第二三話:門の向こう側
立ち上がった凛夜の肩に、ぽん、と紅明の手が置かれる。
先ほどまでの打撃とは違う、それはただの“掌”の重みだった。
「強さっつーのはな――」
紅明が、目を細めて煙草をくゆらせる。
「覚悟だよ。“想い”の輝きなんだよ」
風が吹いた。竹林が静かに揺れる。
「以前のお前は……修羅に落ちようとしていた。憎しみで、自分を焼き尽くそうとしてたな。それでも、そこには――強い意志があった。命を削ってでも、前に進もうとする覚悟が、な」
「今はどうだ?あの頃より 図体ばっかでかくなりやがって……このバカ弟子が」
それは責める声ではなかった。
呆れと、そして、どこか寂しげな……父のような声音だった。
凛夜は言葉を返せなかった。ただ、拳を握り、黙っているしかなかった。
カガリもまた、胸の奥に何かが突き刺さるのを感じていた。
(……凛夜も、かつては……)
紅明は、煙草を指先で弾いて捨てると、空を見上げた。
「――これから先、お前らが相手にする“戦い”は、これまでのそれとは別モンになるぜ」
「……お前らが“最強”とか思ってたあの妖魔ども、あんなもんはな――」
「ここから漏れ出た、味噌っかすみてぇなもんなんだよ」
カガリの顔から色が引いた。
凛夜の眉間にも深い皺が刻まれる。
紅明は、懐から新しい煙草を取り出すと、火を点け、静かに言った。
「……俺がなんでこんな辺鄙な山奥に住んでると思った? 隠居か? バカ言え」
「ここが“門”なんだよ」
「向こう側にあるのは“本物”だ。」
静かだった空気が、突如として重みを持った沈黙へと変わった。
「俺はここで、それを……封じてる。それが、俺の役目だ」
カガリの足元が崩れ落ちるような錯覚に襲われた。
(あれが……漏れ出た“かす”……?)
(じゃあ……本物は――)
凛夜もまた、己の背中に、かつて感じたことのない寒気を覚えていた。
「……じいさん。まさか、あんた一人で――」
紅明は肩をすくめて笑う。
「俺がいる限り、そう簡単には開けさせねぇさ。だが……一人ではどうにもならねぇこともある。その時が来たら、お前らの番だ。わかるな?」
沈黙の中で、凛夜とカガリは、何も言えなかった。