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【WEB版】レア・クラスチェンジ!〜魔物使いちゃんとレア従魔は異世界ゆる旅がしたい〜 - お説教3
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お説教3

「届け物はこれで最後になる」


神妙な面持ちのパトリシアが、レナに可愛らしい紙袋を差し出した。

なんとなく緊張しながらそれを受け取ったレナ。


「……中身を尋ねても……?」


「下着」


答えはすぐ返ってくる。ああ、下着か。確かにそれならば、男性には見せられない。

しかしどうしてパトリシアまで顔を赤らめているのだろうか?


「赤い下着ってこと?」


「うん」


「……どうして、パトリシアちゃんまで照れてるの?」


「……それさぁ。……誰が選んだと思う?」


「え。これはアリスちゃんからじゃないんだ?」


「アリスの届け物は呪いの装備だけだよ。うわ、字面がひどいな。……トイリアにはちょっと特殊な下着専門店があってなー」


「うん?……特殊」


「そこってさ、ルルゥの行き着けの店なんだよ」


『『『『アウトーーー!!』』』』



従魔たちの判断は早かった。

きゃー!と顔を両手で覆って、絶対すごいやつだー!とはしゃぎだす。

指の隙間からチラリと瞳を覗かせている辺り、リアクションに小技が効いている。リリーとハマルは指とヒヅメの間から、スライムはくねくねしている。


レナは紙袋を手に持ったまま、ピシッと固まってしまった。

ピンクの電飾が目にも眩しい、夜のお宿♡の外観を思い出してしまう。

おませさんな従魔たちの反応は予想外だったが、レナに関しては想定通り。パトリシアははあーーっと盛大にため息を吐き出した。



「レナが赤い装備を集めだしたって話をしたら、ルルゥがめちゃくちゃ食いついてな。えっと、ルルゥに言っちゃってごめん。

レナは色気のない下着を身につけていそうだから、可愛いのをプレゼントしなきゃ!ってはりきり始めて。目がマジだったよ……私を同伴させて、その……歓楽街の下着専門店に行ったんだ」


「お、お疲れさま。多分引きずられて行ったんだろうね。……ねえ。下着専門店の立地がとても気になるんだけど……?」


「頼む、もう一度私の口からそれを言わせるのは勘弁してくれ。途方もなく恥ずかしいから。

ううう、男だと勘違いされて店内のお客から好奇の目で見られたトラウマがあああ……っ!

ルルゥのアホぉ!一人だけ楽しそうに下着選び始めるから、私は店内でずっと放置だったし!ひどくない!?」


「そ、その仕打ちはかなり堪えるね……。パトリシアちゃん、すごく頑張ってくれたんだね。色々巻き込んじゃってこちらこそごめん。赤色装備の調達ありがとう。

……き、着るよ!せっかく親友が大変な思いをして買ってきてくれたんだもん、着なくちゃね。

大丈夫、服を着れば下着なんて隠れちゃうし!なんてことないよ」


「レナ……!」



ひしっ!と手を取り合う二人の少女。

どちらもかなりのトラブル体質である。


待ちきれなくなった従魔たちがつんつん、と紙袋をつつき始める。

覚悟を決めて、レナは一気に紙袋の封を切った。

紙袋の口が魔法印で閉じられていたのは、容易に乙女の秘密を覗かれないための店側の配慮だったのだろうか。不安しかない。



「うひゃあ!……あれ?普通に可愛いデザインのような。……あ、いや、そうでもない。普通じゃない。うわああぁ……」


叫ぶ心構えをしていたレナは一回余分に悲鳴を上げてしまった。


ぱっと見は普通のデザインに見えたショーツ。触り心地の良い赤の生地に白のステッチ、縫い付けられたリボンがとても可愛い。

ホッとしたのもつかの間、よくよく見てみると……布の一部がスケスケレース素材だった。両サイドのリボンは縫い付けかと思いきや、簡単に解けるセクシー仕様である。

一枚目にしてこの有様、という事は……おそらく紙袋の中身は全てアウトなのだろう。


レナはもう尼僧になった気持ちで、黙々と下着を取り出していった。いちまーい、にまーい……悟りが開けてくる。


下着は替え用も含めて、かなりの枚数が入っていた。

基本的にはブラ&ショーツ、ベビードールの三点でデザインがまとめられていて、たまにニーハイソックスだのガーターベルトだの余計なおまけが付いている。

ルルゥの高笑いが聞こえた気がした。


淡い赤色からビビットな深紅色まで、同じ赤色といえども色彩は豊富。

どれもフリルやレース、リボンなどがふんだんに使われており、ロマンチックガーリーな印象だ。

外見が幼めなレナにも似合うような品が選ばれていた。どれも最高に肌触りがいいあたりは、さすがルルゥの行きつけ店だけある。


紙袋の底に、お店の名刺が一枚潜り込んでいた。

<魅惑のランジェリーショップ♡チッチェリネ>と書かれている。なるほど、乙女度が高い女性は下着のことをランジェリーと呼ぶらしい。

レナとパトリシアは堂々の失格である。リリーは今回で学習した。



「な、すごいだろ?ルルゥ真剣に何時間も選んでたからなぁ……」


「ええと。今度会ったらお礼言っとくね……」



こんな時でも社交辞令を忘れないレナは誠にあっぱれである。

そしてこの一言がきっかけで、プレゼントが喜ばれたと解釈したルルゥから更なる贈り物が届くことになろうとは、この時は知るよしもなかった。



現在レナが身につけているラナシュ産安物ブラはサイズが合っていない。

ラチェリの下着店で一番サイズが小さいものを急きょ調達したのだが、胸元に隙間が空いている惨状。

ラナシュ女性はだいたい胸が大きいのだ。パトリシア?レナよりは……。

では、ルルゥがレナ用にと選んだブラはどうなのか?



「このブラには魔法がかかってて、着用した人の体型に沿うようになってるんだ。だから今後レナの胸が成長しても大丈夫。長く使えるよ。ルルゥの一押し」


「そうなんだ!その魔法効果は嬉しいなぁ。だってこれから成長する予定だもんー」



パトリシアのかなり気を使った一言をそのまま受け取ったレナは、ころっと機嫌を直した。

レナ以外の全員は、ぺたんこな胸元に目線を送ってしまわないよう、必死で目をそらしている。余計な一言を言ってしまいそうなお口も引き結んでおく。


着用した人の体に沿う魔法がかかった下着は、成長期の少女が一番最初に購入するものだ。いわゆる子供用。

胸が成長するたびにブラを買い直していると大変なので、AからDサイズまでは変化する仕様である。

それ以上になると、ようやく大人用の下着を買うことになる。


そろそろやめておこう。

パトリシアは青色の紙袋を取り出した。あからさまな話逸らしである。



「これはリリーのやつだって。幼児用の下着一式が入ってる。まあ可愛いデザインだよ」


『やったあ!……パトリシア、ありがとう!』


「お礼言ってんの? どういたしまして」



リリーのランジェリーは体を締め付けないキャミソール型ブラとショーツ。幼児用。淡いパステルカラーの柔らかい素材で、さすがにスケ素材などは使用されていない。

今までは食事時にのみバスローブを羽織ってヒト化していたので、下着をろくに身につけていなかった。

これから装飾保存ブレスレットを手に入れるのだし、そろそろ幼児の下着も必要になってくる。いいタイミングで下着を揃えることが出来たと言えよう。



「これはクレハとイズミとハマルの」


「え? 男児用のってこと?でもこの袋、私たちと同じ下着店のだけど」


「あー、レナはその辺知らないんだっけ。5歳くらいまでは、男児も女児も同じような下着を身につけるんだよ。女児はキャミソールも着るけどな。だから女性用下着店で買ってきたんだ。ルルゥが」


「うっ!?」


「安心しろ、さすがに普通のやつだよ」


『白、水色、ピンク、ラベンダー……リボンが付いてるねー。さすがに金色はないかー』


『『わーーーい!今穿くぅーー!とうっ』』


▽クーイズは ヒト型になった!

▽頭に ラブリーショーツを被った!

下は真っ裸である。


「きゃーーー!? 違う違う!ダメ、ちゃんと脚に通しなさい!おしり部分は隠さなきゃ」


『レナが怒ったぁーー』

『だってー、こないだ見た幼稚園児のアニメでこんな格好してたもーんっ』



某綺麗なおねえさん大好き幼稚園児アニメを夜中にこっそり観ていた従魔たち。

スマホさんが一括ダウンロードした中に紛れていたのだ。

悪い影響も受けそうだけど、いい話も多いし……と悩んだレナは”保留”フォルダにアニメデータを保管していたのだが、何かを隠した!と察した従魔は、わざわざそれだけを観てしまった。

ダメと言われると余計に気になってしまう、そして実行してしまうのは幼児ならではの行動だ。

ハマルが[快眠]効果をレナとルーカにしかかけなかったので、従魔たちだけが夜中に起床する事が出来てしまった。

スマホさんは従魔とっておきのお願い♡ポーズで攻略されてしまったらしい。



「い、いつの間に……。もう。まず、夜更かしはダメって言ったでしょう?

それにあのアニメの子たちだって、普段はきちんとお洋服着てるじゃない。

おしりを出してるとお母さんに怒られてるでしょう。

良くないところじゃなくて、その子の良いところを学ぼうね。友達を大切にするところとか。

良いところを探す習慣を身につけると、たくさんの人を好きになれるし、その部分を自分のものにできたなら、将来とても素敵な大人になれるから。ね?」


「素敵なオトナー?」

「モテモテになれる?」


「うちの子がモテない筈ないじゃない!モッテモテだよ!今でさえこんなに可愛いんだから、万人を魅了するよ!」


「「ひゃあ!レナの視線を二人じめしちゃうかもー?頑張るっ」」



ダメなオカンである。親バカ発言によって、せっかくの説得効果が半減した気がした。

現在はクーイズのあざと可愛さに打ちのめされている。

パトリシアの生暖かい視線がレナに降り注ぐ。ここまで、クーイズ全裸。



「コラそこ。感動して抱き合ってないで、さっさと服着ろって。もしくは魔物に戻ろうか」


ぺしっとレナの後頭部が叩かれて、お叱りの言葉が向けられた。


「今から服着せちゃうと、ルーカさんとモスラが帰ってきた時に、扉の隙間から別の人にこの子たちを見られちゃうとマズイしなぁ……。

普通の魔物なんですーって乗船申請してるし。この部屋は3人部屋だから、実は幼児4人も含めた大所帯ってバレるとさすがに怒られちゃいそう。

……でも服着たらきっと可愛いよね……」


「「そうですなぁー。クーとイズ、スライムに戻りますわっ」」


「お利口さん!」


可愛い服を着た幼児も見てみたい、とレナが悩み始めたところで、クーイズは自ら進んでスライム姿に戻った。

ついおふざけしてしまうものの、肝心な所では空気が読める子たちなのである。

また陸に着いたら洋服着るから可愛がってね!とさりげなく一言付け足して、気遣ったことをアピール、狙い通りにレナの抱擁をゲットしてみせた。ちょろい。



感動タイムが終了したところで、それではお説教タイムに移ろう。



「……ところでレナ。今。3人部屋って言ったよな? どうして男物の着替えがそこに置いてある? 納得のいく説明をしてもらおうか」


「あっ」


レナの口元がひくり、と引きつる。正直に全て話したら確実に親友の怒髪は天を衝くだろう。

部屋料金を節約するために共同生活しているだなんて。そのうえ適当な格好でヒツジベッドで共に寝ているだなんて。

まあ相手は女性に対して恐怖心しか持たない麗人なのだが、パトリシアは納得してくれるだろうか。

嘘をつくという選択肢は……ありえない。余計に怒られる。

笑顔で額に青筋を浮かべてみせるパトリシアの表情は、先輩執事モスラによく似ていた。



「まだまだ言わなきゃいけない事はあるぞ?

ラチェリで呪い事件に進んで関わった挙句、呪術師に目をつけられたそうじゃねーか。

王宮に乗り込んだ話もネッシーが武勇伝として語っていたっけ。レナが血を提供したって話も。

私にだけこっそりと話しに来たんだけど、そんなネッシーを一目見ようと深夜の私の家に人が押しかけて大変だったなあ。信者すげぇ。

あとは……ラチェリで赤色ブームが起こってるのはレナの仕業だろ。全部、話してもらおうか!」


「ひいっ!? 待って待って、そのOHANASHIのほとんどはだいたい巻き込まれてどうしようもなかったんだって先に弁解させて!?

あと、一番最後の赤色ブームについては、多分私のせいだけど……不可抗力だよぉ!ラチェリ、そんな事態になってるの!?」


「着々と街に赤色が増えてってるようだぞ? 土産品だったり、家の外飾りだったり。どうすんだよこれ。

今後レナがネッシーに会いに行くことがあれば、大騒動になるだろうな」


「ああ……!やだやだ、考えたくないっ」


『『そーれ、崇めたてまつれーー!』』


『スカーレットクイーン・レナ様ー』

『ひゅー、ひゅーっ!……みんな、もっと、ご主人様の素晴らしさを……知るべき!』


『『『『きゃーー!従えてぇーーー!』』』』


「覚悟、レナ! ちなみにこれも読み上げるぞ、アリスからの手紙だ。それでは、説教文第1章第1項」


「お手紙分厚っ!? なにそれ百科事典!?」



こうして、レナは約2時間ほど、正座してパトリシアの話を聞き続けることになった。

時折詳しい説明を求められた際には、自滅に次ぐ自滅発言をしてしまい、さらに余計なお説教をいただくことになってしまった……。

スライム座布団がなかったら足が逝かれていたかもしれない。


なんだかんだ貧乏くじを引きがちなパトリシアも、ルルゥの勧誘に負けてランジェリーショップ♡チッチェリネのオトナ可愛い下着を身につけるハメになったことを暴露してしまい、精神にダメージを受けていた。

親友は仲良く満身創痍になった。




***




長かったお説教がようやく終わり、アリスの正論を突き詰めたおそるべきお説教文を全て読み上げたパトリシアは、ぜえぜえと荒く息を吐きながら、コップに残っていた果物ジュースを一気飲みする。

ヤケジュースである。

アリスのどっしりしたお手紙を全て読むのはかなり大変だったし、自分の余計な事まで話してしまった。精神ダメージは深刻だ。


大丈夫ー?と従魔たちにつつかれているレナは、もはや瀕死状態でベッドに倒れこんでいる。

参考までに、パトリシアの体力残40%、レナの体力残5%というところ。

5 %とは、なんだか不吉な数字である。某運数値5の不運青年を彷彿とさせる。



疲れきった二人が休む暇も無く、部屋の扉が再びコンコン、とノックされた。今度は落ち着いたノック音だ。

扉に紋章が浮かび上がっているということは、船員が訪れたのだろう。

それならば、出ないわけにはいかない。レナは重い体を引きずって、扉を開ける。



「お休みのところ失礼いたします。藤堂 レナ様」


扉の向こうにいたのは、なんと船長。

疲れた顔のレナを見下ろして、幼い少女が戦闘を頑張ってくれていたのだな、ありがたい話だ、と解釈して深く頭を下げた。

真相は少々異なるが、都合がいいので、なんとなく察したレナは曖昧な笑みを浮かべて「船長さんもクラーケンへの対応お疲れ様です」と発言した。



「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」


レナが問う。船長が客室を訪れるなど、ただ事ではない。

なにか大切な話があるのだろう、と少し緊張しながら船長を見上げた。

船長はシワの刻まれた男らしい顔ににこっと愛想のいい笑みを浮かべてみせる。



「まず、再度お礼をお伝えしたく。この度は本船を脅威から守ってくださり、誠にありがとうございました」


「あ、いえいえ。そんな……協力するのは当たり前です。船が沈めば私たちも運命を共にすることになりますし、あの場にいた全員がそれぞれ頑張っていたんですから。お互い様ですよ」


「ありがとうございます。船員にも今のお言葉を伝えておきます。

成果に対してのご提案なのですが、今回はお礼として、冒険者様たちの船賃を無料にさせて頂こうと決めました。その報告に参りました」


「えっ。いいんですか……!」


「もちろんです。船賃以上に働いて下さったのですから。

貴重なエンペラー・クラーケンの魔物素材も調達する事が出来ましたから、十分すぎるほど採算がとれます。

それに何よりも、大切な乗員・乗客の命と船を守ってくださった。

功労者である藤堂様には、こちらをお受け取り頂きたく」


「…………これは?」



船長が化粧箱を開けてみせると、彼の握りこぶしくらいの大きさの青みを帯びた水晶玉が現れる。

中央には大粒の真珠らしきものが埋まっている。

水晶玉が割れないようにクッションが敷かれた化粧箱ごと、レナに手渡した。



「こちらはクラーケン・ストーンと言います。

成長したクラーケン種の体に稀に存在する、なかなか希少なアイテムなのですよ。

こちらを藤堂様にと、船員一同の意見が一致しました。どうか受け取ってください。

水晶を割って中の真珠を売れば、立派な旅の資金になります。

もしくは、変化するまで数年はかかりますが、この水晶からはリトル・クラーケンが生まれるので、モンスターテイムを試してみても宜しいかと。

クラーケン種のテイムは本来ならかなり難易度が高いですが、この水晶から生まれたばかりのリトル・クラーケンはまだ幼いので、陸で生まれさせれば容易に従えることが出来ると思います。

藤堂様は魔物使いでいらっしゃいますから」


「!? そ、そんな貴重なアイテムを頂いちゃっていいんですか……? 大粒の真珠なら、皆さんにとっても価値があるのでは?」


「確かに、これほど大粒の真珠はかなり珍しいです。

船上でクラーケン・ストーンを手に入れた場合は、その船の所有物となると規約で定められていて、いつもは真珠を売って従業員で資金を山分けしているのですが……私たちはそれ以上のものを貴方に頂いたと感じております。今がること以上は望みません。

貴方も従魔さんも勇敢だった」


「とてもありがたいお話です」


そう言うものの、レナはまだ迷ったような表情だ。

船長はおや、という顔をして再度口を開いた。レナを納得させる言葉を模索する。


「先ほどモスラさんともお話したところ、どうか自分ではなく主人に渡して欲しい、とのお言葉を頂戴いたしました。よい従者を持ちましたね」


「それはもう、うちの子はみんな最高です! っとと、それはそうとして。

クラーケンに変化するものを私に渡す事については、本部の許可を取らなくても宜しいのですか? そこが少し心配で。

テイム目的で私がストーンを所有していて、もし万が一、生まれたクラーケンを逃してしまった場合……皆さんがお叱りを受けるのではないでしょうか? だってこれ、エンペラーの水晶ですし。脅威になりますよね」


船長がなるほど、と頷く。


「こちらへのお気遣い、ありがとうございます。

その点についてはご安心ください。

どのようなクラーケン種が元になっていても、クラーケン・ストーンから生まれるのは通常種のリトル・クラーケンのみだと研究者の手で実証済みです。

たとえエンペラーが元になっていても、ストーンから特別な個体が生まれてくる事はありません。進化先については、その個体の育ち方、努力によって変化します。

生まれたリトル・クラーケンが万が一海に放たれてしまっても、それはこの大海に一体のリトル・クラーケンが増えたというだけ。

自然淘汰される場合もあるでしょうし、我々にとっては、もし航海中に遭遇したら狩るのみです。通常業務となんら変わりません。

よって、ストーンをどう扱うかは船長の判断にゆだねられているのです」


「そうですか。所有については安心できました」


「良かったです」



船長がホッとしたように微笑む。


所有については納得した。そして、それ以降の進化の可能性については安心などできない。レナがリトル・クラーケンをテイムした場合、確実にレアクラスチェンジ案件である。

従魔として育てるか? 悩みどころだ。むやみやたらにテイムしまくっていたら、パーティがとんでもない大所帯になってしまう。


船長は「テイムせず陸で変化させて、イカ焼きにする手もありますよ」となかなかの鬼畜案を追加プレゼンしてくれた。

生まれたてのイカのぷりぷり食感は格別なのだとか。食べるため家畜用としてクラーケン・ストーンを所有する者もいるとのこと。

レナを安心させようとしてくれたのだろう。

レナは愛想笑いを船長に向けておいた。



「そろそろ食堂にて夕食の準備が整う頃です。

今夜のメニューはイカを使ったフルコースになりますので、ぜひいらして下さいね。お代は頂きませんので」


「わあ、やったあ!すごく嬉しいですー!

あの。お部屋に持ち帰れるようなお土産メニューって……ありますか?」



単純である。魔物姿ではイカを食べることが出来ないハマルとリリーの分もご馳走を確保しておきたい、とレナは考えた。

妖精姿になるわけにもいかないリリーは、蝶々状態だとスープくらいしか摂取できない。草食獣であるハマルは言わずもがな。


部屋への持ち帰りメニューを食堂で見かけたことは無かったが、功労者ということだし、もしかしたら融通を利かせてもらえるかも……とちょっぴりズルい事を考えて、レナは期待に満ちた眼差しを船長に向ける。

事情がありそうだ、と考えた船長は顎に手を当てて、ベッドに腰掛けているパトリシアをチラリと見やる。



「本来、客室での食事はご遠慮頂いているのですが……食事時に体調が優れない場合もありますからね。

分かりました。客室持ち帰り用のメニューを特別に用意させましょう。

おかげさまでクラーケン食材は山ほど在庫があります。

食堂勤務の者に話をして、後ほどこのお部屋に食事を運ばせます。よろしいでしょうか?」


「すごく助かりますっ!ムリを言ってすみません」


「どういたしまして。現在は波も穏やかなので、船が揺れて食器が落ちることはないかと思いますが、一応、食事の際にはご注意ください。

船を降りる際には乗客の皆様に表面を炙った角切りイカをお土産品としてお持ち帰りいただく予定なので、楽しみにしていて下さいね」


『『うわーーい!魔人族姿でイカ料理だーーい!』』


『久しぶり、だよね!……スープも美味しいけど、やっぱり、きちんとしたご飯が……恋しくなっちゃうの』


『そうだよねー。楽しみー。すっかりヒト族の味覚にハマっちゃったなぁ』



従魔たちが部屋の中でぴょんぴょんと飛び跳ね始める。

小さい身体でコミカルなダンスを踊っているように見えて、船長は愉快そうに破顔した。


「食事はたくさんありますから。従魔さんも楽しんでいって下さい」


『『『『ありがとうございまーーす!』』』』



幼い子でも、魔物に対してでも、乗客には敬意を持って接することが出来るからこそ、この男性が船長なのだろう。

長い航海中に乗客とトラブルになるわけにはいかない。怒った冒険者が辺り構わずスキルを使えば、船にダメージを与えて、最悪の事態を迎えることにもなりかねない。

だからさりげなく人心を掌握する能力が、船長には求められる。



レナはクラーケン・ストーンをとりあえず受け取っておくことにした。

おさげ頭を軽く下げると、船長は半歩ほど足を引いて会釈を返す。

ここで立ち話は終わり、の合図だ。


「それでは。赤の女王様の進む栄光の道に祝福あれ」


「ちょっと待ってくださいどういうことですか」


即お別れとはならなかった。

レナは船長を引き留めて詳しい話を聞いて、頭を抱えた。




***




船長が立ち去ってしばらくしたら、ルーカとモスラが帰ってくる。

目尻を吊り上げたレナがぷんすかしながら扉を開けると、呆れ顔のモスラと布の塊が立っていた。何事だ。二人は素早く部屋に入ると、音を立てないよう静かに扉を閉める。



「お、おかえりなさい。モスラ、これどうしたの……ルーカさんだよね?」


出鼻をくじかれたレナは若干引いている。布の塊をそっと指差した。


「ただいま戻りました、レナ様。ええ、おっしゃるとおりコレはルーカティアスです」


モスラが問答無用で布を取り去る。どうやらベッドシーツを巻きつけていたようだ。

現れたのは、もちろん金色猫耳モードのルーカ。

しかし顔色が悪く耳はへにょんと伏せている、おまけに身体の震えがとまらないよう。

うつろな目で部屋を見渡すと、ようやく少しだけ瞳に明るい光を灯した。

耳がぴくぴく動く。



「……ここがこの世の楽園か……この姿でいるのに身の危険を感じないなんて、なんて素晴らしいんだろう。赤の運命に感謝いたします……!」


「ねえどうして既に出来上がってるんですか!? こ、この宣教師!」


「ありがたき幸せ」


「怖いよぉー!モスラ、ルーカさん本当にどうしちゃったの……!?」


「あー。少々、不幸な巡り合わせがございまして……話せば長くなりますが」


「簡潔にお願いしたいかな」



そろそろご飯の時間なのである。全員腹ペコだ。レナは食欲を優先した。それに、詳しく話せばルーカの心にも余計な負担がかかるだろう。


モスラはどう説明したものか、と思案して口を開く。



「リリー先輩の[幻覚]が解除された状態で廊下に出ることになったでしょう。

彼は元々容姿が整っているので、乗客のお嬢様方に追い回されてしまいまして。

獲物を狙う鷹のような目と覇気に当てられ、女性恐怖症気味だったこともあり、怯えてこのとおり……というわけです」


『あっ。……うっかり忘れてた。えへっ。[幻覚]かけてあげるねー』


てへぺろしたリリーがルーカを黒髪地味青年に変身させる。

ルーカは瞳を潤ませた。


「なんてありがたいお恵み……」


「うわあ。ルーカさんが狂っちゃうわけだ。……一番マズイトラウマを発動させちゃったんだねぇ、お疲れ様でした。

あのねモスラ。ルーカさんはね、祖国でも異性や変態さんに狙われがちだったらしいけど、身分ってバリアが無い状態で旅を始めて、より女性関係のトラウマを増やしちゃったんだってー。

今回の逃亡を手伝ってあげてたの?」


「私も共に追いかけられましたから、なりゆきで仕方なく、という部分もございます。

しかしたとえ追いかけてきたのがS級モンスターでも、レナ様のご友人を見捨てることは致しません。

彼の護衛はなかなか骨が折れましたが……。

私が一人でいても、こんなにも女性に追われることはなかったのですが。ルーカティアスはむやみやたらと人を惹きつけてしまう素質をお持ちのようですね。

付き合って、少々疲れました。

おまけにとても運が悪いらしく。

廊下の曲がり角で足先をぶつけたり、とんでもない機動力を持つお嬢さんに回り込まれたり。たまたま探偵職の方がいらしたようです。

幸運なレナ様の側にいたため抑圧されていた悪運が、一気に押し寄せたのでしょうか?

その災難ぶりたるや、思わず私が同情するほどでした」


「マジかよ、モスラが同情するとかどんだけだよ! 金色のにーさん」


「まるで私が血も涙もないような物言いですね。パトリシア、後ほどお話しです。

それはともかく。壁掛け時計が彼の上に落ちてきたのを防いだ時には、さすがに焦りました……」



モスラは骨が歪んだ金属扇を取り出して、折れた部分を残念そうに撫でる。

修繕は可能なのだが、魔人族になれたお祝いにとアリスから贈られた大切な品なのだ。

モスラは魔人族状態の時、この扇を使うことによって風関係のスキルを使用することができる。


「本当にごめんね、モスラ。巻き込んじゃって。

もう、世界が僕を殺しにかかってたよね。ははは……」


ルーカは思い出し鬱からのネガティブモードに入ってしまった。


「う、うわ。リリーちゃん」


『根暗撃退キーーック!』


「いった!」


▽リリーの 飛び膝蹴り!

▽ルーカの 後頭部にヒット!


モスラがなんとも言えない表情でやりとりを見守っている。主人のパーティの変態度が上がっている気がした。後に、ハマルの際どい発言を聞いてさらに頭を悩ませる事になる。


クーイズに鏡台まで誘導されたルーカは己の現在の姿を見て、ようやく少しだけ平常心を取り戻す。そして「この鏡が割れて破片が刺さったりしないかな?」と発言して、二度目のキックをくらい正気に戻った。



「それにしても、無事で良かったですね、ルーカさん。事態に気付けずにすみませんでした。

今まで数時間、どこかに隠れていたんですか?」


「うん。ライアンとオーウェンの部屋にかくまってもらってたんだ……騒々しかったけど、助けてもらって心から感謝してるよ。彼らが赤の信者で良かった」


手を組んでレナを拝み始めるルーカ。

レナは無言でルーカに近寄ると、ぎーーっと頬をつねった。


「……さっきから何度も赤のっておっしゃってますけど。ねえ、船長さんにまで説法したでしょう。宣教師さん? 私、その点については怒らなくちゃいけません!」


「レナは嘘をつくのが苦手でしょう?

だから、魔人族をテイムしていることについて余計な言及を受けないよう、先手を打ってごまかしておきました。

称号をセットして説法したから、船長も密かなる赤の信者になったし、これ以上レナが説明を求められることは無いはずだよ。良かったよね」


「………………………ありがとうございましたーー!」


「どういたしまして」


「くううっ!!」



ああ言えばこう言う。いい仕事をした、と晴れやかな顔の宣教師。根暗撃退キックが効きすぎたのかもしれない。

丸め込まれたレナは悔しそうに地団駄を踏む。

しかし、今言い返すとまたネガティブモードに入ってしまいそうなので、もう口をつぐんでおいた。大人な対応お疲れさまである。



『『ねえレナー。お腹すいたー』』


『ルーカも、元気になったし。……食堂、いこ?』


『さっそくハイヒール履いてくー?』


「今は履きません……赤の女王様が強調されちゃいそうだから」



レナのお腹がきゅう、と小さく自己主張する。

なんだかんだ長話してしまっているが、そういえば腹ペコだった。

こうなったらヤケイカだ。パトリシアと共にイカを食べまくって、気分転換しよう!と決める。

美味しいものを食べたら、幸せな気持ちになれるはずなのだ!そうしよう、それがいい。


「なあ。そっちの説教は終わったのか?」

「後ほどお互いに報告しましょう」


モスラとパトリシアがごにょごにょと小声で話し合っているが、ご馳走に浮かれているメンバーには気付かれていない。先ほど失言したパトリシアは、モスラの綺麗な微笑みを見て青ざめていた。


今日のご飯はエンペラー・クラーケンのフルコースなんだってね、とほのぼの話していたルーカがふと、ん?と首を傾げる。



「……そういえば。ライアンとオーウェンはもう食堂にいるはずだよ。

僕らが無事にこの部屋まで辿り着けるよう、彼らに人払いの協力をお願いしたんだ。

食堂に例の二人がいるらしいねーって、それとなく話しながら食堂に向かってもらった。おかげで帰りは、人通りの少ない廊下をスムーズに進むことが出来たよ。友人ってありがたいね」


「スムーズとおっしゃいますが、貴方の魔眼をフル活用して駆け足でしたけど」



苦笑しあうモスラとルーカ。美形も大変らしい。


一行は意気揚々と食堂に向かう。

ルーカがジミメン容姿になったことで、今回は過剰なまでの猛攻アプローチに遭うことはなかった。


そして食堂でレナは悲劇に見舞われた。




▽Next!ヤケクラーケン






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