第二十七話:大地の咆哮
地が、呻いた。
「……また空気が変わったのう」
カガリの声が、低く響く。
そこは、空羅戦の時とはまるで別の空間のようだった。森の木々は朽ち、地面は無数の亀裂に覆われている。生き物の気配すらない。
凛夜が地を見下ろし、低く呟く。
「“圧”が違う……地面に立つだけで、足が沈む」
まるで、大地そのものが敵意を持って二人を押し潰そうとしているかのようだ。
――ズンッ……ズンッ……
鼓動のような、地鳴り。
それに呼応するように、崖の向こうから“それ”は姿を現した。
「……デカい……!」
巨躯。全身を岩の鎧で覆ったような異形。
それが、地権摂だった。
その一歩ごとに地が裂け、地面が隆起する。
「防御を無視して押し潰す、か……紅明の言葉、伊達じゃないな」
カガリが、後ろに跳びながら叫ぶ。
「直撃すれば、一撃で粉微塵じゃぞ! 凛夜、攻め口を探すしかない!」
「……ああ。だが焦るな。これは“待つ”戦いだ」
二人は距離を取るが、地権摂は躊躇なく大地を蹴り、一気に距離を詰める。
「っ、来るぞッ!」
――ドガァァァン!
大地を抉るような拳が、凛夜の立っていた場所を粉砕する。
間一髪で避けた凛夜の肩を、飛び散った岩の破片が裂いた。
「っ……が、は……重い……!」
「凛夜っ!」
カガリが結印し、空中に魔法陣を展開する。
「『結界術・護天蓮』!」
青い光の盾が凛夜を包む。次の一撃を、なんとか受け止める。
だが、圧は止まらない。
「クソっ……力で押してきやがる……!」
「……このままでは持たん。術で削っても防御に阻まれる……どこかに“綻び”はないのか?」
「あるとすれば……“支点”じゃな」
カガリが目を細め、地権摂の動きを見据える。
「巨体ゆえの構造的弱点――“足”。もし、あやつのバランスを崩せれば……」
「倒すまではいかずとも、動きを止められる……か」
凛夜がうなずき、再び印を結ぶ。
「いくぞ、カガリ。俺が囮になる。足元を狙ってくれ」
「無茶はするなよ」
「お前に言われたくはない」
軽口を交わし、凛夜は前へ踏み出した。
地権摂の拳が振り下ろされる――その刹那。
「『封陣・羅刹殻』ッ!」
凛夜の術式が、地権摂の正面に展開する。
術陣が視界を奪い、一瞬、その動きが止まる。
「今じゃ!」
カガリが、護符を大量に宙へ解き放つ。
「『封裂・千縛牙』!」
無数の護符が、地権摂の両脚に絡みつき、動きを封じる。
凛夜が、そこへ跳び込む。
「喰らえ――!」
掌に、光が宿る。
「『崩撃・裂穿掌』ッ!」
その一撃が、地権摂の膝を直撃。
地に響く咆哮とともに、巨体がぐらつく。
「倒れるぞッ!」
地権摂が、ゆっくりと――しかし確実に、バランスを崩しながら倒れ込んでいく。
その瞬間、背中にあった岩殻が割れ、“核晶”が露出した。
「カガリ、今だ!」
「任せい!」
護符が一枚、狙い澄ましたように舞う。
「『封印術・神止封』!」
命中。
核晶が音もなく砕け、地権摂の巨体が崩れ落ちた。
静寂が戻る。
「……やった、のか……?」
「うむ。やりおったぞ、我ら」
凛夜が、崩れた岩の中から核晶の残骸を拾い上げる。
重く息をついたその顔には、わずかな達成感が浮かんでいた。
「……一歩ずつだが、確かに強くなってる」
「まだ残り二体……だが、この先は、もっと熾烈になるじゃろうな」
「だからこそ、進む。引き返す理由がないんだ」
空を見上げる。
いつの間にか、雲の切れ間から光が差していた。
地を制した二人は、次なる戦場――灼熱の炎が支配する、炎儀挫の領域へと足を進める。