80 天川神社
天川さん家の神社は、学校から歩いて30分くらいの山の中腹にあるらしい。名前はストレートに、『天川神社』だ。
みんなで歩くのかと思ったら、千聡が『現地集合にいたしましょう』と提案し。俺達は一旦表向き千聡達の家に帰った後、車で向かう事になった。
天川さんは自転車通学らしいので、本人もその方がいいのかもしれない。
千聡達もお祓いに同行したいという申し出に、最初困惑していた天川さんだったが。千聡が『和人君が心配なのでお願いします』と頼み込むと、『四人は本当に仲がいいんだね』と言って了解してくれた。
仲は……いいのは間違いないな。普通の仲とは違うけど……。
ちょっと複雑な気持ちでいると。神社へ向かう車の中で、千聡がわりと真剣な表情で口を開く。
「魔王様。あの天川という娘について調べましたが、今の所怪しい情報はありません。ですが新学期の初日に魔王様の異常に気付いたと言っていたのに、今日まで10日間接触してこなかったのは不審でもあります。なにかの準備をしていた可能性もありますから、ご用心くださいませ」
「準備って、お祓いの準備じゃないの?」
「それなら問題ありませんが、なんらかの罠という可能性もありますから」
「あー、うん……」
さすがに心配しすぎだと思うが。魔族絡みで向こうから接触してきた案件だと考えれば、なるほど警戒するに越した事はないのだろう。
少しだけ緊張感を持って、俺達は神社の近くで車を降り。石段を登って天川さんの元へと向かうのだった……。
(あ、俺もうダメかもしれない……)
俺は今、命の危機を感じる状況にいる。マジでヤバイ。
なにがヤバイって、神社の石段が300段くらいあるのだ。
残暑厳しい9月の、まだ太陽が照りつけている時間帯。300段の石段登りは普段運動をしない俺にとって、がっつり生命力を削り取ってくる悪魔のトラップだった。
軽くめまいがして、緊張感どころの話ではない。
千聡が飲み物をくれたり、リーゼが気を使って『背中に乗りますか?』と言ってくれたりしたが。さすがに女の子に背負われて石段を登るのはどうかと思ったので、精一杯の虚勢を張って遠慮した。
ていうか、天川さんは毎日この石段を昇り降りしているのだろうか?
俺だったら二日目で家出する自信がある……。
足をガクガクにしながらなんとか石段を登り切ったが。千聡達は息を切らせるどころか、汗一つかいていないのはどういう訳だろう?
これが魔族の力なのだろうか? 魔王らしい俺には全くご利益ないんだけど……。
「あ、烏丸君いらっしゃい」
石段を登った所で息を整えていると、妙に明るい声が聞こえてくる。
顔を上げると、そこにはクラスメイトの巫女服姿があった……うん、ちょっと元気出てきたぞ。
黒髪ポニーテールの巫女さんにエネルギーを貰い。ちょっと復活した俺は、挨拶を返して本殿の中へと案内される。
一瞬潮浬の目が鋭かったのは、気のせいだと思いたい……。
「ここで待ってて、お茶持ってくるから」
天川さん家の神社はかなり大きく、お社も立派だった。
俺達は奥の一室に案内され、天川さんは一旦席を外す。
5メートル四方くらいの部屋は木の香りと、お香のようなちょっと変わった。でも不快ではない匂いが漂っている。
入り口から左にワラを編んだような涼しげな座布団が一つ。右に四つ並んでいて。奥には一段高くなった場所が細いロープで囲ってあり、白い紙を折った飾りのようなものが等間隔にぶら下がっている。
いかにも神社という感じで、厳粛な空気に自然と正座をしてしまう。
ここは少し高い所にあるからなのか、あるいは空気感ゆえか。エアコンがないのに少し涼しく感じられた。
……天川さんが戻ってくるまで祭壇みたいなのを眺めていると、となりの千聡が声を落とし。緊張を含んだ様子で言葉を発する。
「リーゼ。貴女が言っていた違和感はこれですか?」
「はい」
「――魔王様、お気をつけ下さい。なにか嫌な感じがいたします」
そう言われても俺はなにも感じないし。なんなら非日常感にちょっとテンションが上がったりしているが、千聡達三人は全力で警戒モードである。
なんだろう、魔族と神社は相性が悪かったりするのだろうか?
そんな事を考えていると、お盆に麦茶が入ったグラスを乗せた天川さんが戻ってきた。
「お待たせ。石段登って疲れたでしょ、お祓いは一休みしてからにしようか」
そう言いながら、俺達の前に氷が浮かんだ麦茶が入ったグラスを配ってくれる。
……天川さんが変な物を盛るとは思えないが、千聡によそで出た飲食物は口にしないようにとお願いされているので。ちょっと口をつけるふりだけして、天川さんに視線を向ける。
キレイな姿勢で正座をし。両手を添えて優雅な動作で麦茶を口に運ぶ巫女さんの姿。すごく絵になるな……。
「烏丸君、辛かったら足崩してもいいよ」
「……失礼します」
俺の様子を見てだろう、天川さんが気を使ってくれる。
普段から正座慣れしていない上に、石段を300段も登ってガクガクの状態で正座をした足は急速に限界を迎えていたので、お言葉に甘えて楽な姿勢にさせてもらう。
その様子を微笑ましそうに見る天川さんからは、悪意の類は全く感じられない。やはり千聡達が気にしすぎなのではないだろうか?
そんな事を考えていると、となりの千聡が硬い声を発する。
「新学期の初日からま……和人君の異常に気付いていたという話でしたが、今日になって声をかけてきたのはなにか理由があるのですか?」
お、千聡が言い間違えかけるとは珍しい。
「ごめんね、お祓いに使うお札を準備するのに時間がかかったんだよ。一日10枚くらいしか書けないし、初めてだから何枚いるか分からなくてさ。とりあえず多めに100枚用意したから、多分大丈夫なはずだよ」
おおう……手書きのお札100枚とか。もしかしてとんでもない手間をかけさせたのではないだろうか?
そしてサラッと、『初めて』と聞こえた気がするんだけど……。
「なんかすごい手間をかけさせちゃったみたいだけど、ごめんね」
「いいよいいよ。こっちから言い出した事なんだし、私にとっても貴重な経験だからさ」
「……そういえば、お祓い初めてって聞こえた気がするんだけど?」
「うん。普通の厄払いとかならお父さんのお手伝いでやった事あるけど、決まった相手を狙い撃ちにするのは初めて。……あ、大丈夫だよ。ちゃんと予習はしてあるから!」
なんか今日の天川さんは、学校でのお堅い優等生イメージとちょっと違う気がする。
「天川さんもしかして、ちょっと楽しみにしてる?」
「あ、わかる? 弱い霊とかだとお札だけで消えちゃうからさ。こうして本格的にやる機会って、実はすごく貴重なんだよ。子供の頃から憧れていた夢が叶ったような感じかな」
「弱くない霊って、危なくないの?」
「危ない事もあるけど、大丈夫。私にはこれがあるから!」
天川さんはそう言って、部屋の隅に用意されていた弓を手に取る。そういえば弓道部だったね。
「……ちょっと待って、霊に弓って効くの?」
「普通は効かないけど、これなら効くはずだよ!」
天川さんはまるでオモチャを自慢する子供のように。嬉しそうに楽しそうに、木でできた筒から一本の矢を取り出した。
――その瞬間。俺は背中に氷でも入れられたように寒気を感じ、となりでは『ガタッ』と音がして、千聡達が同時に立ち上がった……。
現時点での世界統一進行度……0.24%
・日本の魔族勢力を全て配下に
・魔族の小勢力三つ
・イリスルビーレ公爵を正式に配下に
千聡の主人公に対する忠誠度……100%→