古代狼のお肉はA3ランク並み
どちらかというならば、その後の方が大変だったくらいだ。
古代狼が呼び寄せた配下のアイスウルフが、うるさいくらいに現れる。
それを兵士たちと共に、しらみ潰しに撃退する訳で。
確かに古代狼と一緒に現れていたら、かなり面倒なことになっていたのは間違いない。
「やつが単純で助かった」
これはベルガの言葉。
もちろん古代狼は焔刃にあぶり出されるなんて思っていなかったんだろう。
誤算が生んだ勝利ではあったのかもしれない。
「しかし、ベルガが強いのは当たり前として、フィリナもすごいな。あいつの懐に一気に切り込むなんてかなり勇気がいるはずだぞ」
フィリナが二重の瞳を輝かせ、照れるように笑う。
長い黒髪が雪に溶け込むようでとても綺麗だ。
「グラーチス様よりは強くないと思うと身体が動くの。いつも稽古を付けてくれているからそこが基準になってしまっているのね。わたし自身がすごいのかすごくないのか良く分からないわ」
「なるほどな。それは俺も分かるな! 自分も創元師匠の腕前には遠く及ばないから、腕のいい料理人とか言われても全然しっくりこなくてさ」
「う~ん。それってこっちの世界だと神様と比較するみたいな話になってくるのよ。トラジの話を聞いていると、逆にわたしの頭の方が混乱してしまうわね」
そんな話をしていると、ベルガとエレノールが走って戻ってくる。
「現れたアイスウルフはほとんど退けることができた。エレノールには世話になった」
「別にいいのよ、ベルガ。こっちも魔導が効かなかった腹いせができてスッキリしたから」
えらく物騒なことをサラッと言ってしまうエレノール。
俺とフィリナ、ベルガがその言葉に大きく笑う。
「それよりこいつだな。どう料理してやろうか」
戦闘前に古代狼を調べた時、女神さまからのアドバイスがあったのを思い出す。
倒した後は……食べられますよ。お肉はA3ランク並みです。さっぱりしたお味がポイントよ。しっかりウェルダムに焼いて召し上がれ。
A3ランク並みと言われると心が動く。
というかこの女神シャウザ・ニーク様。なんで地球由来の知識を平気で出してくるんだ。俺にとっては分かり易くて良いのだけど。
そんな自分の迷いはさておき、エレノールが蘊蓄を並べる。
「元々アイスウルフは食べられるのよ。解体する手間があるってだけ。身自体は引き締まって筋肉質なので、噛み応えが抜群だけど疲れるのよね。しかもかなり臭みがあるから敬遠する人が多いってわけ」
さすがエレノール。エリュハルト世界辞典さまさまだな。分かり易い。
ベルガが続ける。
「そういう意味で、あまり一般的には食べることはせんのだ。しかし騎士団の連中は捌く技術を持っているものも多い。もちろんワシも捌くことができるぞ」
「そういう事か。俺は魚を卸すのは得意だけど、さすがに獣を捌いたことはなくてさ。包丁の言葉に従いたくてもどうしようかと思っていたから、ベルガがいて助かったわ」
「それでも、アイスウルフの上位に位置する古代狼を食するというのは初めてだ。お前が星流人で、神の包丁からの言葉があってようやく試そうという気になっているだけだ。普通の神経ならばそんなことは考えんぞ」
兵士たちは、ついさっき討ち取ったアイスウルフをランガンの炙り焼きをした広場に持って来ている。
さすがに村人たちはアイスウルフを食べるということは初めてのようで、興味半分、怖いもの見たさ半分といったところか。
ベルガの号令の下、アイスウルフと古代狼の解体が始まる。
かなり手際よく皮がはがされ、肉が綺麗に削がれていく。始めはなかなかの光景に度肝を抜かれていた俺も、段々と美味しそうに見えてくるから不思議だ。
『トラジ。人間というのは欲深い生き物でな。他の生命の輝きを刈り取ることで、自分の命としているのだ。だから食を扱う我らは感謝の心で通らなければならない』
そんな創元師匠の言葉を今更ながらに思い出す。
それなのに。
どこか歪んだ常識がまかり通るこの世界エリュハルト。
もしも創元師匠がこの世界の創生に関わったとするのなら、どうして生魚が毒だという認識が生まれてしまったんだろう。
おかしいじゃないか。
俺は自分の腰に下げられた神の包丁を取り出した。
あっという間に焔に包まれる刃。
その場にいる皆から一斉に歓声があがる。
「神機だ! 神の包丁だよ」
「我々の元に創元の火が灯されたのだ」
「創生の時代の力があれば、魔王と言えども簡単には手を出せまいて」
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
師匠はこれを使って俺に寿司を握れと言った。
女神さまは理を握り直せと。
魔王を倒せとは言っていない。これはいったいどういうことなんだろう。
考えても今は答えが出そうもない。
勢いよく神の包丁、焔刃から上がる焔。
それで古代狼の肉を焼き払っていく。
火力が更に増していき、肉が焼ける香ばしい薫りに加え、甘い果実のような匂いすら辺りに広がるようだ。
肉汁が滴り、ジュッと言いながら村の中央にくべられた焚火の炎で蒸発していく。
「頃合いだな」
俺は焼き上がった肉を少しそぎ落とし、口の中に含んだ。
途端に口の中に、濃厚だがどこかさっぱりとした深い味わいが広がった。