77 新学期(1)「友人」
友人の笠井が潮浬の大ファンだった事を思い出し。そっと視線を右に移すと、その本人と目が合って軽く微笑まれた。
……とりあえず俺も愛想笑いを返して、視線を笠井に戻す。
「そういえばオマエ、若槻潮浬のファンだったよな?」
俺がその言葉を発した瞬間、笠井の目の色が変わる。
「そうなんだよ聞いてくれよ! 夏休み中に潮浬様体調崩されたらしくてさ、コンサートの予定とか全部白紙だよ! あの話聞いた時は心臓止まるかと思ったわ!」
「お、おう……」
潮浬様?
一瞬笠井も魔族の一味なのかと思ったが、多分ただの痛いファンだ。
突然の大声にクラス中の注目が集まるが、結構な数が賛同するように頷いている。ホントに人気なんだな潮浬。
「一時はそのまま引退説まで流れてさ、夜も眠れずにネットに張り付いて必死に情報集めてたけど。幸い新曲は出るみたいだし、録画でのテレビ出演とかは続いてるから、重症ではないみたいだけど……はぁ、マジで心配だわ」
……当の本人は極めて元気で、なんなら今お前の後ろの席に座ってるけどね。
そう思いながら視線を潮浬に移すと、また目が合った。
どうやらこちらを見てはいるものの、視点は完全に俺固定らしい。
熱心なファンが目の前にいるのに、ちょっと冷たい気もする。
アイドルだとバレないようにわざわざ変装しているくらいなので。身バレは無理としても、笑顔を向けるくらいはしてあげてもいい気がするのだが……まぁ無理なんだろうね。
ヨーロッパ旅行の客船で会ったシャルナークさんを思い出すが、あの人も潮浬の熱心なファンだったのに、扱いはすこぶるぞんざいだった。
一応、ちゃんと理由あっての事だったけどね……。
それにしても、スマホの壁紙を潮浬の写真にしているくらいのファンである笠井相手に、この距離で。手を伸ばせば触れられる近さで全く疑われもしないとは、潮浬の変装は大したものだ。
俺は自分の世界に入り込んで潮浬の魅力を語り続けている笠井をそっと放置して、スマホを操作して潮浬にメッセージを送る。
『変装すごいね、全然バレてないよ』
『はい。変装のコツは別人のイメージを作り上げて、それを正確に演じる事です。外見はもちろん、仕草や口調。趣味や匂いまで完璧になりきれば、そうそうバレるものではありません。もし陛下がお好みのタイプなどありましたら、完璧に演じて見せますのでぜひおっしゃってください』
わりと長めの返事が、すぐに返ってくる。
後半部分は見なかった事にしよう。
『油断して素が出てバレたりしないように気をつけてね』
『アイドルのわたしも演じている姿ですから、うっかり地が出た所でバレる事はないと思います』
『ああ、なるほど……素の潮浬って家にいる時みたいなの?』
『近いですが、あれはあれで陛下に好まれるよう日々試行錯誤を重ねていますから、完全に素ではありませんね』
…………。
もしかして潮浬が最近髪型をポニーテールにしている事が多いのって、俺の好みを把握されつつあるのだろうか?
『参考までに訊きたいんだけど、完全に素な潮浬ってどんな感じなの?』
『そうですね、有無を言わさず陛下を襲って子を授かるとかでしょうか?』
……それは素じゃなくて本能とか欲望の類だし、普通に犯罪だ。……犯罪だよね?
俺が潮浬を襲ったら間違いなく犯罪だが、潮浬が俺を襲っても犯罪になるのだろうか?
なにかの法律に触れそうな気はするが、その前に被害届が受理されないような気がする。
俺が『潮浬に襲われました』って言っても、『なんか頭おかしいやつが来たな』で済まされそうだ。俺が話を聞く側だったら間違いなくそう思う。
そんな事を考えている間に席替えのゴタゴタも落ち着き、ホームルームが再開された。
先生が話をしている間はさすがの潮浬も前を向いているが、俺が視線を向けると少しだけ首を傾けて、視線を合わせてくる。
思わずドキリとしてしまうほどにかわいいけど、潮浬は真横が見えたりするのだろうか?
千聡もちゃんと前を向いているし。リーゼは後ろなのでわからないが、先生が注意しないのを見ると、ちゃんとしているのだろう。
――ただ、三人共なにやら近寄るなオーラ的なものを放っていて。さっきも話しかけたそうに見ている人が何人もいたが、ついぞ誰も声をかけてこなかった。
三人の親戚と紹介された俺にも、千聡達が放つ近寄るなオーラが効いているのか。あるいは延々潮浬について語り続ける笠井にドン引きしたのか、だれも話かけてはこなかった。
千聡達が放つ近寄るなオーラの強さは相当なもののようで、次の休み時間には緊張した様子で話かけてくる人もいたが、二・三の質問だけで逃げるように帰って行った。
戻った先で集まって、『話しちゃった!』とか『~だって!』とか言って盛り上がっているので、悪い印象を与えている様子はない。
美人過ぎて話かけにくいとか近寄りがたいとか、そんな感じに変換されているのだろう。
唯一笠井だけは平気で俺に話かけてきたが。『なんか夏なのに寒気がするな、風邪でもひいたかな?』と言っていたので、千聡達の威圧が効いてはいるらしい。
多分本人が鈍いのだろう。無口で愛想もよくなかった入学当初の俺に、一方的に話しかけてきたくらいだもんな……。
転校が多かったせいで友達付き合いが苦手だったあの頃の自分を思い出し。そんな俺に笑顔で接してくれた笠井の姿を思い出して、暖かい気持ちになる。
帰ったら、笠井だけは威嚇しないようにとお願いしておこう。
そんな事を考えながら、美少女転入生を一気に三人も迎えてざわついた空気の中。新学期が始まるのだった……。
現時点での世界統一進行度……0.24%
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
千聡の主人公に対する忠誠度……100%→
※シャルナークさんの話は、30話~32話をご参照ください。