39.面会
「夜分遅くにお呼び立てして申し訳ありません、改めましてイーサン・ブラウンと申します」
そう名乗りつつ、ちらり、と不安げな面持ちでセレスティンの方へと視線を向けるイーサン。意図を察して紹介しようとしたナディアを制すように、セレスティンが先に口を開いた。
「隠れて紙片を渡すくらい切羽詰まっているんだろう? 前置きは良いから話すと良い。領主が直接来たのだ、心配しなくとも決して揉み消されない」
次の瞬間、ガタン!と大きな音を立てて椅子が倒れた。突然立ち上がったイーサンの顔面からは血の気が引いている。
「りょ、領主様……!? という事はエバーナイト公……!? そうとも知らず、大変失礼いたしました!」
「そういう堅苦しいのも良いから本題に入ってくれ」
イーサンへの優しさ、というよりも半ば嫌気をさしたのが分かる口調に、イーサンは慌てて椅子を元に戻してから話し始めた。
「はい……。ええと、結論から言いますと院長及び三名の職員が孤児院への支援金を着服しています。ただし、その証拠はありません。私は彼らに嫌われ、警戒されているので自由に動く事が出来なくて……」
「ふむ。ではまず……着服に気付いた経緯から話してくれ。二人からの報告によれば、子供達は健康そのものらしいが」
「着服が発覚する事のないように、子供達の健康には気を遣っているようです。ですがそのお金は、支援金から一切出ていません。子供達を働かせているんです。……表向きは『孤児院を出たあと、生活に困る事がないように様々な仕事を通して外の世界を学ばせている』と。私も当初はそれを鵜呑みにしていました」
続きを促すようなセレスティンの頷きに、ブラウンは話を続けた。
「確かに早いうちから働いていれば、孤児院を出たあとに苦労する事がないかもしれませんが、学ぶ機会があればもっと幅広い職業に就く事が出来るはずです。エバーナイト領では才能を持った子供達へは無償で学校に通う事が出来ますよね。才能がなくとも、ある程度の支援金はありますし。支援金だけでは孤児院に居る子達全員は無理なのかもしれませんが、無償なら問題ないと考えました。
うちの院に、ずば抜けて頭の良い子が居るんです。彼女であれば無償の条件を満たせると思った私は、本人に提案しました。最初は彼女も乗り気だったんですが、それから暫くして『学校に行くのは諦める』と」
話の核心に近付いてきた事を察し、ナディアは無意識に居住まいを正した。ふと横を見れば、セレスティンの瞳も、より一層鋭さを増したように見える。
「理由を聞いてもはぐらかされたのですが、何度も聞いた結果ようやく教えてくれました。『院長先生に、「お前が学校に通っている間、誰がお前の食い扶持を稼ぐのか。代わりに稼ぐ者が見つかったら入学を認める」と言われた』と。お恥ずかしい話ですが、私はその時初めて、子供達の養育資金を彼らが自ら稼いでいると知ったのです」
「……孤児院の経営は、支援金と子供達を引き取った者達からの寄付金が基本。支援金は院で預かる子供の人数に応じて額が決まる。大所帯だからといって『誰が食い扶持を稼ぐのか』などという発言は絶対に出るはずがないな」
「なるほどね、全員しっかりとした身体付きだったのは普段から仕事をしているからだったのか……。仕事をしてるから筋肉がついたと答えた子も居たけど、てっきり庭にあった菜園で作物を育てている事を言っているのかと思っていた」
「証拠こそないものの、今の話からして、やはり着服は確実だろう。……イノセント、首尾の方は?」
「勿論ばっちり、あとは待つだけです」
「そうか。……悪いが、もう暫くの間我慢してくれ。証拠が集まり次第動く」
頭を下げたセレスティンに、イーサンが慌てたように「頭を上げてください!」と叫びながら、感極まったような声で「……っ、ありがとうございます」と呟いた。
「礼を言うのはまだ早い、状況は変わっていないからな。それより一つだけ聞かせてくれ、どうしてナディアに紙片を託した? イノセントは自分を傭兵だと言ったはずだ。騎士ならともかく傭兵に告発するのは不自然ではないか?」
「ナディア様の挙動に違和感を持ったからですが、最終的に違和感を言語化した上で紙片を渡す案を出したのは、先ほど話に出てきた子です。彼女曰く『あれはどう見ても私達を観察する目であって、兄妹になる子を探しに来た目じゃない』そうです。それに思えば、院長の前では人見知りのように振る舞っていましたが、庭についた途端積極的に言葉を交わしてくれましたし」
「あはは! 演技をするなら最後までしないと。……一体どんな目をしてたのさ、ナディア」
笑いながら苦しそうな声で言うイノセント。「うるさい、私の演技が下手だったお陰で仕事が捗ったんだから、笑ってないで感謝しろ」とナディアが睨み付けると、「はいはい、あー、うちのお姫様はおっかないなあ」などと、なおもふざけた事を口走るのでしっかりと太ももをつねっておいた。
そんなナディア達のやり取りをよそにセレスティンはイーサンと二言、三言話し、それから立ち上がった。
「ほら、帰るぞ二人とも」
「はーい」
「それじゃあ失礼します。……あ、今日は孤児院内の案内、ありがとうございました。丁寧に接してもらえて嬉しかったです」
勇気を振り絞って話をしにきただろうに、まるで茶化すような空気にしてしまった事を反省し、最後にしっかりと頭を下げておいた。公爵家の人間の振るまいとしては間違っているかもしれないけど、それを指摘する者はこの場には居ない。
「いえ、当然の事をしたまでですから。もし経営が正常化したら、また遊びに来てください、子供達も喜びますので」
最後まで子供姿のナディアに対しても真摯な態度で接してくれたイーサンに、ナディアは内心かなりの好感を抱いて帰路へとついたのだった。
同時連載中の『吸血鬼作家、VRMMORPGをプレイする。』も是非よろしくお願いします。