91.青年騎士の思わざる結果
※今回はノックスの視点になります。
ノックスがエントランスへ着くと、そこにはとてつもない美貌を持つ青年が立っていた。
未だ少年らしさを残しながら、絶句するほどの美しさが共存している。
無表情に立っている姿が作り物めいて見えた。
まるで人間ではないようだった。
そんなことがあり得るのかと思うが、実際にノックスの目の前に存在していたのだった。
「ルシア。」
いや、それにしても同性に見惚れるなんてあるんだな。
ノックスは呆然としながらその男を見ていたが、その男が発した言葉とその人形のような顔が人間になる瞬間を見て目を見開いた。
「ただいま。ちゃんと戻ってきたわ。」
名前を呼ばれたルシアが平然と男に近づいていく。
彼女の何処にも気後れしている部分はない。
男は近づいてきたルシアの手を取って僅かに微笑んだ。
凄い、破壊力だった。
しかし、ルシアは顔を赤らめもしない。
それがそう珍しくもないとでもいうように。
続いて男が彼女の膝裏に手を回し、子供を抱き上げるように抱え上げるのを見てノックスの脳内は考えるのを止めた。
ルシアは急に抱き上げられたことを怒りこそすれ、抱き上げられること自体には抵抗していなかったことも起因する。
「...クストディオ。」
「なんだ。」
混乱をきたした頭で考えてもろくなことにならないと知っているノックスは手っ取り早く状況を知る為に横に居て平然とルシアと男の、二人の姿を見守っていたクストディオに小さな声で声をかけた。
こういう時は状況を知っているであろう人に聞くのが早い。
「あの方とルシア様の関係って......。」
「夫婦だ。」
「夫婦?......婚約者ではなく?」
「ああ。」
クストディオの返答に予想以上の答えが返ってきてノックスは余計に頭がこんがらがりそうになったので額面通りに受け取ることにした。
それに納得出来た部分もある。
貴族であれば政略結婚もよくあることだし、その結果ルシアの歳で人妻というのも少なくないことをノックスは知っていた。
ただ、普通は夫を離れて国外に出るなんてあり得ないので全くその可能性を考えていなかった。
しかし、そうだとすればルシアがこの実家に暫く戻っていないようだったことに頷ける。
だって、既に嫁いだ娘なのだから。
あー、それだとあの男は幼い妻が隣国の王子の従者である子息と護衛たちだけでアルクスに来る許可を出したのか。
繊細な彫刻のような見た目よりずっと豪胆な人物らしい。
「...ていうことは、俺はあの方に認められなくちゃならないってことか。」
「?何故。」
ノックスのぼやきにクストディオが不思議そうな顔をした。
それに対して、逆にノックスが困惑の表情を浮かべる。
「いや、だってルシア様の旦那様なら要するに俺の雇い主になるんじゃ?」
基本的に貴族の護衛であれ、従者であれ、雇い主は家長だ。
男が既に爵位を継いでいるかは分からないが、彼女の夫であるならば俺を雇うか雇わないかは彼の采配になるのではないか。
そうは言ってもノックスが忠誠を誓うのはルシアだし、彼女の騎士になる為ならなんとしてでも許可を勝ち取る心積りではあるけども。
「いや、ノックスの雇い主はルシア様ですよー。」
「ええ?」
いつの間にか近寄って来ていたニキティウスが会話に加わった。
どういうことだとノックスが見やれば、ニキティウスはにこにこと笑い、その向こうで同じく会話を聞いていたであろうオズバルドが眉を下げて微笑を浮かべていた。
「まぁ、概ねの理由はお二方の立場にあるんですが。ルシア様の周囲の人間には彼の方が選定した者とルシア様本人が雇い入れた者と二種類居まして。僕やオズバルドは前者で本来はルシア様ではなく、彼の方に仕える人間ですねー。」
「はい、そしてクストディオや後もう一名居ますが後者の人間は彼の方に雇用の決定権は御座いません......というか、ルシア様が捩じ伏せてしまわれるというか。」
のんびりな口調でのニキティウスの説明をオズバルドが引き受けて続けた。
後半につれて、何処か疲れ気味なのは何故だろうか。
「だから、ノックスは心配しなくて良いですよー。」
ニキティウスが事も無げに言った。
クストディオにもオズバルドにもノックスは目を向けるが二人とも頷くだけで否定しない。
...確かに俺は後者ではあるが。
「ノックス。」
「!はい、何でしょう。」
困惑顔を浮かべていたノックスはこの場で唯一の鈴のような声に背筋を伸ばした。
目線の先には男に抱えられたままの己れの主が居る。
その少女は髪色と同じ銀にも見える灰色の目を細めた。
たった一月で共に過ごすようになったのもここ数日ではあったが、それがあまり表情の動かない彼女の作り物ではない素の笑顔であることにノックスは気付いていた。
彼女はその表情のままで口を開いた。
「ノックス、紹介するわ。こちらがわたくしの夫のカリスト・ガラニス第一王子殿下よ。」
「は?」
あくまでも愛らしい顔で爆弾を投下した主である少女に、ノックスは立場も彼女が主であることも忘れて間抜けた声を上げた。
それがノックスにとって初めてのイストリアの第一王子との邂逅の瞬間だった。