58話 溢れるような高揚を貴方に
「起きろ」
誰かの低い声で目が覚める、ランプのついた明かりが眩しく目を細める。
「...何?まだご飯の時間は早いわよ」
「俺だ」
「...? あぁ、貴方ね」
ガレット=ヘーゼル、世界最精の弓手にしてシュガーの友人。
シュガー=ラッシュは1人医学団所有の医療施設で療養をしていた、対戦相手であるシオン=エシャロットに対戦前日に車両で跳ね飛ばされた故に。
全治二ヶ月を言い渡され、『変則競技場』の支配人として経営は続けられるが、戦士として戦うことはしばらくできない、それ故に身体を自由に動かせず少しイライラしていた。
「なにかニュースでも待ってきたわけ?」
「あぁ」
「また今度にしてくれる?寝起きもあってか今の私機嫌が悪いの」
シュガーは毛布を被り眠りにつこうとするのを見たガレットは少しため息をついて踵を返す。
「...そうか、なら結論だけ言うとお前の競技場は潰れた」
「それじゃあおやすーーーえ、待って何?」
「おやすみ、また時間ができたら来よう」
「待って待って、結論だけ言うな、要件を言いなさい」
「...」
退室しようとしていたガレットを必死に呼び止め、彼はため息をついて静かに振り向き言い放った。
「お前の競技場は潰れた、相次ぐ苦情によってな」
...
..
.
「「ワーッハッハッハッハ!!」」
ーーーガチン!
ーーーグビグビ
アイザックとカルヴァトスは酒場でジャッキを鳴らし気持ち良く一気飲みをした。
2人とも上等の果実水だ、2人とも酒が飲める年齢でないためである。
ーーーダッ!
「「ワン・モア(おかわり)!」」
周りの視線など気にも留めず、ジョッキをテーブルに叩きつけ高らかに叫んだ。
仕事終わりの一杯のような幸福感。
そこは、今この瞬間だけ、二人だけの空間だった。
アイザックはあの後何度も『変則競技場』に入り浸り、グリースと同じ手段で対戦相手を次々と観客席まで弾き飛ばした。
客席はすでに崩れそうな程ボロボロになり、観客も『こんな危ない試合誰が観に行くか』と次第に数も減り、対策をしようにも責任者のシュガーがいないため誰も動くことができず...
シュガーが支配する『変則競技場』は1週間で閉鎖された。
『変則競技場』は様々な種類があり、国内各地に点在しているため殆どの人間や魔族はそちらに行ってしまったのだ。
カルヴァトスは足をぶらつかせながらグラスを置き、ふっと笑った。
「……で、で、で?いくら稼いだのさ」
「100万BP!」
「もうそれだけあれば遊んで暮らせるじゃん!」
「「アーハッハッハッ!!!」」
「遊んで暮らせるかな?」
「知らなーい!私頭悪いもーん!」
「「ワーハッハッハ!!」」
ーーーガチン!
再び鳴り響くジャッキの音。
アイザックもこの酒場でBPの価値を理解していた、今飲んでる最高級の果実水が700BP、今日どれだけ食って飲んでも有り余る。
BPは節約しなくてはならないが、今日くらいはいいだろう。
この世界に来てから、こんなふうに腹の底から笑ったのは初めてだった。
「いやー、久しぶりに食べた!ありがとうね、アイザック!色々、とーっても気持ちよかった!」
「いや、こっちこそ色々教えてくれてありがとう!」
もはや日課になりつつあるダンスとステップの練習を終わらせて帰路に着く、水の音と冷たい風が肌を撫でる路地裏を2人並んで歩く。
カルヴァトスは上機嫌なのか、ステップを踏み続けている。
「どーーん!!」
「うぉ!?」
アイザックの背中に突然負荷がかかる、反射的にそれを受け止めた。見るとカルヴァトスはアイザックの背中にしがみついて腕を回していた。
「ぎゅー」
「お、おい」
「えへへ、おんぶして」
「お前酒飲んだのか!?」
「知らなーい」
彼女からアルコールの匂いがする、いつのまに酒を飲んでいたのだろうか。
「で、あそこは閉鎖されたけど、他あてとかあるの?」
「わからん...もしかしたら今後は上手くいかないかもな...、多分俺が暴れた件色んなところに回ってるだろうし」
「でもこの帝国はルールを守ってさえいれば『変則競技場』自体を出禁になることは無いよ、さすがに食い扶持を潰すような事はしない、むしろ信用を失うのは対策してない運営側だけ」
「ならよかった!」
そして雑談の流れに身を任せていると、2人は別れ道に辿り着く。
「...それじゃあ俺はこれで、降ろすぞ」
「あ、待ってアイザック!」
「?」
振り返ると、カルヴァトスはいつもより少しだけ、そして静かに呟いた。
「あのさ、ちょっと探検しない?」
「うん、いいけど...どうした?」
彼女は一瞬視線を逸らし、路地裏を吹き抜ける冷たい風に髪を揺らした。
「……ちょっとね」
それ以上は何も言わない。けれど、その沈黙が妙に長く感じられて、アイザックは次の言葉を探し損ねた。
...
「すっげ...」
思わず漏れた声は、静かな空間にやけに大きく響いた。
夜の奥にひっそりと隠れるように、泉はそこにあった。水面は淡く光を帯び、揺れるたびに星屑のような輝きを散らす。
「すごいでしょ!」
「あぁ、まじですげぇ...」
まるでエッセイでも見てるかのような美しい光景、それに見惚れているとーーー
ーーーバシャッ!!
冷たい感触が頰を掠めた。
「冷ッ!!」
「あっははは!」
カルヴァトスが楽しそうに笑っている。手ですくった水を、もう一度、今度は狙いすましたように。
ーーーバシャ!
だがアイザックはそれを回避し、同じ程度の勢いで投げ返す。
「お返しだっ!」
「きゃっ、ちょっと!」
小さな悲鳴と笑い声、水音が跳ね、服が濡れ、夜気がやけに近く感じられる。
ふと、彼女が背を向けた瞬間だった。
月明かりに照らされて、湿った背中に走る無数の傷跡が見えた。
「カル」
「んー?」
「その傷...」
「……あぁ」
軽く肩をすくめて、振り返らないまま言った。
「戦いの傷かな、ほら私も戦士だし!」
「違う、戦いなら背中だけにそんなできねぇだろ」
「...」
「誰にやられた」
沈黙、水が滴り落ち、水辺の反射と滑らかな肌を輝かせたカルヴァトスは重い口を開く。
「強いて言うなら、国かな」
「国...?」
「うん、私この国には最近帰省しに来たんだけど、小さい頃はね...奴隷だった」
「!?」
この国の戦いはお互い何かを賭けてこそ成立する、というのをアイザックは聞いたことがあった。
さらにその歴史は深く、賭けたのもを奪うシステムは遥か太古から存在していたそうだ。そこに『堕ちた獣』の介入する余地はない。
「簡単な話、私の家族は負けたの」
「ッ!」
「負けて...勝った側の『モノ』になった」
ほんの一瞬だけ、言葉が詰まる。
「……奴隷」
吐き出すように言った。
「これはその時のご主人様につけられた傷」
背中に指を回し、なぞる。
「両親は暴行の末に死んだ。
私は……逃げるように、この国を出た」
カルヴァトスは静かに語る。
「それで、力をつけて戻ってきたの」
顔を上げる。
『この国の仕組みを作った界帝を、殺すために」
その拳からは死が滴り落ちる、彼女の目の奥は暗黒が広がっており、その視線は本気であることが伺える。
「...ねぇ、アイザック」
「...何?」
ぎゅ、と指が絡む。まるで離れないでと言わんばかりに、縋るような力。
その瞬間、自分の鼓動が鳴り響く。
「私ね、ずっと一人で復讐に燃えてた」
声が、わずかに揺れる。
「でも貴方に出会ってから、世界が変わったの。
まるで、ずっと前からの知り合いみたいで……」
小さく、息を吐く。
「貴方といると、楽しい」
血と体温が混じった手が、強く握られる。
それはまるで、過去のトラウマを押し込めるための――蓋のようだった。
「...アイザック、少しで良いから
私の隣にいてくれない...?」
...
..
.
ーーーコンコン
「空いてるわよ」
シチューをかき混ぜながらシオンは誰ともわからぬ者の入室を許可する、現れたのは銀の鎧を纏った少女。
「えっと...どちら様?」
「私は『五耀星』の1人、チクワーノだ。アイザックの件でお伺いに来た」
「?...え、えぇ、でもアイザックはいないわよ?」
「いえ、要があるのはその人が連れている女性」
「...アイツ、マジで女引っ掛けてたんだ...」
「まず、結論からいうと...その女性に『堕ちた獣』の容疑がかけられている」
次回投稿日は2\6 7:10!
雲行きが怪しいですね
皆様たくさん読んでいただいてありがとうございます!!
高評価、ブックマークを押していただければ作者のモチベーションに繋がります!!
よろしくお願いします!!