23 千聡の悩み
今日は7月の31日。千聡達とヨーロッパ旅行(多分)に出発する日である。
旅行の準備は千聡に相談した所、『全てお任せくださいませ』と言われてしまったので、着替えくらいしか用意していない。
一応財布は可能な限り満タンにしたが、調べてみたらイタリアへの片道飛行機代くらいである。
……とりあえず、最悪でも帰って来る事だけはできるみたいだから、安心だね。
そう自分に言い聞かせて、楽しみ6割不安4割くらいで待っていると、千聡が迎えに来てくれて。俺は小さなカバンが一つだけという、海外旅行にあるまじき軽装で部屋を出る。
「どうぞこちらへ、お荷物お持ちいたします」
千聡はそう言って、なぜか俺をアパートの裏手側へと案内する。
とりあえず素直についていくと、昨日まであったはずの壁が一部壊されていて、その向こう。運送会社の倉庫兼駐車場だったはずの場所に、一機のヘリコプターが停まっていた。
ああ、そういえばさっき騒々しい音がしていたな……とぼんやり思い出しながら。俺は千聡に誘われるまま、座席の一つに座って安全ベルトを締めてもらう。
千聡と俺に続いて潮浬とリーゼも乗り込むと、ヘリはエンジンを全開にして地上を離れ。俺達は空高く上昇していく……。
「ねえねえ閣下、知ってますか? ヘリコプターって『ヘリ・コプター』じゃなくて、『ヘリコ・プター』って区切るんですよ!」
リーゼが比較的どうでもいい豆知識をドヤ顔で披露してくれるのを、かわいいなと思いつつ聞きながら。
俺はいきなり想定外の始まり方をしたこの旅に6割くらいの不安を覚えつつ、窓から遠ざかるアパートを眺めるのだった……。
……俺を乗せたヘリ。リーゼによるとヘリコのほうが正しいらしいけど、なんか違和感があるのでヘリは順調に飛行を続け、どこかの空港に着陸した。
そしてそのまま、近くに停まっていた小型飛行機に乗り換える。
千聡曰く、『プライベートジェット』なのだそうだ。……もう俺、なにが出てきても驚かないからね。
飛行機の中は案外広く。テーブルとソファー、トイレの他、前寄りには個室が二つ装備されていた。
「右の部屋は魔王様専用ですので、ご自由にお使いください。重量の問題でシャワーはありませんが、洗面台はついております。日程についてはこちらに」
千聡がそう言って渡してくれたのは、旅のしおり……と言うほどほんわかしてはいないが、予定表のようなものだった。
それによると、飛行予定は13時間。到着は日本時間で8月1日の朝6時、現地時間で31日の22時予定だそうだ。
そして現地時間1日の0時から魔族の会合。朝に終わって昼は自由時間。次の夜にまた会合で、それが終わったら帰国。日本に戻ってくるのは3日の朝になるらしい。
会合が夜開催なのは、やはり魔族は夜活動するイメージがあるからだろうか?
そんな事を考えながら席につくと、飛行機はゆっくりと動き出し。間もなく急速に加速して大空へと飛び立っていく。本日二回目の離陸だ……。
「……ねぇ、会合って具体的になにするの?」
飛行機が安定飛行に入り。ベルトを外す許可が出た所で、千聡に話を向けてみる。
「会の趣旨としては、世界の魔族。主に地上で人間に混じって暮らしている魔族達の、親交と情報交換の場です。裏では勢力争いや陰謀なども動きますが、今回は顔見せ程度とお考え頂ければよろしいかと」
「なるほど」
要は、同好の士が集まる交流会みたいなものらしい。
俺以外にも魔王がいたり。魔族がいるなら勇者や賢者もいたりするのだろうか?
もめそうだから、いたとしても別日開催かな?
……千聡は魔族よりも、賢者の方が似合いそうだよね。それでいくと潮浬は姫。リーゼは……戦士か武道家辺りかな?
それだと俺がやられ役だな……などと想像していると、潮浬がお茶を淹れてきてくれる。現実はすごく至れり尽くせりだ。
潮浬はそのまま、なぜか俺のとなりに。しかもピッタリくっついて座ったが、まぁ気にしない事にしよう……。
……淹れてもらったお茶を啜りながらしばらくのんびりしていると。ふと、千聡の様子になにか違和感を覚える。
ノートパソコンを開いてなにやら作業をしているのだが、わりと頻繁にチラチラと、俺に視線を向けてくるのだ。それもなんか、すごく悲しそうな目をして。
……潮浬がくっついている事に嫉妬してくれている……とかだったら嬉しいけど、それはないだろう。
潮浬がやたらと距離近いのはいつもの事だし。今まで千聡が一緒の時にもやっていたが、こんな反応は見た事がない。
あれこれ考えてみるが原因はさっぱり思い当たらなかったので、ストレートに訊いてみる事にする。
「ねぇ、千聡」
「はい魔王様」
俺が声をかけた瞬間。千聡はノートパソコンを操作していた手を止め、姿勢を正して全力でこちらを向く。
さっきリーゼに話しかけられた時は、ノートパソコンから目を離さず手も止めず。言葉だけで応対していたのに、なんだろうねこの違い。
「えっと……なにか俺に言いたい事があったりする?」
「――つ、申し訳ございません。魔王様にお気を使わせてしまうとは……」
そう言いながら勢いよくソファーを降り、床に平伏す千聡。
……千聡と出合った日に『名前で呼んでもらう』という恋愛目標を立てたが、翌日には『会うたびに土下座されないようにする』に下方修正し。それは一応達成したが、今は『事あるごとに土下座される』状態である。
普通の恋人同士への道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ない。……というか、果たして本当にそんな日が来るのだろうか?
遠い目をしてそんな事を考え、自信をなくしていると。助け舟を出すように、隣にいる潮浬が言葉を発する。
「千聡、陛下が困っておられるでしょう。素直に『もっと構って欲しいです魔王様』って言いなさいな」
「な、私はそんな……」
「あんなに物欲しそうな目で何度も陛下を見ていたのに、違うとでも言うつもり?」
「それは……」
「はぁ、めんどくさい子ね。そんなんじゃ陛下に嫌われちゃうわよ」
「なっ!?」
なんか千聡の顔が青褪め、俺を見る目が捨てられる前の子犬のようになる。
全力でかわいいが、胸が痛みもする光景だ。
千聡はしばらくの間、正座しながら小動物のようにプルプル震えていたが。やがて意を決したように言葉を発する……。