灯火
俺達の目の前に広がっている大きな洞窟の入り口。
それはこれから中に入ろうするものを、吹きすさぶ風で全て凍てつかせようとするかのようだ。
エレノールが入り口の前に進み出ると、高らかに魔力を練り始める。
指揮棒のように小刻みに上下左右に揺すられる短杖。
『魔力探知』
短杖の先端が濃い緑色の光を放つ。
エレノールの額に汗が滲み出る。
しかしそれも短い間だった。
力なく腕を下ろし、俺の方に近づいてくる。
「予想通りね。探査魔導は弾かれたわ。やはり何か強い力に寄って阻害されてしまっているの。あとは任せたトラジ」
エレノールに肩を叩かれ、包丁を腰から取り出す。
前に構えなおし、強く願いを込める。
この先に何があるのか、魔力茸はどこにあるのか。
『食材探知』
腹に力を込めるようにして魔力を練る。
この動作がだんだんと板に付いてきたように感じていた。
目をつぶると別の視界が開けるように感じて、手を伸ばすように願うとそれが少しずつ前方に移動していく感覚だ。
洞窟の奥。隠し扉があるな……
その先が細い階段状の横道になっている。
一段一段降りていく。
突然広い場所に出る……やけに真っ青な泉が目の前に知覚される。
その先に小島があるのか。
青く変色した草花の間に、自己主張を忘れたように生えている茶色の茸。
立ち昇る微細な魔力。
……なんだろう。その場にいないのに美味しそうな匂いと味が舌の上で踊るようだ。
「おい! トラジそろそろ戻ってこい!」
ゴツン。
突然鈍い音がして、それが俺の頭の痛覚を鋭く刺激した。
一気に集中が解けて、割れるような頭の痛みだけが残る。
「痛いなベルガ! お前の怪力で叩かれたら脳みそが飛び出ちまうだろ!」
「よだれを垂らしながら、何か良からぬ夢でも見ているように感じてな。とりあえず現実に引き戻しておいたわ」
そんな俺とベルガのやり取りを見て、グリューンがカラカラと笑う。
頭を叩かれた腹いせにグリューンのオデコを指で弾くと、ベルガたちに見たままを伝える。
「隠し扉ね。こんな自然な洞窟にいかにもって感じ」
「真っ青っていうのが気になるわ。それが周囲の草木の色すら変えているのだとしたら」
「うむ。とても自然なものとは思えぬな。行ってみなければ分からないが、用心に越したことは無さそうだな」
方針は決まった。
春の精霊のいった言葉を信じて、まずは魔力茸の採取を目指す。
その後……やはりドラゴンとの対峙になってしまうのだろうか。
(俺の持っているものとは全く別の……『凍凪』と言っていたな。神の包丁がこの洞窟の先にある)
ベルガはここまでしか来ていないとのことで、この洞窟の先は全くの未知なところ。
嫌でも緊張感が強くなる。
自分の腰に下がっている焔刃を強く意識する。
そこから震えのような波動が伝わってくる。
パシン! と両手で力強く自分の頬を叩く。
包丁からの震えも収まる。
「よし。洞窟内に突入するぞ。先頭はワシがいく。その後ろにトラジとエレノール。しんがりをフィリナに任せる」
「へいへい! ブルってんじゃねぇぞ相棒!」
この後に及んでまだお茶らけられるグリューンの度胸を分けてもらいたい。
「行くぞ!気を付けて進め。決して気を抜くなよ!」
ベルガの激が飛んだ。
俺達はゆっくりと聖なる山の洞窟に足を踏み入れた。
✛ ✛ ✛
洞窟の中に入ると、ひんやりとした空気の中に漂うかび臭さや、土埃が舞っている様子が感じられる。
明るくしたいな。そう思った頭の中に浮かんだ言葉。
この感覚は……新しい魔法のひらめき。
『灯火!』
つまりは焔の光を灯す呪文だ。
包丁がこちらの意図を理解するように大きく、松明のような焔を刀身から発する。
それはゆっくりと4人の周囲を回るように離れ、何もない空間でピタリと止まった。
俺が歩き始めるとゆっくりと付いてくるように動く代物だ。
その光をベルガの少し前辺りで先導するように作り出す。
1つだと不安だからもう1つ明かりを出しておくか。
今度はフィリナよりももう少し後ろに、俺たちを追いかけてくるようにイメージする。
エレノールが細い優雅な眉毛の片方の端を上げて、大きな深いため息をつきながら片手で自分の頭を押さえた。
「いきなり魔導師のお株を奪うような事をやらないで欲しいな……もう慣れたけどね」
ベルガはやれやれと言った表情。
ミンミすら少し痛々しげに見上げてくるのが辛い。
「詠唱がほぼない。同時に複数の呪文を唱えることができる。集中している様子がない。あたしもその内の1つだけだったらできないことはないけど」
長い人差し指を向けて断定する。
肩に乗っているグリューンがニヤニヤと笑う。
「相棒に悪気がないのは分かってくれ。ベルガがランタンを用意していたり、エレノールが『導きの光』の呪文を唱えようとしているのを気付かなかったんだぜ?」
3人に半目で見つめられ、針のむしろに座らされているような感覚。
なんだよ!グリューン、教えてくれればいいじゃないか!
「いいじゃないか。ベルガはランタンを持たなくて手が空くし、エレノールは別の呪文を唱えること出来る」
「お前が力の使い過ぎで倒れなきゃいいんだがな。どうも危なっかしい。お前の力の加減はワシらには分からん。だからこそ慎重になってくれ。大事な場面でいざ使えませんでは話にならんのだからな」
ベルガの正論に押し黙るしかない。
自重しようと心に誓う。
「わたしたちも居るわ。協力し合うことがパーティーを組むってことなの」
フィリナが庇うように言葉を掛けてくれる。
「さぁ時が移るわ。先に進むよ」
エレノールが手に持っている短杖を前方に向かってかざした。