の前に、医療班の兵が二人立っている。顔が青い。


「……外縁が騒がしい。何が起きてる」

兵の一人が言いかけて、ハレルの胸元の主鍵と、バッグを見て言葉を飲んだ。


アデルが短く説明する。

「コアを戻しに来た。通して」


兵は迷い、でも頷いた。

「……中は安静区画です。騒がないでください」


扉が開く。

白い布のカーテンが揺れ、柔らかい灯りが漏れた。


ハレルの心臓が、嫌なほど大きく鳴る。

サキが息を止めるのが分かる。


「……行くぞ」


動揺は消えないまま。

それでも、足は止めなかった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/森・中心部/石造建物・内部】


石の壁が、冷たかった。

湿った匂い。苔と、古い灰。

懐中ライトの円が揺れるたび、

壁に刻まれた傷みたいな溝が浮かび上がっては消える。


奥で――コツ、と音がした。

人の足音じゃない。爪が石を叩く音。


全員が止まる。銃口が上がる。

城ヶ峰は小さく指を立てる。黙れ、という合図。


暗闇の奥で、何かが動いた。


黒い塊が、ライトの端を横切る。

次の瞬間、唸り声が空気を裂いた。


「グルルル……!」


狼――に見える。だが、サイズが違う。

肩が人の頭より高い。背中が丸太みたいに太い。

口を開けると、犬歯がナイフみたいに白い。


「……来るぞ」


城ヶ峰の声が落ちた瞬間、獣が跳んだ。

石床を蹴り、影が一直線に迫る。


「撃て!」


乾いた銃声が連続する。

火花が散り、石の欠片が飛ぶ。

獣の体が跳ね、壁に爪を立てて踏ん張った。


倒れない。

その目だけが、ライトを見ても怯まない。


木崎が息を呑む。カメラを構えたまま、喉が鳴った。

「……マジで、ここ“現実”だよな」


獣は唸り、横へ跳んだ。

暗がりに溶けるように姿を消す。


「……逃げた、のか」

隊員の声が震える。


城ヶ峰は首を横に振った。

「逃げたんじゃない。――“様子見”だ」


石造建物の内部は、音が妙に反響する。

どこからでも来られる。どこへでも消えられる。

ここで長居は危険だ。


「進む」

城ヶ峰は短く言って、先へ手を振った。


その背後で、日下部がノートパソコンを抱え直す。

病衣のまま、息が白い。


「……今、揺れた」

日下部が小さく呟く。


「何がだ」

城ヶ峰が視線だけで返す。


日下部は画面を見せた。

黒い背景に、見慣れない波形と数字が走っている。

座標みたいな値が、ぐにゃりと折れて――戻る。

何かが“瞬間だけ”別の場所と重なったみたいに。


「説明できないけど……」

日下部は唇を噛んだ。

「さっきより、近い。ここ、中心に行くほど――“引っ張り”が強い」


木崎がライトを振る。

石壁の溝が、ただの傷じゃないと気づく。

焼け跡みたいに黒く、ところどころ、文字にも紋にも見える。


「これ……落書きじゃねえな」

木崎が言いかけた、その時。


空気が、ひゅっと薄くなった。


懐中ライトの光が、一瞬だけ青白く見えた。

埃の粒が、光の中で“文字”みたいに並ぶ。

読めない。けど、規則だけはある。

プログラムの羅列みたいな、冷たい並び。


「……今の、見たか」

隊員のひとりが声を落とす。


城ヶ峰は即座に言う。

「見た。――気にするな。今は足を止めるな」


日下部の画面でも、同じ瞬間に波形が跳ねた。

まるで、遠くで何かが“実行された”みたいに。


木崎は反射でシャッターを切った。

カシャ、という音が遅れて耳に届く。

その“遅れ”が、嫌だった。


(……向こうで何かが起きた)

(同じ瞬間に、こっちにも影が落ちた)


一行はさらに奥へ進む。

石の廊下が、階段に変わる。下へ、下へ。


その途中、木崎はふと、背後を見た。

入口のほう――ライトの届かない暗がりに、誰かの輪郭が立った気がした。

男の影。

コートみたいなもの。

でも次の瞬間には、ただの闇に戻っていた。


「……今、誰か――」

木崎が言いかける。


城ヶ峰が被せるように言った。

「今は前だ。撮れ。記録しろ」


木崎は黙って頷き、カメラを握り直す。

日下部はノートパソコンを胸に抱え、目だけで暗闇を睨んでいる。

特殊部隊員が、結局日下部の横を離れない。


石の階段の先で、また――コツ、と音がした。

今度は一回じゃない。二回、三回。

爪が石を叩く音が、近づいている。


城ヶ峰が小さく手を上げた。

全員が止まり、銃口が上がる。


「……来る」


闇の奥で、何かが息をした。

森の匂いが、建物の中まで入り込んでくる。


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