死闘
先に動いたのはエイルだ。少年は迷うことなく、全力で後ろへと走り出した。無防備な背中が敵にさらされることになるが、構うものか。
エイルが一心不乱に走る。
――逃げるつもりか?
少年の行動を見て、魔の者が思案する。それは牙をむいてエイルを嗤った。
まだ未成熟な少年の体躯では、己に敵わないと悟ったのか? 今更? だが、もう遅い。見逃してやるものか。
魔の者が四つ足に力をこめる。
楽しい、狩りの始まりだ。
魔の者が駆けると、あっという間に、エイルとの距離を詰めてしまった。
少年の倍以上はある体躯が、鷹にも勝る速度で迫りくる。
あとたった一跳びすれば、少年のやわらかい首筋にかぶりつくことができる。
魔の者は狩りの成功を確信した。
獲物に噛みついて地面に引きずり倒してやろうと、それが口を大きく開ける。
この子の血は、どんな味かな――?
(――今だ!!)
エイルは、迫りくる魔の者との距離を肌で感じ取っていた。
おそろしい。気を抜けば、へたり込んでしまいそうだ。一歩間違えば、即、死に至る。
だが、エイルは恐怖に屈しなかった。それを仕留めるつもりだ。
エイルが自身のすぐ後ろに光の破片を投げた。……と同時に、振り返って、魔の者と対峙した。
――なんだ?
魔の者は、少年がただ逃げようとしていたわけではないことに気がついた。しかし、気づいたときには、もう遅い。
それが、目の前に散り広がった光の破片に気を取られる――と、突如、それらが爆発した。
熱い――!
光の破片は、自然界における火山の力を内包している。
エイルが投げた光の破片は、熱く燃え盛る榴弾となって、魔の者の体を焼き、削り取っていく。
当然、エイルもただでは済まない。氷の魔法で全身を守っていたが、それでも負傷は必至だ。
だが、攻撃を仕掛けた張本人にして、あらかじめなにが起こるのかを知っているエイルは、火山の魔法の余波に決して怯まなかった。
エイルは振り向きざまの勢いを利用して、父親から譲り受けた剣に渾身の魔力をこめて、魔の者の首に狙いを定めて、剣を薙ぎ払った。
エイルが勝利を確信する。――が、事態は少年の予測を上回った。
魔の者が、エイルの渾身の一撃に対応したのだ。首を振り、口で剣を受け止める。――と、それを一瞬で奪い去って、遠くへと放り投げてしまった。
少年は、魔の者を屠ることはできなかった。
エイルの見当違いは、致命的な隙となった。
負傷しながらも、次の一手を考え続けていた魔の者は、迷うことなく、無防備になった少年の首元に噛みつかんと、大口で迫った。
エイルが咄嗟に片腕を突き出す。
次の瞬間、魔の者の大きな鋭い牙が、少年の細腕を易々と突き破った。
エイルの悲痛な叫び声が、大穴に響き渡る――。