第89話:【閑話】ユリアンとレオナルドのクリスマス
《レオナルドとユリアンの話》
これはコータとヒョウマが語り合ったクリスマスの夜。
同じ日の出来ごとである
『やあ、ユリアン。やっぱり、ここにいたのかい?』
『ん? レオ? なんで、この店に? イタリアに帰ってなかったのか?』
『ユリアンを驚かせるために、サプライズで来たのよ、アタシ』
ここはF.S.Vスタジアムの近くにある、庶民的なレストラン。
一人で静かに食事していたユリアンは、レオナルドの強襲を受けたのである。
『あっ、ママさん。アタシもユリアンと同じ料理を。あとワインも』
この店にはレオナルドも何度も来たことがある。
慣れた感じで注文をしてから、ユリアンの向かいの席に座る。
『私は一人で食事していたんだが、レオ?』
『固いことを言わないでよ、ユリアン。じゃあ、友の再会を祝して乾杯ね』
困り顔のユリアンに構わず、レオナルドはワインで乾杯する。
『相変わらず強引だな、レオは』
この男との付き合いの長いユリアンは、諦め顔でそれに合わせることにした。
『この店も懐かしいわね。ジュニアやジュニアユースの試合の後は、いつも食べに来ていたわよ、アタシたち?』
二人はジュニア時代、ユベトスU-12でチームメイトだった時がある。
それ以降は世代別の代表で、何度も戦ったライバルでもあった。
『ああ、そうだね。懐かしいな、レオ』
『そうよね、ユリアン』
そんな二人にとって、ここは隠れ家的な場所。
試合の後に、二人で食事に来ていたのだ。
『あの頃の私たちはお金もないから、この店のオーナーにご馳走してもらったな』
『家はお金持ちなのに、自分のお金しか使わなったからね、ユリアンは?』
『そうだったな。ボンボンの若気の意地というヤツだ』
ユリアンの実家はドイツの名家ヴァスマイヤーである。
だが彼は幼い頃かから、出来る限り自分で稼いだ金で生活してきたのだ。
『反抗できる親がいるだけでいいわよ? アタシん家なんて、貧乏すぎてアタシを捨てたのよ?』
レオナルド・リッチは孤児であり、イタリア北部の孤児院で育てられた。
だから親の顔は知らない。
『そうだったな、レオは』
『まあ、そのお蔭でサッカーに出会えて、こうして億万長者になれたんだけどね』
育てられた孤児院には、娯楽はサッカーしかなかった。だからレオナルドは幼いことからボールに親しんでいた。
そしてセリエAでもトップのユベトスFCに入団したのだ。
1軍のレギュラー選手である彼の今の年棒は、日本円で数億とも言われている。
『今ではユベトストップのレオには、この私も敵わないな』
『あら? でもユリアンたちF.S.Vも順調みたいじゃない。このままでいったら数年以内には、ドイツ1部に昇格じゃない?』
『ああ、そうだな。今のF.S.Vはいい感じだ。近いうちに必ず昇格できるであろう』
F.S.Vは現在ドイツ2部で5位であった。
これは3部から昇格したばかりのクラブでは、異例の好成績。そのためレオナルドも知っていたのだ。
『ところで話は変わるけど、ちょっと聞いてもいいかしら、ユリアン?』
『どうした、急に改まって?』
『ねえ、ユリアン……あの“化け物”は何なの?』
陽気だったレオナルドの気配が変わる。
神妙な顔つきで、ユリアンに問いかける。
『あの化け物とは、誰のことだ、レオ?』
『とぼけないでちょうだい。あの子猫ちゃん……コータ・ノーロのことよ』
昨日の試合のことをレオナルドは思い出していた。
たった2ヶ月間で、別人のように変貌した日本人のことを。
『やはりコータ君のことか……彼に関しては、私も計り知れない』
ユリアンも昨日の試合のことを、思い出していた。
彼もチームメイトでありながら、コータの底の見えないでいたのだ。
『アタシもヨーロッパ中で色んな選手を見てきたけど、あんな得体のしれない子は初めてよ……』
特にレオナルドがゾッとしたのは、最後のトラップのことである。
サッカー選手ではあり得ないトラップ……いや人間には有りえない動きに、思い出しただけで鳥肌が立っていた。
『たしかに、あのトラップは衝撃的だった。たぶん、パスを出した私と、マークについてレオにしか真意は感じられなかったであろう』
『そうね。あれは普通に見えて、普通じゃないわ』
周りの選手や観客からは、偶然にもボールが転がったように見えていた。
それほどまでコータのトラップは不自然だったのだ。
『あれ以外にもコータ君には、不思議なところは沢山ある……』
ユリアンは思い出していた。
コータと初めて出会った時のことを。
その後の勝負を挑まれたこと。
数々の試合を彼と共に戦いぬいてきたことを。
プライベートでも彼に助けられたことを。
自分と妹との仲を、解きほぐしてくれたことを。
『あら、その様子だと、ユリアンが復活したのも、あの子猫ちゃんが原因?』
レオナルドは知っていた。
友であるユリアンが練習中に、妹と接触事故を起こしたことを。それから2年間は闇の中に堕ちていたことも。
『それは……そうだな。コータ君のお蔭かもしれないな』
少しためらってからユリアンは答える。
コータのお蔭で、自分は再びサッカーをしていると。
罪悪感から惰性にプレイしているのではない。こうして昔のように本気でボールに打ち込んでいると。
『あら、アタシのユリアンにこんな顔させるなんて、少し妬けちゃうわ』
『まあ、それだけコータ君が特別だということだ』
『でも、ユリアン……あの子猫ちゃんは危うさも持ち合わせているわ。下手した自分で命を削る危険性もある子だわ』
普通の人間はたった2ケ月間で、あそこまで急激に成長はしない。
つまり普通ではない特訓をしてきたことを、レオナルドは見抜いていた。そして危険な特訓を成し遂げてしまう危うさも。
『たしかにコータ君は危険なまでに、サッカーに執着している……』
コータが練習の鬼であることは、F.S.Vのチームメイトの誰もが知っていた。
『今のところコータ君は健康的に問題なないが……』
だからクラブでも定期的に健康検査を行ってきた。
彼の過度の練習でオーバーワークを警戒しているのだ。
『だが、コータ君は命を削って、その分のエネルギーをサッカーにつぎ込んでいるかもしれないんだ……』
検査ではコータの身体は健康そのものであった。むしろ現在は健康体すぎている。
だからユリアンは警戒していた。コータの命の火が、突然消えてしまう危険性を。
『話のついでに、少し不思議な話をしていいかい、レオ?』
『ええ、もちろんよ。突然どうしたの、ユリアン?』
『キミは人の運命というもの信じるかい? 事故とか病死とか、そういったものを?』
『そうね。あると思うわ。人間なんていつ死ぬか分からないわ。だからアタシは好きなように生きているの』
レオナルドには信念があった。
自分の欲しい物は、自分の力でつかみ取る。一度しかない人生を真剣に楽しもうとしていた。
『レオらしい答えだな。ちなみに私はあまり信じていなかった。でも今年の誕生日で考えが変わった』
『ユリアンの18歳の誕生日に? 何があったの?』
『実は不思議な夢を見たんだ。イングランドに移籍するために、移動するタクシーの夢を……』
ユリアンが誕生日に見た夢は、かなり鮮明だった。いつもの夢とは違い、色も音もあった。
その中でユリアンは絶望的な交通事故にあった。
夢の中だったが、ユリアンは自分の死を覚悟した。
『でも、間一髪のとろで助けくれた少年がいたんだ。顔は見えなかったけど、黒髪の少年だった……』
『それが子猫ちゃんだったという訳? 理論的なユリアンらしくない、変な夢ね』
『そうだな。私らしくないな……』
ユリアンはこの不思議な夢の話は、誰にもしていなかった。
だが自分の中では確信がある。方法は不明。
自分を不幸な運命から、コータが救いだしてくれたことを。
『まあ、要約するに、あの子猫ちゃんは面白そうだってことね、ユリアン?』
『ああ、それには同感だね、レオ。あのコータ君はサッカーを変えていくかもしれない。このドイツ国内だけじゃなくて、もっと広い世界の……』
ユリアンは感じていた。
コータの未知なる可能性を。
彼はサッカーのテクニックだけではなく、周りを変化させる熱い情熱も持ち合わせていたのだ。
『それは楽しみな予言ね。それならアタシたちも、うかうかしていられないわ。何しろウチのクラブにも、末恐ろしい子虎ちゃんがいるからね』
『子虎? ヒョーマ・サワムラ……コータ君の友だちか』
ユリアンもその名を覚えている。
昨日の試合ではF.S.Vの守備陣を壊滅寸前まで追い込んだ、危険な14歳の少年のことを。
『そうよ。あの子もこれからドンドン凄くなっていくわ』
『自分中心主義者のレオらしくない、えらい買いかぶりだな?』
『あら、ちゃんとアタシらしいわ。だって最高に熟したあの子たちを、最後にはアタシが美味しくいただくからね』
『なるほど、そうことか。それならレオらしな。とにかく次の再会が楽しみだな』
『そうね。次に顔を合わせる時が、楽しみね。あの子猫ちゃんと』
レオナルドはUCLヤングリーグから身を引くことになっていた。今後はユベトスのトップチームに専念する。
つまり次にレオナルドが、若い彼らと再戦するのは上のカテゴリー。
オリンピックやワールドカップの世界大会となるのだ。
『では、再会に向け、レオ』
『再会の期待を込めて、乾杯ね、ユリアン』
二人はワインのグラスを重ねる。
新たなるサッカー世代を語り合いながら。
その台風の目となるのは、間違なくあの日本の少年。
二人の天才はコータの存在から、目を離せなくなっていたのであった。