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月下に契る - 第二十八話:紅蓮の檻(くれないのかご)
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第二十八話:紅蓮の檻(くれないのかご)

焦げるような空気が肌を刺す。

吹き出す熱風に息が詰まり、立っているだけで視界が歪むほどだった。


「……まるで、火口の中じゃの……」


カガリが額の汗を拭いながら、ぼそりと呟いた。

その額に浮かぶ玉のような汗は、単なる暑さのせいではない。


「空羅は速かった。地権摂は重かった。なら、炎儀挫は“燃える殺意”ってとこか」


凛夜の目が、赤く染まった空を睨む。


そして現れた。


火柱の中から、人のようで人でない、真紅の獣が姿を見せる。

腕は刃のように変形し、背には燃え盛る双翼のような炎を宿していた。


人造妖魔・炎儀挫。


「来るぞ!」


言葉と同時に、地を焦がしながら突進してくる。

その速さは、空羅すら凌ぐ。まさに“閃火”。


「くっ――っ!」


凛夜が瞬時に結印し、式神を展開する。


「『影式・黒羽蛇こくうじゃ』!」


闇の蛇が喰らいつこうとするが――


ドンッ!


一閃。黒羽蛇が燃え尽きる。


「……っ、マジかよ」


「躱せ! 凛夜!」


カガリの叫びに応え、凛夜が横跳びでかわす。だが、炎儀挫はその背に回り込んでいた。


「はえぇ……っ!」


その瞬間、カガリが立ち塞がった。


「『護封術・火凛結界かりんけっかい』!」


桃色の光壁が炎を受け止め、爆ぜる。

だが、次の一撃がカガリの腹部を直撃した。


「――っ!」


吹き飛ばされる小柄な身体。

岩肌に叩きつけられ、鮮血が散る。


「カガリ!!」


凛夜が駆け寄ろうとするも、炎儀挫がそれを許さない。

まるで凛夜を獲物と認識したかのように、熱波の刃を連続で繰り出す。


「ちっ……! 時間を稼ぐしかねぇ!」


懐から幾つもの護符を取り出し、周囲にばら撒く。


「『符陣・白焔乱舞はくえんらんぶ』!」


白い火花が弾け、瞬間的に視界を覆う閃光が走る。


その隙に、カガリのもとへ滑り込む。


「おい、しっかりしろ……!」


「……ぬしの、顔が近いぞい……」


苦笑混じりの声が返る。


「平気なわけないだろ。肋、やられてるじゃないか」


「ぬしに怪我させるわけにはいかんかった……わしが、守ると……誓ったからの……」


「バカ野郎……。今は守られてばかりじゃ、いられねぇよ」


凛夜が、カガリの手を握る。


「次は、俺がやる」


その声に、カガリが目を見開く。


「……凛夜?」


「賭ける。あいつの炎は、力強く、速い。でもな、火は酸素がなければ燃えない」


凛夜が懐から、新たな護符を取り出す。それは、水気の陰符。


「『封陣・水牢結界すいろうけっかい』。生身で使えば、俺も持たないかもしれない。でも――」


振り返る。


そこには再び殺意をもって迫る炎儀挫の姿。


「――あいつの“火”を消せるなら、それで十分だ」


立ち上がる凛夜の背に、カガリが声を絞り出す。


「……絶対、戻ってくるんじゃぞ……?」


「おう。カガリに手当てされるの、俺だけの特権だしな」


そして、決戦が始まった。


炎儀挫が飛ぶ。


凛夜が叫ぶ。


「今だ――『封陣・水牢結界』発動!」


一瞬にして、世界が蒼く染まった。


結界内の酸素が奪われ、火が、音を立てて消えていく。


炎儀挫の翼が、悲鳴のような音を上げながら溶ける。

全身が蒸気に包まれ、うずくまる。


「この隙を――逃すかよ!」


凛夜が飛び込む。


掌に、全ての力を込めて。


「『封滅・鬼壊掌きかいしょう』!!」


一撃。

音もなく、炎儀挫の心核が砕けた。


熱が、音もなく引いていく。


――勝利。


息を切らせたまま、凛夜は膝をついた。


「……カガリ」


「……ふふ……よう、やったの」


再び交わる手と手。

その中に、確かに燃えていたものが、あった。

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