第88話:友とのクリスマスナイト
ユベトスU―18との激戦の翌日となる。
試合の翌日ということで、今日はチーム練習も休みとなっていた。
またドイツリーグは今年の12月分の試合のスケジュールを、昨日で終えている。
今日からクリスマスを含む長期オフに突入していた。
「そろそろ時間かな?」
そんな試合の翌日、オレは待ち合わせをしていた。
場所は地元F.S.Vの中心街で、時間は夕方。
今ちょうどドイツのクリスマスシーズンいうことで、街の至る所は華やかに賑わっていた。
「あっ、ヒョウマ君! ここだよ!」
待ち合わせをしていた相手は、ヒョウマ君であった。
昨日の試合の後に、会う約束をしていたのだ。
「急に呼び出してごめんね、ヒョウマ君。まだイタリアに帰らなくて大丈夫だったの?」
「オレ様たちユベトスも、今日からクリスマス期間でシーズンオフ。だから大丈夫だ」
「あっ、そうか。もうすぐクリスマスだったね」
この時代のイタリアリーグは12下旬から1月上旬まで、2週間ほどのクリスマス期間シーズンオフがあった。
だから昨日の試合の後もヒョウマ君は、ドイツに滞在していたのだ。
ちなみにオレたちのドイツリーグは、12月下旬から1月下旬まで1ヶ月以上の休みがある。
他国リーグに比べてかなり長いが、これは降雪国であるドイツならではの冬季シーズンオフだという。
「こっちのドイツの12月は寒くない? 大丈夫、ヒョウマ君?」
「もちろん温暖なイタリアに比べたら寒い。だが日本でオレたちが住んでいたのは、あの豪雪地帯だぞ。忘れたのか、コータ?」
「あっ、そういえば、そうだったね。ボクたちの街は寒かったもんね。あっはっはっは……すっかり忘れていたよ」
日本を離れて二年近くになる。
帰国のするのも正月の一回だけなの、すっかりドイツの感覚に染まっていたのかもしれない。
「相変わらず、抜けているな、コータは」
「そっかな……? 自分では普通の中学生のつもりなんだけど?」
「まあ、それもお前らしいだなが」
ヒョウマ君は苦笑いしていた。でも優しく笑っている。
いつものヒョウマ君の笑顔である。
そんな彼の表情を見て、オレは今日の本題を思い出す。
「あっ! そういえば、ヒョウマ君、ごめんなさい!」
「ん? なんのことだ?」
「ほら……前回の試合の後に声をかけてもらったに、ボクが逃げ出してしまって……」
それは2ヶ月前のことである。
イタリアで試合の後、ヒョウマ君はスタジアムの廊下で声をかけてくれた。
だが暗い霧の中に堕ちていたオレは、逃げ出してしまったのだ。
レオナルドさんに惨敗した悔しさから。そしてヒョウマ君に相応しくない男だと、自分自身に闇落ちしていたのだ。
「なんだ、そのことか。オレ様は別に気にていないぞ」
「でも、ボクは平常心を失っていた訳で……負けたからスポーツマンシップを無くしていた訳だし……」
サッカー選手たるもの、常に紳士でなくてはいけない。
たとえ負けた試合の後でも、相手に敬意を払っていかなければいけない。
それなのにオレは悔しさと嫉妬で、醜い態度をとってしまったのだ。
「気にするな、コータ。人は万能の存在ではない。それにオレ様たちはまだ中学生だ。無理はするな」
「万能じゃない……か。たしかに、そうだね」
「それにオレ様でも試合に負けたら悔しい。どうしても勝てない相手を、妬んだこともある」
「えっ、ヒョウマ君でも? そんな……?」
「ああ、だから気に病むことはない、コータ」
「そっか……そうだね。ありがとう、ヒョウマ君!」
ヒョウマ君の言葉のお蔭で元気が出てきた。
さすがはオレの尊敬する人である。精神的にも更に大人に成長していた。
よし、オレも負けた経験を糧にして、どんどん成長していこう。
「ふっ、相変わらず、復活が早いな。精神が図太いというか、単純というか……」
「あー、それは言いすぎだよ、ヒョウマ君! いくらなんでも!」
「気にするな。イタリアジョークだ」
「えっ、ヒョウマ君はジョークを⁉」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
オレのボケに対して、ヒョウマ君が突っ込む。このやり取りは日本にいた時以来であった。
本当に懐かしくて楽しい時間だ。
「そういえばコータ。昨日の試合は大活躍だっな」
「うん、ヒョウマ君、ありがとう」
今のオレたちはリーグ戦の敵同士である。
だから昨日の試合のことに関しては、あまり深くは語れない。
だが今は敵ではなく、友として語り合う時間だ。
「たった2ヶ月、あの変人の裏をかくとは、本当に大した男だな、お前は」
「あの変人って……もしかして、レオナルドさんのこと?」
「ああ、ユベトスFCでも一番の不可思議な奴だ」
レオナルドさんとヒョウマ君は同じクラブに所属していた。
それでもあの天才レオナルド・リッチを変人呼びするなんて、凄い度胸である。
でもレオナルドさんは、ヒョウマ君のことを凄く評価していた感じだった。もしかしたら何か関係あるのかな……。
「ねえ、ヒョウマ君とレオナルドさんって、どういう関係なの? 関係っていってもサッカーのことなんだけど……」
オレは勇気を出して口を開く。
その疑問は2ヶ月前から気になっていたことだった。
二人の関係は普通ではなく見えていた。
オレとの5年間を超えるコンビネーションを、レオナルドさんは1年でヒョウマ君と結んでいた。
見ているだけでも分かる深い関係。
その嫉妬の妄想は、オレが暗い霧の底に堕ちてしまった原因の一つである。
「あの変人との関係だと? たいしたことはない。あれは、そうだな……」
ヒョウマ君は静かに語ってくれた。
1年前にユベトスU-12のテストに合格した時のことを。
入団テストを見に来ていたレオナルドさんに、ヒョウマ君は目をつけられたと。
それ以降のレオナルドさんは、何かとヒョウマ君とプレイをしたがっていく。
強引に一緒のチームに入れられたりして、そこで連携を無理やり身に着けたという。
よく考えるとかなり強引な手段。
だが相手はユベトスのレギュラー選手であり、ヒョウマ君も無下には相手はできない。
それで仕方がなく、相手をしていたという。
「なんだ、そういうことだったのか……」
ヒョウマ君の説明を聞いて、思わずほっとする。
特に二人は親しい関係ではなかった。
同じクラブの先輩としてレオナルドさんが、後輩のヒョウマ君のことを可愛がっていただけなのだ。
それならひと安心した。心の中にあったモヤモヤが、キレイに無くなっていく。
「見ての通り、あの男はプライベートでは変人だ。だがサッカーに関しては、レオナルド・リッチは紛れもなく天才の部類に入る」
「そうだね、ヒョウマ君……レオナルドさんは本当に凄い人だね……」
2度の対戦で実感していた。
あの人は本当に才能の人だと。
昨日の試合でF.S.Vヤングが勝てたの、本当に運が良かっただけ。ユリアンさんたちチームメイトのサポートがあったから勝てたのだ。
次に対戦したら対策を練られて、負ける可能性の方が大きい。それほどまでレオナルドさんは強大な相手なのだ。
「安心しろ、コータ。あの変人は、もうUCLヤングリーグには出場しないぞ」
「えっ?」
「あいつはセリエAが本職だからな。昨日の試合の後に、監督から叱られたらしい。つまり昨日の試合で“遊び”は終わりらしい」
「そうか。それはちょっと残念だったね……」
そうかレオナルドさんとはUCLヤングリーグで、もう対戦できないのか。
あの人との対戦は、人生の中でもトップクラスの刺激的であった。
何しろレオナルドさんのプレイスタイルは、オレと似ている部分がある。
だから、もっと対戦して勉強したかった。
今の自分に足りない分や、サッカーの奥深さを覗いてみたかったのだ。
「あのレオナルド・リッチを相手にして残念とは……本当に肝がすわっているな、コータ」
「そうかな? でもサッカーは本当に楽しいからね! 年明けの試合も楽しみだよね!」
クリスマスの街並みを見ながら、ヒョウマ君と話をしていく。
ゆっくりとした二人だけの時間である。
「そっちのドイツサッカーも面白そうだな、コータ?」
「凄く面白いよ! そういえば天才といえば、うちのチームのユリアンさんも凄くなかった?」
二人で話す内容は、サッカーのことばかり。互いのクラブのことを交互に語っていく。
「あのサラサラ金髪のDFか? ああ、そうだな。優男な外見に反して、プレイは恐ろしい選手だったな、アイツは」
「そうでしょう! あの人は実はF.S.Vのオーナーの孫で、貴族系の御曹司なんだよ!」
そして本当に他愛のない内容。サッカーの本場にいる選手同士とは思わない話。
「それは凄いな。実はうちのユベトスU―18にも、同じような奴がいるぞ。まあ、こっちはコネで入ったダメなヤツだなが」
「そうなんだ! ヨーロッパには色んなサッカー選手がいるんだね! あははは……」
だがオレは最高に幸せな気分であった。声を上げてビックリしたり、心から笑っていた。
「あと、ユリアンさんの妹で、エレナって女の子もいるんだ」
「エレナだと? ほう……コータの口から妹以外の女の名前が、出てきたのは初めて聞いたな?」
「あれ、そうだっけ? ボクは忘れちゃったかも?」
「だろうな」
もしかしたらドイツに来て、一番幸せな時間かもしれない。何しろ心から尊敬するヒョウマ君と、ゆっくりと話ができるから。
「どうせ、そのエレナという女も、お前と同じサッカーバカなんだろう?」
「そう、よく分かったね、ヒョウマ君! エレナはお嬢様な13歳なのに、監督の資格もある凄い子なだよ!」
そしてサッカーが盛んなヨーロッパで、同じ空気を感じている。それだけ最高に幸せな一時だった。
「それから……」
「ふん。相変わらずなコータ」
「そういえば、ヒョウマ君の方は……」
「ああ。イタリアでは……」
その後もヒョウマ君と、いっぱい話をしていった。
ヨーロッパでの互いの生活のことを。
面白かったことに、驚いたことを。
今後のサッカーの夢や目標について、二人だけで語りあっていった。
「ふう……。また次に会うのは、どこかのスタジアムかな、ヒョウマ君?」
「ああ、そうだな。次はオレ様の方がリベンジマッチだな、コータ」
ヒョウマ君と再会を誓い合う。
今回は色んな事件と障害があった。
でも今では、それすらも楽しい思い出の一つになっている。
とにかく今日は人生でも最高に楽しい夜。
最高のクリスマスとなった。
「本当に今年も一年、楽しかったな……」
オレのドイツでの2年目は激動の連続であった。
だが順風に乗って、こうして流れていくのであった。
◇
『ドイツ留学2年目編』はこれで終わりとなります。
次からは最終年の3年目となります。
たくさん方に読んでいただき、本当にありがとうございます。
ここまでの評価や感想などありましたら、すごく嬉しいです。お気軽にどうぞです。
今後も頑張っていきます!