第78話:2部リーグ開幕戦
ドイツに一番熱い日がやってきた。
新しいシーズンである開幕戦の日。
我らがF.S.Vのリーグ戦の初戦である。
『ピピー!』
審判の笛と共に開幕戦がキックオフとなる。
いよいよ今シーズンがスタートするのだ。
『コータ。展開によっては、後半から出す。準備しておけ』
『はい、監督!』
嬉しいことにオレは、今シーズンもレギュラー選手になることができた。
前半は昨シーズンと同じくベンチスタートとなる。
オレの身体は成長期の十四歳で、心肺機能などのスタミナは大人には叶わない。
だから二軍からの付き合いがある監督が、配慮してくれた采配。つまりオレは今シーズンも、後半から出場をいう訳である。
前半戦はチームメイトを信じて、ベンチから試合内容を観察しておく。
「それにしても二部リーグの開幕戦は、凄い迫力だな……」
試合展開を観察しながら、スタジアムの雰囲気も眺める。
ベンチにいながらも満員のホームスタジアムの熱気に、思わず押されそうになる。
今日はF.S.Vホーム戦ということもあり、味方のサポーターが観客席には圧倒的に多い。
彼らはキックオフ前から、大歓声で応援合戦をして、ボルテージも最高潮であった。
サッカー好きのこの街の市民は、地鳴りのような声援でスタジアムを揺らしている。
「あれ? このスタジアム……なんか、観客席が増えたような?」
あることに気がつく。
ホームタウンの観客の数が、明らかに増えている。三ヶ月前の前シーズンの最終戦では、満員御礼でもこんなに観客は入らなかったはずだ?
でも、たった三ヶ月でスタジアムが拡張するはずはない。では、オレの気のせいかな?
「気のせいじゃないわ。このF.S.Vスタジアムは観客席を増員したのよ、コータ。あなた忘れたの?」
「あっ、エレナ。そうだったっけ?」
ベンチの後ろにいたエレナは、不思議そうな顔をしていたオレに教えてくれる。先月の選手ミーティングで、クラブ幹部から説明があったと。
「あんたも選手ミーティングで聞いていたはずよね? 二部リーグ昇格に備えて、席を増設したって」
「あっ! そう言われてみれば、たしかに……」
エレナに言われて、だんだんと思い出してきた。
昨シーズンまでのF.S.Vスタジアムは、二万人未満までしか収容できなかった。
だが好調なF.S.Vを見にこようとして、入場できない地元民が昨シーズ後半は急増したのである。
だから余剰スペースに突貫工事で観客席を増設して、3万人まで収容できる……と説明を受けたような気がする。
すっかり忘れていたけど、ようやく思い出してきた。
「元々このF.S.Vスタジアムは、3万人まで収容できたのよ。ここ10年は調子が悪かったから、維持するため2万人に縮小していたのよ」
「なるほど、そういうカラクリか」
エレナの説明で納得する。
いくら突貫工事でも、たった3ヶ月で1万人の場所を建設はできない。
だが、もともとスペースに余裕があったスタジアムに、元の1万人の席を戻したのなら納得がいく。
「そのお蔭で開幕のチケットは、即完売だったわ。昔のようにF.S.Vのファンが、だんだんと戻ってきてくれたのよ」
「そうか。それは吉報だね、エレナ」
今から20年前、F.S.Vはドイツ1部リーグで優勝して、繁栄を築いいた。
だがここ10年は低成績が続いて、四部降格の危機さえあった。
一昨年の最下位争いをしていたときは、ホーム観客数が5千人をきった時もあったという。
まさに暗黒の時代にオレは入団テスト受けていたのだ。
(チームが勝ち続けると、お客さんは入ってくれるのか……凄いな)
だが今は3万人の増設スタジアムでも、入りきれない観客が観に来ようとしてくれていた。
これは昨シーズン、死に物狂いで頑張ったオレたち選手にとって、何よりも嬉しい話である。
「もともと、この地域位の人たちはサッカーが大好きだからね、コータ。好成績さえ続ければ、観客はもっと増えるわ……」
エレナはF.S.Vの応援団に視線を向ける。
そこには老若男女を問わず、この街の人たちがF.S.Vカラーを身につけて叫んでいた。
開幕戦をなんとか白星でスタートさせるために、彼らも必死で応援してくれているのだ。
「最終的には5万人クラスを収容できるスタジアムを、この街に新設したいわ」
「ご、五万人も、エレナ?」
「そうよ、5万人よ。何年かかるか分からないけど、1部リーグに返り咲くために、新スタジアムの構想は必須なのよ」
サッカークラブの運営の中で、ホームタウンのチケット販売は大きな比率を占める。だから将来的に1部リーグで戦い抜くためには、大きなスタジアムが必要だという。
それ以外にも多くの難関があるの。サッカークラブ運営は何年も先に行動を起こしていかないといけないのだ。
「エレナは本当に凄いね」
エレナは特別アドバイザーとして、オレの知らないところで頑張っている。五年後、十年後の未来を見据えて、努力と行動を続けているのだ。
「あなたたち選手に比べたら、たいしたことないわよ。私たち経営陣に出来ることは少ない。何しろ1部リーグに返り咲くには、一番大事なのは勝つことよ。勝ち続けて昇格しないと、全てが無意味になるわ……」
この時代のドイツ二部リーグは、群雄割拠の激戦である。
全部で18チームが、優勝を目指してしのぎを削っていた。その中で1軍に昇格できるのは、最上位の数チームにしか資格は与えられない。
とにかく上にいくには勝って、勝ちまくるしかないのだ。
◇
『ピピー!』
そんな時、開幕戦が動く。
前半35分が経ったところで、相手にフリーキックを与えてしまったのである。
今のところは1対1で同点であった。
だが、ここで相手に得点を決められてしまったら、流れは完全に相手にいってしまうであろう。
F.S.Vの開幕戦に訪れたターニングポイントであり、最大のピンチ。
同じベンチにいた監督は、険しい顔をしている。このピンチをどう打開するか、アイデアを出せないでいたのだ。
『あのー。監督、ちょっといいですか?』
『どうした、コータ?』
ここが勝負時だと察知したオレは、監督に声をかける。タイミング的にはここしかない。
『ボク、交代いけます!』
『なんだと? だが、まだ約束の後半ではないぞ?』
オレは後半の45分だけの出場と、前から約束をしていた。
だが今から交代してしまえば、合計で55分の出場となってしまう。
『ボクは十四歳になったので、スタミナも去年の開幕戦よりも三割くらいアップしているんです、監督』
オレがドイツリーグの試合でフル出場できるのは、心肺機能や骨格が成長しきった十六歳ぐらいであろう。
だが個人的に七月のチームキャンプで体感したことがある。それはオレが成長していたこと。
スタミナが去年よりも大幅にアップしており、激しいドイツリーグでも55分くらいなら問題はないはずなのだ。
ちなみに来年の十五歳の時には70分以上。
更に十六歳の時には、ようやく90分のフル出場のスタミナが身についているはずである。
『なんじゃと⁉ コータがいけるなら、最善の手が打てるではないか! よし、それなら交代だ。 審判!』
監督は動き出す。
選手交代のために、急いで審判に合図する。
「じゃあ、エレナいってくるよ。F.S.Vが凄いチームに返り咲くためにね!」
これはオレがドイツにいる間の、目標であり夢であった。
お世話になっているF.S.Vには、再び栄光の時代が来てほしい。
そのために目指すべきは二部リーグの頂点であり、1部リーグへの昇格であった。
「うん。頼んだわよ、コータ」
エレナに送りだされて、オレはピッチに進んでいく。
ついに交代選手として開幕戦に参戦するのだ。
『おい、14番だと⁉』
『まさかコータ・ノーロが、この時間から投入されるのか⁉』
『うちの“小さなサムライ”は45分だけの秘密兵器だったんじゃないか⁉』
交代のサインにスタジアム全体がざわつく。
サポーターもオレの時間制限の噂は聞いていた。
だから昨シーズンとは違う出場の状況に、彼らも戸惑っているのだ。
『なんだと⁉ 14番が、もう出てくるだと⁉ おい、聞いていたデータと違うぞ!』
『やつのデータを急げ。こっちも戦術を変更しないと』
それは敵のベンチも一緒であった。
昨年のF.S.Vの躍進の原動力の一つ……オレの突然の投入に混乱している。
相手のチャンスのフリーキックのはずが、一気に状況が逆転した。
『コータ、お前、大丈夫なのか?』
『本当にいけるのか?』
交代してピッチに入ると、チームメイトまで驚いていた。
それもそのはず。オレのスタミナがアップしていたことは、彼らにも内緒にしていたのだ。
『えへへ……黙っていて、ごめんなさい、皆さん。ちょっと早いですが、来ちゃいました!』
同じく驚いているチームメイトに、事情を話し謝っておく。
相手チームを混乱させるために、今までスタミナアップのことを隠していたことを。
『なんだ、そういうことか……』
『相変わらず読めないヤツだな、コータは……』
『“敵を欺くには味方から”……です。ごめんなさい』
厳しいサッカーの世界では、どこで情報が漏れるか分からない。
まさに戦国時代のように、権謀術数が繰り広げられるのだ。
『だが、コータ君が早めに投入されたことで、チャンスです』
『ああ、そうだな、ユリアン。前半のうちに逆転するぞ!』
『よし、フリーキックを乗り切って、カウンターでいくぞ!』
チームメイトはすぐに気持ちを切り替えてくれた。
1年以上のオレとの付き合いで、彼らも慣れてきたのかもしれない。
よし。これならいい感じである。
チームの連携も最高のパフォーマンスを発揮できそうだ。
『じゃあ、皆さん、いきましょう!』
こうしてオレの二部リーグでの開幕戦はスタートする。
◇
そして1時間後。
試合は3対1で勝利することができた。
新生F.S.Vは開幕戦で好スタートを切ることが出来たのだ。