56 204号室の住人
俺のスマホに、204号室の住人である高宮有紗さんから、『今日帰るよー、お土産期待しててね』と連絡があった日。
俺は執務室の大きな机で、苦笑しながら画面を見ていた。
相変わらず唐突な人だなと思う反面。久しぶりに俺を魔王ではなく普通の人間として扱ってくれる人と会えると思うと、妙な安堵感がある。
了解の返事と共に。アパートが改装された事と、新たな住民が増えたので紹介すると返信するが、当然のごとく返事はない。この人からの連絡は基本最低限か、それ以下だ。
秒で返事が返ってくる千聡や潮浬とは全然違う。おおかた今頃、飛行機の中で大好きなお酒でも飲んでいるのだろう。
千聡達に204号室の住人が帰ってくる事を告げ、北海道土産を楽しみにしていると、最初の連絡から20分ほどして『着いたよー』と連絡が来た。
……前日連絡は高望みにしても。北海道からのはずなので、せめて向こうの空港から。最悪こっちの空港に着いた時点での連絡かと思ったら、このタイミングはまさかの、最寄り駅に着いてからの連絡だ。
有紗さんらしいと言えばらしいが、俺だって暇じゃないんだからそんな直前の連絡で家にいるとは……まぁいるけどさ。
千聡達に一言告げて表に出ると、アパートの入り口に。増築された執務室部分を見つめている有紗さんの姿があった。
「おかえりなさい有紗さん」
「和人君ただいまー。なんか凄いのできたねぇ」
ジーパンにTシャツと言うラフな格好に、麦藁帽子を被った有紗さん。
傍らにあるキャリーカートに乗っている箱はお土産だろうか? 発泡スチロールの箱は生もの、海産物の予感がしてテンションが上がる。
荷物を運ぶのを手伝おうと一歩踏み出しかけた瞬間、背中にドンと衝撃を感じた……。
「――ま、魔王様! お下がりください!」
初めて聞く、緊張感に満ちた千聡の叫び声。
リーゼがギターケースから刀を抜き放って俺の前に立ち。千聡と潮浬が俺を守るように、その斜め後ろを固める。
背中に感じた衝撃は、イリスさんが気を失って倒れ。俺にぶつかったらしい。
よく見るとシバまでが、リーゼの足元で歯を剥き出しにして唸り声を上げている。
……これ、なんの騒ぎ?
「魔王様、お逃げください! ここは我々が命に代えても時間を稼ぎます! 潮浬、魔王様を……『いやいや、ちょっと待って!』
千聡の鋭い声が飛び、今にも潮浬が俺を抱えて走り出そうとする直前。ギリギリ制止の声が間に合った。
一時停止状態になった千聡が『なにを言って!?』みたいな表情を向けてくるが、その顔をしたいのは俺の方だ。
有紗さんも戸惑って……あれ? なんか今まで見た事ないような真面目な顔を……ちょっと怖い感じの目をしていらっしゃる?
「……とりあえず、話をしましょうか」
これまた初めて聞く、有紗さんの低い声。
あれ、もしかして状況分かってないの、俺だけだったりする……?
なんか空気がビリビリ張り詰めた緊張感の中。千聡達は俺の回りをピッタリと固めて離れようとせず、ゆっくりと位置を変えて執務室の入り口前を空け、有紗さんを中へと入れる。
なんかの儀式だろうか?
有紗さんは荷物を持ったまま執務室の奥へと進んでソファーに腰を下ろすが、俺としてはお土産が気になってしょうがない。
発泡スチロールの箱は生ものだと思うので、一応氷は入っているのだろうが、できるだけ早く冷蔵庫に移したい所だ。
でもそんな事を言い出せる雰囲気ではなく。俺達も執務室に入って、有紗さんと最大限の距離をとった状態で向かい合う。
俺達が入り口側なのは、有紗さんを逃がさないようにしているのか。あるいはさっきの話を聞くと、俺達が逃げやすいようにしているのかもしれない。
それはともかく、有紗さんとの間はアパートの部屋四つ分の距離があるので、結構な遠距離対面だ。
俺は視力がいい方なので普通に表情とかわかるけど、声はちょっと大きめでないと聞こえにくい。
そして、俺には潮浬が執務机の椅子を持って来てくれたが、千聡達は立ったまま。座ろうという気配さえない。
むしろリーゼに至っては、いつもは護衛として後ろに立つのに。今日は前に立って抜き身の刀を有紗さんに向けて構えたまま、一切視線を逸らさない。
有紗さんが麦藁帽子を取って脇に置いただけで、その動きに反応して全員に緊張が走るのがわかる。
客船でマフィアのボスと対峙した時や、テロリストに襲われた時にさえなかった、圧倒的な緊張感だ。
さすがにちょっと失礼な気もするが。有紗さんに気を悪くした様子はないので、いいのだろうか?
イリスさんは千聡が回収して部屋の隅に寝かせて……というよりも転がしてあるが、あれもいいのだろうか?
色々疑問は尽きないが、ともかく話がはじまる。
意外な事に、先に口を開いたのは有紗さんだった。
「そっちで寝てる人は知らないけど、和人君以外の三人はあたしが誰だかわかるみたいね。……そっちのワンちゃんもかな?」
大きくはないが、よく通る声。
酔い潰れているイメージが圧倒的に強くて今まで意識した事がなかったが、有紗さんはシラフでいれば大学のミスコンで優勝したというくらいの美人だし、声も綺麗だ。
足を組んでソファーに座っている姿は、妙な貫禄もある。
ちょっと感心しながら見ていると、極限まで張り詰めた空気の中。千聡が岩のように硬い声で返事を返す。
「姿が変わっていても、一目でわかりましたよ。忘れもしません、貴女は我々の仇敵。魔族を滅ぼそうとし、魔王様に深手を負わせ、我々がこの世界に飛ばされてくる原因を作った、勇者クロムスですね?」
……おっと、まさかのワードが飛び出した。
いや、魔王がいるんだから勇者がいる設定でもおかしくはないし。魔族と勇者といえば敵同士だから、そりゃ仲悪いのはわかるけど。よりによって有紗さんが勇者か……。
これは事前に話が通してあったりするのだろうか?
個人的なイメージでは、有紗さんは勇者じゃなくて完全に遊び人だけどね……。
一人そんな事を考える俺をよそに。緊張感は依然として最高潮のまま、有紗さんと千聡達の話が始まろうとしていた……。
現時点での世界統一進行度……0.16%
・西日本の魔族と小さな拠点がいくつか
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を配下にしたかも?
千聡の主人公に対する忠誠度……100%→ 『なぜここに勇者が……いざとなったらこの身を盾にしてでも、魔王様をお守りしなくては』