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痞えの少女と終わりの旅 - 3章-1 永劫の瘴
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痞えの少女と終わりの旅  作者: KC
第3章 奈落の花と冥界(ラヴィス=マイス)
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3章-1 永劫の瘴

 ()(しょく)の訪れ。


 それは最初、景色の色が剥がれ落ちるように、気が付けば辺りが灰色味を帯びてくる。


 やがて草木は次第に枯れ、大地は濁り、独特の異臭を放つ(しょう)()が緩やかに流れ込んでくる。


 そうして魔獣、悪魔、死霊などの魔物らがその腐敗に(かどわ)かされ、(ばっ)()するようになる。


 浮蝕が晴れ行く時はこの逆で、(ばっ)()する魔物が減り、(しょう)()が薄れ、やがては草木が芽吹くようになり、次第に景色が本来の色を取り戻していく。



 そうして常に移ろい行くものだったが、それには一つだけ例外があった。


 〝永久浮蝕〟


 浮遊大陸(ステアフロート)の直下で、広大な影と(しょう)()を常に(たた)えるといわれた大地の果て。


 オルティア大教国以外では、そもそもその存在すら伝説と看做(みな)されている節があったが、実際皇都グラドリエルから入り組んだ(おおとり)峡谷西端を抜けた先に、高踏(こうとう)的に広がっていた。



 〝大教国〟は尊大なその名の割に、領土としてはかなり矮小な部類といえる。


 ただ敢えてそう名乗っているのは、教義やその歴史、聖母神フローマの加護などに加え、この広大な浮蝕の地を暗に含んでいたからなのかもしれない。


 そして〝奈落〟とは、その永久浮蝕にあり、冥界(ラヴィス・マイス)の入り口といわれている、巨大な穴の事だった。



 永久浮蝕の端は皇都から程近いものの、飛竜を目一杯飛ばして少なくとも三日分程度の離隔距離が有った。


 だから余程の事がなければ、大教国の皇都にまで脅威が及ぶ事はない。


 ただ多くの人々にとって、知見や見識の無い、()(しき)である事の方がより恐怖を煽るもの。


 更にそれが自らの近くに横たわり続けるものであれば、尚の事、深く()らなければならない。



 それ故、オルティア大教国は、定期的に永久浮蝕へと調査団を派遣していた。


 なお調査は有事に於ける行軍の訓練を兼ねており、浮蝕が生じない長期間の安寧で軍事力が低下し続けない事も裏の目的としていた。




 * * *




 彼等――レルゼアとリテュエッタ、それに乗用飛竜のティニーは、今正にその東端、少し小高い丘に立ち、その寂寞(せきばく)とした広大な永久浮蝕の大地を見下ろしていた。


 見渡す限り殆どが(らん)()の如く(ただ)れており、(しょう)()は夜霧のように濃く、時々荒々しい風が小さく唸りを上げながら吹き抜けていく。


 その風の肌を切る冷たさに、二人は思わず目を細めた。


 ここに至るまでにあった深い積雪は殆ど見られず、地面には薄く白い痕跡が僅かに見られるだけ。


 視線の遙か先、遠く(しょう)()に紛れて動く複数の影は、何らかの魔物の群れだろうか。



「――本当にロレアさんに何も告げずにここまで来てしまって、良かったんでしょうか……?」


 長い黒髪をいつも通り一つの大きなお下げにし、頭全体をすっぽりと温かそうな頭巾で覆った竜髄症の少女は、殆ど独白に近い形で彼に問い掛ける。


 ほんの少し、怖じ気付いたのだろうか。


 問われた方の鉱石術士は、彼の背中側、即ち聖女の住まう皇都の方角を一度は振り返ってみたものの、先の少女の問いに答える事はなかった。




 * * *




 皇都を出立する一週間程前、〝エリュシオンの花〟の存在を知ったリテュエッタは、その日の夜、ティニーと共に単独で向かう事を内心決意していた。


 今はまだ冬の初め。ロレアによると、次の永久浮蝕の調査はまだ数か月程先らしい。


 そうなると二人は、春先まで長い暇を持て余し、()(りょう)(かこ)つ事となる。


 その間に、竜髄症の症状も随分と進行してしまう事だろう。


 また、次回の調査団は奈落の底まで進む事を予定していなかったようで、短いながらも竜髄症の少女と仲を深め、心配しきりの小さな聖女からは、〝念のため掛け合ってみます〟と伝えられていた。



 永久浮蝕の最奥に在るという〝奈落〟の大穴。


 人の世界(テリス)と、亡者の地である冥界(ラヴィス・マイス)を隔てるその深き穴の底に、かの花は咲くという。


 エリュシオンの花は、一日のうち、天頂の極僅かな時間帯だけ届く脆弱な陽光を頼りにしながら、躑躅(アゼリア)に似た柔らかな薄黄色の花弁を小さな絨毯のように敷き詰め、細々(ほそぼそ)と群生しているらしい。



 その存在は世界で唯一、浮蝕による(しょう)を和らげる事が出来るとされ、幻の秘薬の原料ともされていた。


 幾星霜の歴史を持つこの大教国にあっても、奈落の底から運良く持ち帰る事が出来たのは、恐らく十回に満たない。


 花を株ごと持ち帰っても育つ事はなく、その余りの稀少さ故、一部の魔術家にとっては垂涎の逸品とされていた。


 かつて、たった一つの花束だけで、小さな国が丸々買えてしまう程の値が付いた事もあるようだ。




 リテュエッタは夜更けにごそごそと寝床から這い出し、外套(がいとう)を静かに羽織り、部屋を抜け出していく。


 浅い眠りで警戒していたレルゼアは、直ぐにそれと気付き、身を潜めて(あと)を付けた。


 彼女の向かった先は案の定厩舎で、世話人の女性とは既に打ち解けていたのか、脇の植え込みに隠してあった非常用の鍵で難無く侵入を果たす。


 手持ち燭台(キャンドルホルダー)による微かな明かりだけを頼りに、彼女は(くだん)の飛竜が入る馬房へと(よど)みなく進んでいった。



 中に居たティニーは、人には聞き取れない程小さな〝複数の〟足音に気付いて既に目覚めており、微睡(まどろ)みながらクヮーと小さな声で鳴く。


 彼女はそれを横目に、近くに掛けられていた(くつわ)と手綱に手を伸ばす。



「――――ごめんね、ティニー」


 これから向かう、とってもとっても危ない場所に、どうか一緒に。



「……謝る相手を(たが)えているのではないか?」


 レルゼアが(おもむろ)に声を掛けると、彼女は分かり易いくらいにビクリと肩を震わせた。


「れっ……レルゼアさん!」


 黒髪の少女はこちらを振り返り、はは、と笑って、(やま)しい事など何もしてないですよとばかりに、こちらを向いて居直った。



「こんな夜分に、寂しくなったのか? それともただの散歩(・・・・・)だろうか」


 長期滞在の際は、世話人に頼んでおけば定期的に歩いたり飛ばしてくれたものの、皇都に到着してたった三日程度。


 早々に(なま)ることは無いだろうし、無論こんな夜更けに行うべき事では無かった。


 彼は自白を促すために(わざ)とやんわり(さと)してみたのだが、リテュエッタは先日あった彼の愚鈍な言動を思い出し、まだ言い逃れ出来るのではと口を開き掛ける。



「それとも……誰かの所有する飛竜を黙って拝借し、単身何処ぞに乗り込もう。まさか、そんな腹づもりだったのだろうか」



 改めて(ちょく)(せつ)問い(ただ)されると、ようやくそこで彼女は観念し、逃げ場無しとばかりに心に白旗を掲げて手綱などを元に戻す。



「……ティニー、起こしちゃってごめんね。また明日」


 馬房から少しだけ頭を出し、眠たげに様子を窺っていた小型飛竜の頭を軽く撫で付け、頬を寄せる。


 そうして彼女は大人しくレルゼアに連れられ、厩舎を後にした。





「案ずるな、私も一緒に行こう」


 部屋に戻ってからも(しょ)()返り続けていたリテュエッタは、予想外の提案に途惑う。


 この少女は即座に行動に出たものの、実のところレルゼアも、次の春まで待つ心算(つもり)など全くなかった。



 エリュシオンの花を(もっ)てしても、竜髄症は精々その症状の緩和程度で、完治までは到底望めなそうにないから、いずれにせよ急ぐ必要がある事に変わりはない。


 皇都来訪の当初の目的、リテュエッタの身請け先についても当てが無いかロレアに尋ねてあったが、だからといってその答えを待つ程、悠長でもなかった。



「えっ……でっ、でも…………!」


 彼女はてっきり、先の愚行を(たしな)められ、このまましばらく皇都で大人しく、無為に過ごすよう命じられるとばかり考えていた。



「――そもそも、奈落の詳しい位置が分からない。それに……あの飛竜の浮蝕耐性の懸念もある。だから、もう少し色々と準備させて欲しい」


 後者は、あの心優しい聖女の感じた仮説がもし正しければ、即ちこの少女の中に有るのが本当に〝小さな浮蝕〟というのであれば。


 これまで竜髄症の反応が殆ど見られなかったあのティニーなら、ある程度の耐性を持っていると想定される。



 ただその度合いが全く分からないし、何より前者の方が大きな問題で、詳細な場所も分からず、危険な浮蝕の大地を延々と彷徨(さまよ)う事だけは避けたかった。


 だからこそ彼は、明日改めて行動に出る心算(つもり)だった。

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