王女殿下の秘密について。
「ご機嫌麗しゅう、ラヴィナ嬢」
貴族学校に、フライヤが中途入学してしばらく経った頃。
登校したラヴィナにそう声を掛けてきたのは、王女殿下だった。
ーーーインフィー・フェリクス。
一つ年下で、巻き毛気味の銀髪を、額を見せるシニヨンに結い上げる髪型を好んでいる。
瞳の色と冷たい表情は、お世辞にも友好的とは言い難いものだけれど、お互いの立場を考えればそれも当然の話だった。
ルフト殿下とは母親が違うものの、彼女も銀髪紫瞳という王家の特徴を受け継いでいて、パッと見の印象はよく似ている。
事情を知っている周りがざわりとする中、ラヴィナは彼女に微笑みを返し、優雅に一礼する。
「インフィー・フェリクス王女殿下も、息災のようで何よりです」
「ええ。体調とは別の意味で、気分は良くないけれど」
彼女は、従兄弟にあたるダーレスト同様、思ったことをハッキリと口にすることで有名だった。
当然彼よりはかなり『弁えた』方なので、周囲と軋轢を起こすようなこともない。
ルフトとの件を除けば、だが。
「何か、御用でしょうか?」
インフィー殿下に対するラヴィナの印象は、『賢く苛烈』というものだった。
実際、ルフト、ひいては男子の王位継承者が存在しなければ、血筋ではなく能力のみで女王に推されても全く違和感のない女性である。
僅か17歳で、周りにそう思われるだけの知性の持ち主だ。
ーーーだからこそ、乗ってくると思ったのよね。
ラヴィナは、少し前にインフィー王女殿下に密かに手紙を出していた。
その手紙の内容自体は、女王擁立の法改正が可決された後でも伝えるのに問題はなかったのだけれど、早くて困るということもなかったからだ。
手紙の内容に関する返事は、イエスかノー、どちらかで問題ないとも伝えてあるが、もう一つ……何か疑問があれば答える準備もある、と添えていた。
「わたくしが用意した温室の花が、昨夜荒らされていましたの。何かご存じでして?」
インフィー殿下が口にしたのは、第三の選択肢。
『質問に答えて欲しかったら口にして欲しい』と伝えた文言だった。
「存じ上げませんわ。王女殿下にお茶に招かれたこともございませんし……」
と、ラヴィナは困ったような表情を作る。
インフィー殿下の側には、今も当然、取り巻きや護衛がいた。
授業中ですら離れず近くで控えている、彼女の側付き侍女の姿もそこにあり、ラヴィナはチラリと目を向けた。
彼女に手紙で伝えたのは、当然、この場で口にするなど愚の骨頂とも言えるような内容である。
秘密裏に会うにも、どこかから呼び出しの話が漏れる危険を考えなければならないことから、ラヴィナは策を講じたのだ。
ラヴィナの返答を受けて、インフィー殿下は表情を変えないまま、淡々と口にする。
「そう。でしたら本日、お茶にお招き致しますわ。放課後にでも如何でしょう?」
「ええ、喜んで」
やり取りはそれだけだった。
インフィー殿下が踵を返したので、ラヴィナはまた深く淑女の礼の姿勢をとって見送る。
傍目には、ただ『ラヴィナが温室に忍び込んで花を荒らした犯人の疑いを掛けられている』と見えるだろう。
それを詰問する為に、人目のない現場に招くのも、あり得ることだ。
インフィー殿下のご入学に合わせて設られた温室自体にも、昼間は彼女と招いた本人しか中に入れないよう、警備がついている。
誰かの嫌がらせにしても、夜間の学校に忍び込むような形になる為、ラヴィナ本人がやったとは誰も思わないだろうが、誰かに指示したという可能性はあり得るのだ。
ラヴィナからすれば、『ラヴィナ・ファーユ』の立場がどれ程悪くなろうと困らないからこそ、取れる手段でもあった。
そうして、放課後。
温室の中、ラヴィナとインフィー殿下、側付き侍女以外は誰もいないお茶会が始まった。
目の届く場所に警備兵の姿はあるが、温室のガラスの外であり、声までは届かない。
温室の中は、外から見えないようになっているのだが、並んでいる花に、荒らされたような形跡は見えなかった。
「美しい花々ですわね」
「余計な話はいらないわ。率直に尋ねるけれど、貴女は何を知っているの?」
噂通り、ハッキリとした性格であるインフィー殿下の言葉に、ラヴィナは笑みを深める。
「王女殿下が、玉座を望んでいないという事実と、その理由を」
ラヴィナは、朝と同様に側付き侍女に目を向けた。
王国に多い赤毛の髪に、目線が隠れるくらいに長い前髪。
額を見せているインフィー殿下とは対照的な彼女は、直立不動のままこちらに目を向けていた。
そんな彼女に対して、ラヴィナは話し掛ける。
「インフィー殿下の側付き侍女が、顔のそっくりな影武者であることは王家に近しい者たちは皆知っております。わたくしはそんな表向きの理由に騙されなかった一人、というお話ですわ」
続いて、目の前に座る王女殿下に目を向け、ハッキリとこう口にした。
「そうでしょう? パラザ・フェリクス王女殿下。お二人が定期的に入れ替わっていることを、わたくしは存じ上げております。そうしても違和感を抱かれない『双子』であることも」
それは、秘匿された事実。
もしかしたら宰相閣下ですらご存じない……知られれば現在の政争の行方すらひっくり返る、『王女殿下』の重大な秘密だった。
伝承を大切にする者達は『保守派』とも呼ばれるが、宰相閣下ら、伝承を重要視しない『革新派』よりも、今はまだ総数が多い。
「伝承一つを無視するくらいであれば、血統の良さを理由に法を改めることも可能でしょう。ですが、それが二つ重なるとなると……?」
今回無視されようとしている伝承は、『男児のみを王とせよ。女王が立てば国を乱す』というものだ。
しかし王女殿下の出自そのものに、もう一つ不吉な伝承が重なっていると公になれば、どうなるか。
「『双子は忌み子。玉座に不穏を招き入れる』……流石に、皆様黙ってはいない、と思われますわ」
王女殿下がたは、しばらく黙って固まっていた。
すると、ふ、と側付き侍女が息を吐き、前髪を軽く上げる。
そこにあるのは、席につく王女殿下と瓜二つの顔。
そして、紫の瞳と、ウィッグと前髪の隙間から一筋垂れた銀の髪。
「……何故、私の方がインフィーだと見抜けたの?」
「瞳の色が、インフィー殿下の方が少しだけ濃いのです。また化粧で隠されておりますけれど、パラザ殿下の右目の下には小さな泣きぼくろもございますわね。薄く見える時もあるので、お気をつけになられては、と」
するとインフィー殿下を演じていたパラザ殿下も、ぎゅっと眉根を寄せた。
「貴女は何故、それを知ったの?」
ラヴィナは手紙に『二人の秘密を知っている』ことと、『その秘密を証言する準備がある』ことを認めていた。
同時に『今すぐにそれを開示するつもりはない』ことと、『二人の考えに関する推測』を付記した。
そして最後に『ある程度平和に、全てを円く収める策』を提示して、返答を求めたのだ。
「何故知っているかに関しては、お答えする段階にございませんわ。全てが終わった後であれば、お伝え致しますけれど」
「それで信用しろと?」
「いいえ、信用していただく必要はございません。ですが今の段階で王女殿下がたに降りられると、こちらとしても困りますの」
ラヴィナはにこやかに笑みを浮かべて、言葉を重ねる。
「パラザ殿下の存在を隠し続けることに、お二方共に倦んでおられるのでしょう? 玉座を求めて現状を維持するか、少しの傷を負った上でお二人で陽の下を歩かれるか、それを確認しに来ましたのよ」
「愚問ね」
腕を組んだ侍女姿のインフィー殿下は、ウィッグの前髪を邪魔そうにしながら、言い返してくる。
「秘密を握っていることを明かした時点で、選択肢などないのでしょう」
「ございますよ。わたくしを暗殺するか、嘘と言い張るか、あるいは手紙など無視してしまえば、肯定する必要もなかったでしょう」
この席を用意した時点で、お二方は自らの秘密について認め、回答を出したも同然なのだ。
それに気づかない程の愚鈍であれば、今の今まで秘密を守り続けることなど出来なかっただろう。
ラヴィナがそれを知ったのは、偶然二人を観察出来る状況に居ただけだ。
そして、確実な証人に証言を取った。
「お二方にお願いしたいのは、ちょっとした演技と、女王擁立の法改定が成立するまで今まで通りに過ごしていただくことだけですわ。その後、お二方の現状が明かされ、王位継承権の放棄を求められるでしょう」
これから先の未来について、ラヴィナはさらに少々詳しく語った後に、片目を閉じた。
「それで終わりですわ。お二人の処遇に関しては、悪いものにはならないでしょう」
「……ふぅん」
「なるほど……」
インフィー殿下とパラザ殿下は、目を見交わした後に、問いかけてきた。
「つまりこの件は、国王陛下もご存じなのね」
「その上で、王妃殿下にも最大限配慮して下さるのかしら」
ーーーやはり、聡くてあらせられますわね。
ラヴィナは満足して、二人の質問に頷いた。