37.ブラウン先生
「新しく入った子?」
庭に辿り着いた途端、子供達は興味津々な様子でナディアを見つめてきた。
「いや、お客様だ。兄妹になる子を探しているらしい」
「……ふうん……、どんな子を探してるの? 男? 女? 年上? 年下?」
「それとも特定の特技を求めてる?」
矢継ぎ早の質問にナディアが慌てていると、ブラウンがすぐさま仲介をしてくれた。
「こら、そんなに質問ばかりして困らせたら駄目だろう。……まずはどうするんだった?」
「あ、いけない、自己紹介するんだった! えっと、僕はトーマス」
「そうだった」と他の子も次々に自己紹介をして、ナディアに握手を求めてくる。差し出された手はがっしりとしていて、栄養失調や怪我とは無縁な生活に見える。
しっかりと教育も行き届いているし、子供達が酷い扱いを受けている訳ではないようだ。
「……子供達はこれで全員ですか? 外を好まない子も居ると思いますが……」
ここに居ない子が虐待を受けている可能性を考慮して、あえてナディアはブラウンへと問いかけてみた。そんな質問が飛んでくる事とは思っていなかったのか、少しだけ眉が動いたけれど、すぐに「はい、おっしゃる通り院内にも居ます」とナディアを案内してくれた。
ブラウンは院内の一部屋……、ではなく一人残らず紹介する勢いで隅々まで案内してくれた。その様子になにかを隠している様子は一切見られない。
(だけど少なくとも院長の様子は不自然だった……。もしかしてブラウン先生は真っ当な人なのか?)
思えばさっきもやたらとたくさんの仕事を抱えているように見えた。少なくとも今見た限りでは他に三人の大人が居たけれど、皆たいして忙しそうには見えなかった。
「すみません、もう一度庭に戻っても? 子供達と実際に話してみたいので」
「……ええ、勿論です。じっくり話してみてください」
ブラウンはナディアを庭に案内すると、少し離れたところで仕事を再開した。話の内容を聞かないようにする為の配慮に思え、ますますナディアの中でブラウンへの評価が上昇した。
「皆、先生達について教えてくれる?」
ナディアの言葉に次々と子供達が声を上げる。年長者は「どうして急にそんな事を」と最初は渋っていたものの「だって皆随分と行儀が良いから。きっと先生の教えが良いんだろうなと思って」というナディアの言葉に、嬉しそうな顔をして話し始めた。その殆どが「ブラウン先生」に関するもので、他の先生の話は滅多に出てこない。彼らの話を総合すると、普段から彼らの面倒を見ているのはブラウンただ一人のようだ。
話を聞いている最中、もう一つ気が付いた事があった。子供達の身体が妙にがっしりしているのだ。それ自体は別に悪くはない。ただ、がっしりしすぎているのだ。意図的に身体を鍛えているならまだしも、普通に生活していてこんなに筋肉がつくものだろうか?と疑問に思うほどに。
「……ねえ、追いかけっこでもしない?」
ナディアの提案に子供達は喜び、ナディアが十数える間に蜘蛛の子を散らすように逃げていった。逃げ足も速い。男女の区別なく、やっぱり皆身体を鍛えているように見える。
最初に捕まえた子に、「普段から皆で追いかけっこでもして遊んでいるの?」と聞けば首を横に振る。二人目に「身体を鍛えるのがこの院の規則?」と問いかければ「え? うーん、仕事のお陰かな?」と回答が返ってきた。
全員を捕まえる前にナディアの体力に限界が来てしまい、座って息を整えている最中スッとコップが差し出された。見ればブラウンが水を差しだしている。
「お疲れでしょう。……うちの子達は皆体力がありますから」
素直に頷いてコップを受け取ると、何やら違和感を感じた。見れば手の平とコップの間に小さな紙切れが挟まれている。はっと驚いてブラウンの方を窺うと、じっとナディアの方を見て「帰ってからお兄さんとこっそり読んでください」と口の動きだけで伝えてくる。ここで話せば誰の耳があるか分からないという事だ。
その直後に呼びに来たイノセントに連れられ、孤児院を出た後すぐ紙片を開いて素早く目を通す。隣で見ていたイノセントも興味深そうな表情で覗き込んでいる。
——今晩、月の雫亭二階の角部屋で待っています。
「凄いねナディア、お手柄だ」
「気が早い。なんで私にこのメモを預けようと思ったのかが分からない。もし孤児院を告発するつもりだとして……しがない傭兵に助けを求めるか? 公爵家の騎士ならともかく」
「さてね、それもここに行けば分かるんじゃないの? 全部説明してくれるって事でしょ」
「少しは罠を疑うとか……」
「罠だとして、僕とナディアが引っかかると思う? そんなに言うなら閣下も連れて行けば良い。どうせ夜遅くに外出する為の許可が要るだろうし」
それもそうだと頷いて、ナディアとイノセントは皆へのお土産を買ってから公爵城へと戻ったのだった。
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