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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス― - 第百一話 青の帰還
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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第百一話 青の帰還


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


扉が閉まる音が、やけに静かだった。

森の唸りも、叫び声も、いったん遠ざかる。

代わりに鼻を刺す薬品の匂いと、器具の金属の光だけが残った。


ベッドの上に、ユナがいる。


変わらない。

髪の流れも、頬の線も、眠りの影も。

「そのまま」なのに――そこだけが、世界から切り取られたみたいに動かない。


リオは、ベッド脇に立ったまま、息を吐くのも忘れていた。

マスクの下で喉が鳴る。けれど言葉にならない。


ハレルはバッグの口を開けた。

中から取り出したのは、青く光るカプセル――ユナの意識コア。


青。

冷たい青じゃない。深い青だ。

海の底みたいに、静かに強い。


「……リオ」


ハレルが、いったんカプセルを差し出す。

「戻す前に、一回……持ってくれ」


リオは一瞬だけ迷って、それから両手で受け取った。

指先が触れた瞬間――


「……っ」


青が、跳ねた。


カプセルの中の光が、一段明るくなる。

青白い熱が、ガラスの内側から“押してくる”みたいに盛り上がった。

まるで心臓がもう一つ、リオの掌の中で脈を打ち始めたみたいに。


熱い。

火傷する熱じゃないのに、体の奥がぞくりとする熱。


「なんだ、これ……」


リオの腕輪――副鍵が、じわりと光った。

金属が熱を持ち、皮膚の下まで震えが伝わる。


イヤーカフから、ノノの声が飛ぶ。

『……反応、上がった。持ち主の近くに来ると、青が“帰り道”を太くするみたい』

少し間が空く。息を整えるような間。

『リオ、それ……熱い? 無理しないで。落としたら戻すの大変』


「大丈夫」

リオは短く返した。けれど声が少し震えている。


アデルも、ユナの顔を見たまま小さく言う。

「……姉に、呼ばれてる」


サキはベッドの反対側に立ち、ユナの手にそっと触れた。

怖いのに、逃げない。

その指が震えているのを、本人だけが気づかないふりをしている。


「……ユナさん、ほんとに……ここにいる」


ハレルは主観測鍵を握りしめる。

熱い。いつもより、ずっと。

胸元の鍵が、呼吸みたいに脈を打った。


「行く」

ハレルが言う。

リオは、カプセルを見下ろして――頷いた。



二人は並んで、カプセルを支えた。

片方の手だけじゃない。落とさないためじゃない。

“戻す”っていうのは、たぶん――一人でやることじゃない。


リオの掌の熱と、ハレルの指の熱が重なる。

その重なりに反応するみたいに、青白い光がさらに強くなる。


サキのスマホが、掌の中で震えた。

勝手に画面が点き、短い文字が浮かぶ。


《準備》

《接続》

《――手を離さないで》


「……来た」

サキが言って、すぐにその画面をハレルへ見せた。

「これ、たぶん……今」


アデルの腕輪――副鍵も、淡く光った。

リオの腕輪と同じ種類の震えが、空気に波を作る。

目には見えないはずなのに、病室の影がわずかに揺れて見えた。


隊員二人が、扉と窓際で息を殺す。

守る。ここは今、戦場じゃない。

でも“戻す途中”は、誰にも邪魔させられない。


ノノの声。

『主鍵と副鍵、全部反応してる。サキの端末も“固定”に入った』

『……派手に来ると思う。心臓がびっくりするくらい。

 でも、怖がらないで。青は帰りたがってる』


「……分かった」


ハレルとリオは、ユナの胸元へカプセルを近づける。

胸骨の上。心臓のあたり。

そこに、薄い紋が浮かんだ。普段は見えない“受け口”だ。


青白い光が、紋の輪郭をなぞって、線を太くする。

まるで「ここだ」と指差すみたいに。


「ユナ……戻るぞ」


リオが言った。

今度は、ちゃんと声になった。


ハレルが、息を吸う。

主鍵が一拍、強く脈打つ。


リオが確かな声で静かに

「〈接続・第一級〉――『帰り道を開け』」


言葉にした瞬間、主鍵の熱が胸の奥から外へ抜けた。

熱が光に変わって、ハレルの指先へ集まる。


リオの腕輪が同じタイミングで震え、青白い線が腕輪から掌へ走る。

アデルの腕輪も応えるように淡い光を出し、病室の床に薄い膜が広がった。


「〈護持・第一級〉――“揺れを落とす”」


アデルの声は低く、静かだ。

派手な叫びじゃない。けれどその一言で、病室の空気が少しだけ“重く”なる。

揺れないように。逃げないように。固定するための重さ。


サキのスマホが、短く鳴る。

ピッ、という軽い音。

でもその軽さが逆に怖い。


画面に、文字が流れた。青白い文字列。

短いプログラムの行が、滝みたいに走っていく。


《SYNC》

《LOCK》

《PATH:OPEN》


「……すご……」


サキが呟いた瞬間、青が――流れ始めた。


カプセルの中の青白い光が、細い川みたいにユナの胸へ吸い込まれていく。

一気じゃない。ゆっくり。

でも止められない速さで、確実に。


医療機器が、ピッ、ピッ、と反応する。

心拍の波形が、一拍だけ乱れて、すぐに整う。

整う。その“整い方”が、眠りの波形じゃない。


ユナの指先が、ほんの少しだけ動いた。

ピクリ、ではなく――握ろうとする動き。


リオの喉が震える。

「……っ」


ハレルは歯を食いしばる。

今、手を離したら終わる。

青が途中で迷ったら、戻らないかもしれない。


サキはユナの腕に両手を添え、震える声で言う。

「……大丈夫、だよね。ちゃんと戻るよね」


アデルが、ユナの肩に掌を置いたまま頷く。

「戻る。――今、戻ってる」


ノノの声が、少しだけ早くなる。

『入ってる……入ってる。今、青の脈が器の脈に重なった』

『でも……まだ途中。ここから一回、揺れが来るかもしれない。

 ――来たら、私が数値で支える。みんな、離さないで』


青白い光が、いよいよ強くなる。

熱が、病室の空気を押す。

カプセルの光は薄くなっていくのに、ユナの体の内側が青く“灯っていく”。


その灯りが、胸から喉へ、頬へ――じわりと広がる。


そして――


病室の影が、一拍だけ消えかけた。

白ではない。青白い“発光”で、世界の輪郭が薄くなる。


ハレルの主鍵が、限界みたいに熱くなる。

リオの腕輪が、掌の骨まで響くほど震える。

アデルの腕輪が、床の膜をさらに厚くする。

サキのスマホが、警告みたいに短く震え続ける。


青の流れが、ユナの胸の奥へ――まだ、半分。

まだ、終わらない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】


「……来る」


城ヶ峰の声が落ちた瞬間、暗闇の奥で、コツ、と音がした。

人の足音だ。

だけど、妙に軽い。

石の床を踏むはずなのに、湿った膜の上を歩くみたいに“音が薄い”。


ライトが一斉に走り、埃が舞う。


現れたのは――男だった。


シルエットだけ見れば、サラリーマンみたいだ。

ジャケットの形。肩幅。ズボンの線。

ただし、全身が黒い影で覆われている。


影は、ただの黒じゃない。

よく見ると、端々に青白い“文字列”が走っている。

デジタルのプログラムみたいな細い文字が、

絡まり、重なり、分厚い影の膜になって男の体を覆っている。


足元だけ、靴が見えた。

革靴のつま先。

そこだけが“現実”みたいに、妙に具体的だ。


男が、普通の口調で言った。


「こんばんは。……ここ、寒いですね」


木崎の背中が粟立つ。

「……は?」


城ヶ峰は銃口を上げたまま、言葉を削る。

「止まれ」


男は止まらない。

影の膜が、体の中心から“にじむ”みたいに膨らむ。

黒い文字列が絡まり合って、波のようにこちらへ迫ってくる。


「最近、変なニュース多いでしょう」


男は世間話のテンションで続ける。


「大変ですよね。仕事も、学校も」


――その“普通さ”が、いちばん異様だった。


「撃て!」


銃声が暗闇を裂く。

火花も散らない。

弾が当たる音もしない。

当たったのか、すり抜けたのか、それすら分からない。


男の影は、止まらない。


黒い膜が、床を舐めるように広がってくる。

文字列が、蛇みたいに絡まり、厚くなり、距離を消していく。


木崎はカメラを構えたまま、喉が鳴った。

(やばい。これ、狼どころじゃない)


日下部がノートパソコンを抱え、青ざめた顔で呟く。

「……“観測”の……別の形……」


城ヶ峰が一歩前に出る。

銃を構えたまま、影の中心を睨む。


「……押し切るぞ。中心へ――」


その言葉の途中で、黒い影がさらに一段、迫った。

まるで「会話は終わり」と告げるみたいに。


◆ ◆ ◆


青は、まだ途中で流れている。

黒は、もう目の前まで来ている。


その二つが、同じ“根”で繋がっている気配だけが、はっきりしていた。


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