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痞えの少女と終わりの旅 - 3章-2 鬱屈とした当惑
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痞えの少女と終わりの旅  作者: KC
第3章 奈落の花と冥界(ラヴィス=マイス)
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3章-2 鬱屈とした当惑

 永久浮蝕の内情や地理については、酒場で(くだ)を巻いている憲兵に適当な金に握らせたところ、調査結果が詳しく書き込まれた地図をあっさりと譲ってくれた。


 これまでオルティアが数多(あまた)の命を賭して築き上げてきた貴重な情報ではあったものの、敢えてこの国の者以外であんな危険な地に踏み入ろうとする者などない。


 だから、幸いな事に機密扱いなどはされていなかったようだ。




 加えて運の良い事に、その憲兵は頼まずとも数々の大切な助言を与えてくれた。


 先ず浮蝕内では魔物が獰猛化するだけでなく、人に対する嗅覚そのものが上がるらしい。


 だから芸事(げいごと)の神ヴァルネリットの眩惑(げんわく)術や隠伏(いんぷく)術、若しくは精霊術による風の皮膜などでしっかり自衛をしておかないと、命が幾らあっても足りない。


 またそうした都合で、往路と復路は(たが)えた方が良い。


 その他、(しょう)()を出来るだけ肺に吸い込んで溜めないよう、常に口元を外套(がいとう)で覆っておくか、出来れば(あらかじ)め薬に浸しておいた専用の当て布を(あつら)えて貰った方が良い。


 更に具体的な野営の方法や適した場所、地図に描かれていない危険性、これまでの調査で分かってきた経年の変化など――。




 どうやら彼は何度か調査団に編成され、そのうち一度壊滅的な被害に遭ってしまい、命辛々(からがら)逃げ帰ってきた経験があったようだ。


 事情は敢えて聞かないが、上長からの(めい)でもなく、あんな地獄(・・)に自ら乗り込みたい、だなんて。


 そうぼやきながら安酒を一気に(あお)り、憐憫(れんびん)の情を浮かべ、レルゼアの肩を何度も強く叩いてきた。



 最後に馬や小型飛竜の浮蝕耐性の確認についても、軍の伝手(つて)を紹介してくれる事となった。


 そうした手厚いフォローに深く感謝し、酔い潰れていくこの男に、レルゼアは当初約束した三倍ほどの額を握らせておくことにした。




 * * *




 獣における(しょう)()酔いの耐性は、実際に採取した土を(もと)に薬剤を調合し、それを嗅がせて反応を見る。


 後日憲兵の伝手(つて)を頼りに調べたところ、ティニーは偶然にも数百日滞在しても全く問題ない程の強靱な耐性を有していた。


 検査を依頼した商人によると、幾ら屈強な個体でも、精々五十日程度らしい。



 余りに驚異的な数値だったため、是非高値で譲ってくれないかと執拗にせびられたものの、ここに来て売り払う気など毛頭無い。


 (ほとほと)しつこかったため、〝そんな個体、一体何処で売り捌くんだ?〟と興味本位で尋ねてみたところ、(はた)と興醒めしたようで、あっさりと引き下がっていった。


 そもそも大教国直轄の行軍だったとして、そこまで長期間浮蝕に滞在するケースはなく、価値の無い珍しさと気付いたのであろう。



 またそうした折、多忙にも(かか)わらず、銀の手の巫女は一日置きに様子を見に来てくれていた。


 聖女は彼から受けた勅命(・・)、即ちリテュエッタの身請け先探しで頭が一杯だったようで、口を開けばその進捗ばかり。


 相当に厄介な依頼ではあったが、大切な恩人からの(たっ)ての願い、そして既に気心の知れた相手の行く末に(まつ)わる事。


 だから全てに優先して専念してくれており、こうしたレルゼアらの(ゆう)()について、最後まで問い(ただ)される事は無かった。




 やがて十日に満たない綿密な準備を終え、レルゼアがいざ〝一人で〟出立しようとした時、今度は術士の方が少女に()(とが)められてしまう。


 いつも溌剌(はつらつ)としつつ穏和な彼女だったけれど、その時ばかりは珍しく静かに語気を強め、彼我(ひが)の差を追及してきた。



「――――あの時〝一緒に行こう〟だなんて優しく言っておきながら、一体一人で何をなさっているんです!?」


 彼女の生まれ故郷では精霊術が盛んだった事から、〝風の薄膜は任せる〟という偽の(・・)申合せがされていた。


 自らが端緒(たんしょ)だったとはいえ、迷惑を掛けるばかりでなく、彼の方から頼ってくれる事もあるんだと、秘かに喜びを噛み締めていた。


 だから彼の行動を目の当たりにした時、リテュエッタは、自身が思いの(ほか)深く落胆している事に気付かされた。




「魔物()け、どうするつもりだったんですか?」


 匂い消しの調合は既に済ませてあるのだが、と詭弁を(ろう)してみる。


「……魔物の嗅覚に、その位で対抗出来る訳、無いですよね?」


 彼女はそこまで話して、ようやく自身の瞳がほんの少しだけ潤んでいる事を意識した。



 頼られないだけでなく、また一人(・・・・)置いて行かれてしまう。見捨てられてしまう。


 そうして、彼だけを命の危険に(さら)してしまう。



 言葉には出来ないし、したくもない色んな感情が()い交ぜになっていた。


 そんな彼女の機微など露知らず、分かった分かったとばかりに、唯々(いい)諾々(だくだく)(なだ)(すか)してくる。



「実を言うと、やはり一人では不安だった……心苦しいが……甘えさせてもらいたい」


 いつもは理屈っぽくあれこれと言葉を並べ立てるのに。


 こうして自らの本音を吐露する時だけは、余りに飾らず、愚直に過ぎるのをもう知ってしまっているから。


 だからきっと――――この言葉も、嘘偽りない本音なんだろう。


 〝そんなの(ずる)い〟と感じながらも、認めたくない感情が口から溢れ出てきてしまう前に、彼女は急ぎ、彼を(ゆる)してやる(ほか)無かった。




 * * *




「ここから見ても、同じなんだ…………」


 少女は誰とも宛てず、呟く。


 他の地域では、永久浮蝕は浮遊大陸(ステアフロート)の真下に鎮座する影と(まこと)しやかにいわれていたが、何の事はない。


 それは彼等の頭上などなく、相変わらず遠く西の空の向こうに変わらず浮かんだままだった。


 この旅の出発点、交易都市ミルシュタットの街や、少女の故郷であるラダの村、果ては東のイヴナード騎士国などから見た姿と、何ら変わってはいなかった。




「――熟々(つくづく)曖昧な存在だ」


 レルゼアはそう応じながら、手元に地図を広げ、横たわる永久浮蝕の眺望とを注意深く見比べていた。


 リテュエッタが不安げに手元を覗き込んで来ると、連られて小型の飛竜も何故だかその長い首を突っ込もうとしてくる。



「――悪霊の丘、黒の幻蛇(ムシュフシュ)の縄張り、それに……死兆大鷲(フレスヴェルグ)の巣。何だか、凄く物騒な単語ばかりですね」


 厳しい寒さもあってか、少女は微かに言葉を震わせる。


 そうして手近にあったティニーの頭を軽く撫でて制すと、飛竜は満足げに首を(もた)げ、これから飛ぶであろう薄暗い空の先を一緒になって見上げていた。



 恐らく飛竜の翼でも往復で八日程度は掛かるであろう、大教国の調査団が到達した最奥の地。


 そしてそこに示されている、〝奈落〟という小さな文字。


 永久浮蝕という最果ての地の、更にその果ての果て。


 そこより先にも大地は広がっていたかもしれないが、今のところ奈落こそが、人々の到達し得る最遠点だった。




 更に奈落の底から水平に伸びた細い洞穴(どうけつ)の先に、人ならざる世、死者の地である冥界(ラヴィス・マイス)が広がっているという。


 その地を統べるのは、フレア=グレイスの(なな)(はしら)で最下の序列、冥府と水銀を司る神、ラズラム。


 正確に言うと、冥界とは亡者らの棲む世界全体、冥府とはそこに(ただ)一つ在るといわれた統制機関を指すのだが、一般的には殆ど同一視されてしまっている。



 そして四百年程前、この奈落の底から突如として不死者(アンデッド)の大群が溢れ出した。


 後に〝尽瘁(じんすい)の動乱〟と呼ばれ、数年に(わた)り英雄イヴニスらが抗い続けた結果、これを制したという、大きな(わざわ)い。



 そんな幼少期に聞かされたような()(とぎ)(ばなし)の舞台が直ぐ目の前に存在し、まさかそこに今から立ち入る事になろうとは。


 あの時どころか、今でさえ想像出来てはいなかった。



「分かっているとは思うが、私は戦闘が余り得意ではない……寧ろ苦手な部類だ」


 リテュエッタはそれを聞き、くすりと笑う。


「そんなの、言われなくても分かります」


 今まで聞いた中でも一番柔らかい声音で、そう優しく慰めてくれた。




 そして――――戦闘が苦手だからこそ、ひ弱な少女をここに連れて来た。


 無論、直接的な戦力として期待しているのではない。



 もし自分だけなら、野垂れ死ぬのも簡単(・・・・・・・・・)だったろう。


 この聡明に過ぎる飛竜も、争いに巻き込まれる事なく、しっかりと彼女の元に舞い戻ってくれた筈だ。


 当初は、そんな心づもりだった。



 しかし、今となってはもうそれが出来ない。


 たとえどんなに見苦しく足掻こうとも、一人で簡単に野垂れ死ぬ事など、決して出来やしない。



 ――それが、〝騎士の強さ〟という事。


 (むべ)なるかな。


 以前妹のラピスが繰り返し熱く語っていて、まるで絵空事のようにしか感じられなかった騎士たる在り方を、彼はようやくその(こころ)()に掴む事が出来ていた。


 そしてあの時の彼女のそれ(・・)は、一体何だったのだろう。


 恋人の、若き騎士ガヘラスであったとして、互いにそう思い合っていたのだろうか。


 もう、知る(よし)も無いのだけれど――――。




 彼等は今正に飛び立つため、改めて飛竜の背に(またが)る。


 以前は一つの大きな鞍だけだったが、今は小さな物を二つ前後に連結にし、彼女は彼の後輪(しずわ)の部分をしっかりと握り締めた。



「…………頼む」


 レルゼアは短い一言で、彼女に風の精霊術を促す。


 果たしてこんな所にも精霊が居るのだろうかと不安に思っていたが、リテュエッタを見る限りその力は存外他の場所と変わらないようで、全く問題ないらしい。



「シルフさん…………お願い」


 片方の手を胸に当て、暗い空を仰ぎ見て彼女はそう口にする。


 すると二人と小さな飛竜の肌は、柔らかい羽根に包まれたような少し温かい感触を帯びていった。


 細かな指示を出さずとも、精霊達はその意図をきちんと汲み取り、確かに薄い空気膜(エアスクリーン)顕現(けんげん)させていた。


 息苦しさは特になく、呼吸も普通に出来るようだ。



「我々と同じ言語なんだな」


 声の通り具合を確認しつつ、尋ねてみる。


 レルゼアの故国では精霊術など殆ど使われていなかったため、非常に珍しい体験だった。



「実は私、精霊語(エンシェントディール)は全然分からなくて……」


 少女は、はにかみながらそう答える。


「お母さん達は難しい事を頼む時とか、たまに使ってたんですけど。薪に火を(おこ)す位だったら、今みたいに普通にお願いしてて……基本的には精霊さん達と心が通じ合えば、大丈夫みたい」


 精霊術は、精霊との対話により、一時的にその力を借りるもの。


 よって全ては精霊様のご機嫌次第。()わば、完全に気紛れに()るものだった。



 一方の鉱石術は、誰が行っても結果は同じ。


 足して引いて、合わせて砕いて、溶かして(いぶ)して。


 これらをひたすら正確に、厳密に。


 星の数程在る鉱石や試料を、無限に重ね合わせていく。


 ただ、それだけ。



「精霊さん達って目には見えないけど、いつも(そば)に居てくれて。普段は誰も話相手になってくれないから、それだけで嬉しいみたいなんです」


 特にこの辺りは人気(ひとけ)がなく、人ほど複雑な知性を持つ魔物も居ないから、彼女曰く、日々とても退屈していたらしい。


 だから今も、喜んで相手をしてくれている、と。


 黒髪の彼女は、まさか自身が理屈好きなこの男に対し、何かの仕組みについて説明する事になるなんて、と、小さく楽しそうに含み笑いしていた。




 先程は風の力の行使だったので〝シルフさん〟と敢えて呼び掛けていたものの、代表的な四大精霊など、全ては同じものとされている。


 実際には(ただ)一つの根源に対し、人がその見方を変える事により、行使出来る力が変容していく。



 そしてそれは種類だけでなく、術士から見た精霊像についても同じ事がいえる。


 つまり彼女の中で、この辺りの精霊達は〝そういった個性〟に感じられているという事だった。



 精霊術に()(ねい)な彼からすれば、結果が厳密に制御し切れないものに頼るのは御免(こうむ)りたかったのだけれど、彼女がふとそれに気付いたのか、


「……大丈夫です」


 と、そっと呟いてくれたので、彼はようやく踏ん切りを付ける事が出来た。



(――――ともかく、今の所は全く問題無さそうだな)



 (まと)わり付く不思議な感覚を何度も(あらた)めながら、レルゼアは手綱を少し引いてティニーに飛翔を促し、永久浮蝕の中空(ちゅうくう)へとその身を投げ出した。




 * * *




 懸念していた行程は、綿密な準備と対策により、意外な程順調に進んでいた。



 幾つかあった道中の危険としては、野営で飛竜から降りる際、リテュエッタが泥濘(ぬかるみ)に足を取られてしまい、危うく転倒して地表近くの濃い(しょう)()を吸い掛けた事。


 また明くる日は、野営に使っていた巨石の陰から、吸血棘草(ヴァンパイアソーン)に襲われてしまった事。


 通常なら子供の背丈位のところ、大人の倍以上にも成長したそれが音もなく忍び寄って来ている事に気付けず、いきなり足首を絡め取られてしまった。


 しかし幸いにもそれは少女の方で、竜髄症の拒絶反応によって怯んだ隙に、レルゼアは(うごめ)く蔓を何本か薙ぎ払い、何とか引き離す。


 そうして急ぎティニーに乗り込み、辛うじて逃げ(おお)せた。



 それでも、身に余る危険はその二つだけ。


 主に陸を行く調査団と違い、野営を除けば全て空路だった事も大きい。


 突如飛来するルフ鳥といった魔鳥の類は、注意深い目視と風の精霊術による気配の遮断で、何とか()け続ける事が出来ていた。



 やがて二人は〝奈落〟の(ふち)へと辿り着く。

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