24 脅える千聡
「魔王様、あの……」
なにやら脅えた様子で、くちびるを震わせながら口を開く千聡。
俺も緊張しながら、じっと千聡の言葉を待つ……。
「……数日前までは私に色々とお命じ下さっていたのに、それがなくなってしまったのは、私に失望してしまわれたからなのでしょうか?」
「…………?」
一瞬なにを言っているのか分からなかったが、少し考えて思い当たった。どうやら先日の、千聡にちょっと嫌われよう作戦の事を言っているらしい。
わざわざ呼びつけて漫画を取ってもらったり、ジュースを買いに行ってもらったりした。
……俺としては嫌われるつもりでやったのだが。どうやら欠片も効いていないどころか、千聡には嬉しい事だったらしい。
そういえば、横で見ていた潮浬もそう言ってたな。
とりあえず完全に誤解なので『いや、失望したりはしてないよ』と言いかけて、一瞬止まる。
これ。もしここで『うん、失望した』って言ったら、千聡の好感度が下がって少し嫌われたりするだろうか?
……いや、なんか無理っぽいな。全力で自分を責めて凹む方向に行く気がする。
て言うか今でもすでに死にそうな顔してるのに、そんな事言ったらショックでそのまま逝ってしまわれる可能性すらあると思う。
「いや、失望したりはしてないよ。単に頼む用事がなかっただけ……そうだ、たしかティッシュがなくなりそうだったから、帰ったら買い足しといてくれる?」
「――はい、承知いたしました!」
俺が空気を読んで発したしょうもないお使いに。千聡は表情を一転させて輝くような笑顔を浮かべ、弾んだ声で返事をしながら頭を下げる。
どうしてこんな事で喜ぶのかさっぱり理解できないが、嬉しそうな千聡の顔は最高にかわいいから、とりあえず善しとしておこう。
……またこの笑顔を見るために。それ以上にまた悲しい顔をさせないために、これからはちょくちょく細かい用事をお願いしようと心に決める。
――いや待てよ。喜んでもらったらいつまで経っても好感度下がらないから、普通の恋人同士になれないのか?
でも、好きな人が悲しむ顔なんて見たくはないし……。
「陛下、ティッシュがなくなるほど溜まっておられるなら、わたしを呼んで下さればいつでもお相手しますのに!」
前にもあった気がする思考のループに嵌っていると、横で潮浬が訳のわからない事を口走りはじめた。
「いや、普通に消費しただけだからね」
健全な男子高校生としてはそういう用途に使った事も否定はできないが、断固として主要な用途ではなかったと主張したい。
「閣下は、普通じゃないティッシュの使い方なんてするんですか?」
おおう、リーゼが本気で不思議そうな顔をして疑問をぶつけてくる。マジか?
「ええと……うん、ないね。全部普通の使い方だ!」
「はあ……?」
リーゼはイマイチ納得いってなさそうだが強引に押し切って、無理やり話題を変える事にする。
「ねぇ千聡。そういえば、俺のパスポートってできたの?」
「パスポートでございますか?」
…………あれ?
千聡の反応になんか嫌な予感がする。
「え、千聡が用意してくれたんじゃないの? 俺は体一つでいいって話だったから……」
「はい、道中の事は全てお任せくださいませ。パスポートの用意はありませんが、必要になる事もないと思います」
「…………」
なんか、いきなり先行きに不穏な空気が漂いはじめた。『密入国します』って言っているように聞こえるのは気のせいだろうか?
これはもしかして、行き先はヨーロッパと見せかけて実は国内パターンだろうか?
飛行機は同じ所をぐるぐる回って時間を稼いでいるとか……。
千聡は今までもわりと突拍子もない事をやっているけど、法律に触れるような事はやっていな……いや待てよ。看護師免許なしで採血とかアウトだった気もするな。
よく考えたら潮浬は13歳で子供がどうのと言っていたし、リーゼの刀も……よく知らないけど、銃刀法とかに引っかかるんじゃないだろうか?
……うん。なんか、わりとあっさり法律の壁とか超えてきそうな気がしてきたぞ。
俺が背筋に冷たいものを感じ、不安8割くらいになっていると。千聡が思い出したようにカバンからなにかを取り出し、テーブルに置いた。
「魔王様、よろしければこれをお使い頂く事はできませんでしょうか?」
テーブルを見ると、そこにあったのは板状の通信機だ。
「え、俺スマホ持ってるけど?」
「これは特別製で、衛星経由で地球上ならどこからでも通信ができますし、データを標準で暗号化いたします」
「……え、それって通信料すごく高くなったりしない?」
「経費はこちらで負担しますからご安心ください。魔王様のお許しを頂ければ電話番号等変わらずに使えますし、データを移す事も可能でございます」
「お、おう……」
そう言われてとりあえず手に取ってみるが、いたって普通のスマホだ。ネットも普通に使えるし、使用感は今のと大きく変わらない。
「いかがでしょうか?」
「普通に使いやすいけど……でも、料金を持ってもらうのは申し訳ないよ。家賃だってなしにしてもらってるのに」
「こちらがお願いして使って頂くのですから、それはむしろ当然の事です。これから先は機密性の高い情報をやり取りする事もあるでしょうから、ぜひともお願いいたします」
「う、うん……」
今にも再び土下座されそうな気配を感じて、思わず了承の返事をしてしまう。
千聡に今使っているスマホを渡すと、手際よくカードやデータの移動をやってくれた。
……実は通信の暗号化じゃなくて、千聡に内容が全部筒抜けになるようなプログラムが仕込まれている可能性とかちょっとだけ頭をよぎるが。どのみち俺のスマホには大したデータなんて入っていない。
小学校中学校と転校が多かったせいで親しい友達もいないし、家族と高校の友達の連絡先が若干と、あとはたまに撮る風景や生き物の写真くらいだ。
千聡に見られて困るような物はなにも……サイトの閲覧履歴だけは気をつけよう。
そう心の中で誓い。千聡が出してくれた夕食をみんなで食べたり、雑談をしつつ新しいスマホに慣れるべくトントンやったりしながら時間を過ごす。
千聡によると明日は早朝から活動を始めるそうなので、俺は個室の一つに入って休む事になった。
なんか雰囲気的に、俺が先に休まないと誰も動かない感じだったからね。
みんなはもう一部屋を交替で使うそうで、ちょっと申し訳なく思ったが。ソファーはすごくふかふかだったので、あそこで寝る事もできるだろう。
それをやるなら、一人だけ男な俺が別室に行くのは理に適っている。
……そう思いながら個室に入る直前。潮浬が待ちきれなかったように俺が座っていたソファーにダイブする光景が見えたような気がしたが、気にしない事にする。
そんな訳で、千聡が用意してくれていたすごく着心地のいいパジャマに着替えた俺は、お日様の匂いがするベッドへと体を沈める。
明日にはパスポートなしで密入国する犯罪者の仲間入りかな……などと気にかかる案件はあるが。さすがに大丈夫だろうという希望的観測を抱きつつ、俺は夢の世界へと落ちていくのだった……。