57話 お前で良かった
「...」
アイザックは浮かれていた、今朝までは。
『変則競技場』の観客席からカルヴァトスと共にその戦いを見下ろしていた。
「なんだよ...これ」
「これが『変則競技場』だよ、『界帝』が君達にオススメしていたやつ」
武器を持ったどうみても戦闘の経験もない素人の2人が、不安定な足場の上で傷つけあっている。
下には『堕ちた獣』が蠢いており、上の餌が落ちてこないかと静かに彼らを見上げていた。
「君達に向いているって...そういう事だよ、君達は『獣』の脅威に慣れている、だから有利なんだ」
「でも、そんな...これって...」
その瞬間、場内の男が足を滑らせて『獣』の溜まり場に落ちていく。
形容し難い惨状、断末魔、広がる紅い水溜り、群がる『獣』、男はその四肢を生きたまま引きちぎられやがてその悲鳴は静まった。
湧き上がる歓声、足場の上で震える生存者。
...
「こんな...くそが...ッッ!!くそッッ!!」
ーーーガンッッ!!
『変則競技場』から出た後の路地裏、アイザックは高ぶる激情のまま側のゴミの入った木箱を蹴り飛ばす。
「アイザック...わかるよ」
「違う!!」
「え?」
「あの2人はどんな経緯であそこに立ってたかはわからね...でも武器を持ってる以上..だからそれについては何も言わねぇ...でもッッ!」
「でも?」
アイザックは歯を食いしばって叫ぶ。
「観客席のアイツらなんなんだッッ!!!...人が死んでんだぞ!?なんで笑ってんだよ!!どいつもこいつも狂ってやがるッッ!!!」
「...」
この国は「力」が全て、それは納得してる。
力のない者が蹴落とされるのも、危険を冒さねば生きられない明日があるのも...理解はできる。
でも。
アイザックは拳を握りしめた。
「……それを...なんで笑えんだ...?」
生きるためだ。金のためだ。
理由はいくらでも並べられる。
それでも。
あの瞬間、四肢を引きちぎられながら叫んでいたのは、
舞台装置でも、獣でもなかった。
ただの人間だった。
「納得はしてる……でも」
声が低く沈む。
「あういうのムカつくんだよ」
カルヴァトスは少しだけ目を細めた。
「それでいい」
短い言葉だった。
「それでいいんだよアイザック」
「カル...」
「「力」が全てのこの国では、まともなんてやってられない、まともであればあるほど、疲れて...気が狂うだけなんだ」
「...」
「でも...それは『獣』の考えだ、『堕ちた獣』と同じだ...今君がまともじゃないって言えたのは、君がまだ『人間』である証だよ」
「...ごめん、嫌なところ見せてしまったな」
「うぅん、むしろ君の本当の姿見せてくれてよかった!」
アイザックは静かに『変則競技場』を見上げた、中の歓声が外に漏れ出ている。
「...」
「アイザック?」
「...出るよ」
「え?」
「...俺も出る」
...
..
.
「本気ッ!?」
「あぁ本気だ、今受付を済ませてきた」
そこは選手の控え室、とは言っても布で仕切られた空間に椅子が一つあるだけの簡素な部屋。
「俺にも目的がある、そのためには『変則競技場』を使うのが1番の近道なんだ」
「本当にやるの...?それって、つまり相手を...」
「...」
ーーーアイザックは何も応えない、ただ静かに鋭い視線を外に向けていた。
「君も死ぬかもしれないんだよ!?」
「その時はその時だ」
「...」
「...」
「本気...なんだね」
その目を見てカルヴァトスはそれ以上何も言わなかった。
「でも、無理はしたらダメだよ、一応棄権アリだから」
「あぁ、わかってる」
「...まだダンス教えてないしね」
カルヴァトスから見たアイザックの目は覚悟が決まっていた。
それ故に、何も言えなかった。
...
..
.
ーーーーーーーッッ!!!
「...うっさいな」
今日1番の歓声が上がる、とても耳障りな歓声。
『さぁお待たせしました。本日のメインファイトです、では選手入場してください』
機械的な女性のアナウンス。
アイザックは一歩、何本も並ぶ細い柱の上に立つ、バランスの調整が思っていたより難しくよろけてしまう。
「おいおいすぐ落ちるなよ!」
ヤジが飛び交うリングの、はるか頭上に設えられたステージ、そこに音もなく一人の少女が立っていた。
年の頃は十五ほど。揃えられた銀の髪はさらりと流れ、白銀の瞳は光を映さない。
その身に纏うのは、アイザックが入国前に目にした『機構星騎士』を想起させる、近未来的な装備だった。
『この競技場の支配人であるシュガー=ラッシュさんが諸事情でいないため、『五耀星』が1人、チクアーノが進行を務めさせていただきます』
どよめく観客、まるで大物が来たかのようなざわめきだった。
「『五耀星』?」
「この国内で最も強く、そして権力を持つ5人だよ、あの人は2番目」
「ふぅん...」
『まず紹介しますのは本日が初出場の...アイザックなんとかさんです』
「アイザックだ」
『彼とその仲間達はチルド王国でなんと世界最強の武闘家、ドリンク=バァを討ち取りました。彼らの活躍は王国周辺の復興に大きな一歩となっております』
ーーーワァァアアアアーーーーッッ!!
競技場が吠えた。
それはまるで新しい獲物を迎えるかのような、耳障りな歓声が天井を震わせる。
「...」
その時、リングの奥から現れ、並ぶ柱の上に立つ巨体の男。目を黒い布で覆い全身の至る所に無数の傷を持つその男は静かに柱を飛び移りアイザックの目の前に聳え立つ。
「よう?」
「ーーー。」
応えない。
『対してこちらは32連勝、絶賛活躍中の戦士であるグリース=ラッシュ、彼はここの支配人であるシュガー=ラッシュさんの兄にあたります』
ーーーワァァアアアアーーーーッッ!!!
「...驚いたな、素人同士の戦いばっかりだと思ってた、ちゃんとこういう戦闘者同士で戦えるようになってんだな」
「さすがに素人 対 戦闘者だとフェアじゃないから」
「それもそうか」
『ルールの確認をします、基本的に魔法はアリ、武器も持ち込み可、相手を殺すか場外...つまり下に落としたら勝ちです』
「...」
「ーーーー32人目」
「は?」
突如割って入るようにグリースは口を開く。
「ただ落ちて、食われるだけーーーだと思うか?」
「何言ってんだお前」
「まずお前の右腕を千切る、そして左足を捥ぐ左手を潰し、右足をへし折る」
「...」
「歓声の中お前はしょんべんを撒き散らして『獣』の群れに落とされる、生きたまま、抵抗虚しく、バラされる」
「...で?」
「?」
「32人目って言ってたけど、31人にも同じような事したのか?」
「あぁそうだ、バリエーションは...変えているがな、お前の前は...女だったな、戦士と歌姫、両方を兼ね備える戦乙女...そいつは顎を外して、口の中をズタズタにした、『獣』の上に吊るして、上半身だけを喰わせて、残りはマニアに売った、歌姫の最後の歌は断末魔だった」
「...」
「さらに前はこの国を変えようとしていた正義の使者だった、身軽な子供だったが、足を折ったら泣きべそかいた、ダルマにして...介護する相手がいないとまともに生きられないようにした」
「...」
「さらにまーーー
「もういい」
流れる沈黙、カルヴァトスはグリースを怒りを込めた目でじっと睨みつけている、アイザックは...ただ、普通に、つぶやいた。
「よかった」
「?」
『では始めてください』
ーーーファイッッ!!
その瞬間、アイザックはグリースの懐に入り込む。
「ッッ!?」
グリースは反応できない、観衆もアイザックが瞬間移動したかのように見えただろう。
ーーードッ!!
すかさずグリースはアイザックの顔面に拳を叩き込む、この速度から相手の実力を警戒しての本気の一撃、響く轟音、明らかなクリーンヒットだと、そう思えた。
「...ッ!」
しかし、額から血を流す程度でアイザックは微動だにしない。
「痛ってぇ...でもドリンク=バァの一撃見た後だと...まぁこんなもんか」
「お前...何者だ!?」
その時、グリースは吠えるがそれよりも違和感を覚える、気づけば、アイザックの指が男の胸部に添えられていた。
「よかった、って言ったのはな」
「うッッ!!?」
なにかがやばい、そう思い退こうにも
ーーー全てが手遅れだった。
「お前なら全力でやっても心傷まねぇからなァッッ!!!」
ーーーードンッッ!!!
グリースの胸部で何かが爆ぜた、勢いのままグリースはリングの...
...さらに外の。
「なッッ!!」
「うぉぃ!?」
観客席まで。
ーーーガシャアァァァンッッ!!
「ギャァアアアアアアッッ!!???」
グリースの巨体は観客席に突っ込んだ。
破壊音、悲鳴、競技場内はパニックに陥る。
「『すんけい』ってヤツと『魔轟衝』の合わせ技だ!!ザマァ見ろバァァアカッッ!!!」
グリースの胸は不自然に凹み、白目を剥いて泡を吹き痙攣していた。
『魔轟衝』の衝撃を広げず、握り潰すように一点へ叩き込む――即興で編み出した、名付けるなら『魔轟拳』だ。
「てめぇふざけんじゃねえぞッッ!」
「こんな危ない目に逢うために来たんじゃねぇ!!」
「お前に賭けてやらねぇぞ!!」
「マジ死ねッッ!!飛び降りろ!」
「クソがッッ!!おい誰かこの巨体どけろ!」
飛び交う地獄のようなブーイング、しかしアイザックはそれが逆に心地良かった。
『場外、アイザックの勝利です』
そして淡々と試合結果を告げるチクアーノ、そう、これによってアイザックは...
『相手を殺さず』
『嫌いな群衆に攻撃を成功させ』
『さらに試合に勝利してみせた』のだった。
その背中をカルヴァトスは静かに見つめていた。
「アイザック...か...」
そしてポツリとつぶやいた。
「...」
アイザックは怒り狂いゴミを投げつける観客に
ただ満面の笑みで、やりきった笑顔で、
中指を立てて見せたのだった。
次回投稿日は2\6 7:10!
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