第六十七話:芦屋冥道の章3.そして、すべてを壊す者」
夜の帳が京を包み込んだ頃。
闇に蠢く妖気が、街の片隅から徐々に広がり始めていた。
それは静かに、しかし確実に、かつての安寧を蝕んでいく。
──そして、その中心に立つのは、かつて“正しき道”を歩んだ男。
芦屋冥道。かつて晴明と肩を並べた陰陽師にして、今や“異道”そのものとなった存在。
「……ようやく、残ったな。安倍晴明」
冥道は、静まり返った京の空を見上げて呟いた。
宗雅は既に命を賭した大呪術によって世を去り、紅明は未来に希望を託し、禁呪によって眠りについた。
残ったのは、ただ一人。安倍晴明──冥道が最も憎み、羨み、かつては誰よりも認めていた男。
冥道は、その一人になった晴明の姿を見届けた瞬間を“機”と見た。
すべてを壊すなら、今しかない。
「お前を喰らえば……この世に俺を止める者はいなくなる……!」
◇
陰陽寮を一瞬で焼き払い、呪の柱を打ち砕き、冥道は闇と共に都に現れた。
その術の精度、破壊力、呪の密度は、もはや人の枠を逸脱していた。
それは陰陽術でありながら、もはや“異界の呼び水”となりかけている。
冥道の目的は明確だった。
晴明を倒し、完全に異界の門を開くための土台を築くこと。
それをもって、自らを認めなかった世界すべてを呪い、破壊し尽くすため。
「……冥道。お前がここまで堕ちたか」
晴明は静かに現れ、冥道の前に立った。
白き装束に、結界符の風が揺れる。
その表情に悲しみはあれど、決意の影は濃く。
「すべてを失ってなお……俺はまだ、お前を殺したくはない」
「フッ、偽善だな。お前のその瞳が一番、俺を嘲笑っている!」
言葉が交わされると同時に、呪が弾けた。
雷鳴が裂け、風が巻き、火と闇が交錯する。
冥道の術はもはや“理”を外れていた。
対する晴明は、ただ静かに、古き正道の型を貫く。
「紅明の想いを……宗雅の願いを……縁の魂を……俺は背負っている」
晴明の瞳には、かつて共に並び立った友の影が映る。
それらすべてが、今の晴明を支えていた。
だが、冥道の呪術もまた、強大だった。
一瞬、晴明の結界が崩れかける。
(まずい……)
その刹那、晴明の足元に浮かぶ三つの陣──
紅明の炎、宗雅の風雷、縁の癒しと想念──かつての仲間たちの力が、晴明の術を通して蘇る。
「これが、三人の“想い”だ!」
術が発動する。冥道を中心にした封呪結界が天を裂き、冥道の闇を飲み込んでいく。
冥道は抵抗し、吼える。
「お前に……俺の何が分かる……っ!」
「分からない。だが、分かりたいとは思っていた……友だったからこそ、な」
冥道の術が砕け、闇の奔流が地に還る。
その力を完全に封じるため、晴明は最終の結印を組む。
「……縛……封……顕……滅……!」
「……貴様……まさか……!」
冥道の瞳に、怯えが走る
「晴明ぃぃぃいい!! この“俺”を、封じきれると思うなよ……!
いずれ、目覚める……そして、すべてを呪い殺す……ッ!!」
天と地を繋ぐ呪が完成し、冥道の身体は地脈と交わる岩盤に縛られた。
それは、魂すら1200年の封印に閉じ込める、最奥の封印術。
◇
すべてが終わった夜。
晴明は一人、瓦礫と静寂の残る都を歩いていた。
風が吹くたび、紅明の声が聞こえる気がした。
空を見上げれば、宗雅の厳しさが脳裏をよぎる。
どこか遠くから、縁の笑顔が、瞳の奥に微かに灯る。
「……これで、終わったのか……?」
答える者はいない。
だが、晴明は知っている。
これが、終わりではなく、“始まり”なのだと。
この夜、芦屋冥道は封印された。
だが、1200年後に再び目覚め、現代にて“完全なる異界の門”を開こうとするのは、また別の章で語られることになる──